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24MB 幻の中学生

「……そうか。東京の学校の話をまだしていなかったな」


 なんでまた高校になんか行くんだ、とオレは思ったが、特に詳しいことを尋ねないままその休みの日が来た。

 いつも通りの朝、バターを乗せたトーストとヤツの焼いてくれたスクランブルエッグを食べながら、オレはヤツに聞いてみた。


「東京の学校?」

「初めて会った時か、その次の日くらいに言ったことを覚えているか? 私がいわゆる中学生ではない、という話だ」

「ああ、そういえば。詳しいことは聞いてなかったな」

「あれは単に私が中学校に通っていない、という意味ではない。今の東京には中学校がそもそも存在しないんだ」


 中学校が存在しない。

 つまり、東京生まれの人はみんな最終学歴が小学校なのか。


「今東京生まれの人間がみな小学校卒業で止まっている……などと考えたかもしれないが、それも間違っている」


 ばっちり考えてることバレてんな、と思っていると、ヤツがキッチンの方から壁にかけられていたホワイトボードとマジックを持ってきた。いつも買わないといけないものをメモする備忘録に使っているやつだ。


「また少し難しい説明になるが、いいか?」

「別に嫌って言ったって話続けるだろ」

「まあな。それに説明しなければお前も納得しないだろう」


 ヤツはマジックを使って数直線のような横線を引き、その真ん中あたりに点を一つ打って、その下に“2120”と記入した。


「実は現在東京で適用されている技術は発展途上のものが多くて、複雑になっている」

「虚構世界がどうのこうの、って話じゃなくて?」

「虚構世界に関する技術もその一つだ。しかし2120年のあの事故より前に、すでに東京にあった技術も一部引き継がれている。そのうち最も大規模なものに、学校教育が挙げられる」


 つまりあの東京大事変以降、全部が全部がらっと変わってしまったわけではないらしい。てっきり少し前の東京とはまるで違う別世界なんだと思っていたので、ヤツのその言葉は新鮮だった。


「東京が虚構世界になる前からすでに、義務教育を“撤廃”しようという動きがあった」

「撤廃しちゃまずいだろ」

「代わりに小学校六年間、中学校三年間の計九年間で学習する内容全てをコンパクトにし、それを子供にマスターさせ、実際に学校に通うのは高校から、という制度を定めた」

「つまりその、九年分の勉強は自分たちで勝手にやれ、ってこと?」

「乱暴に言えばそういうことだ。少子高齢化が異常に加速した現代では、生徒を確保すること自体が非常に困難になっている。かねてからの大都市だった東京では、特にその傾向が顕著だ」


 ヤツは“2120”の文字の左側に“少子高齢化”と書き加えた。字が潰れやすいマジックなのに、ヤツの字は読みやすくきれいだった。


「そこで中学校までを廃止すれば、人件費の大幅な削減になるだけでなく、土地の有効活用も可能になる。逆に言えば、そんな切り札のような政策を打ち出さなければならないほど、東京は窮地に陥っていた、ということだが」


 確かに、そんな政策は側から見れば悪手でしかない。自分で勉強しろ、なんて言われても、正直にその通りにする子なんてそうそういないだろう。オレだったらその暇になった九年間を、遊んで暮らすような気がする。


「しかしただ自分で勉強しろ、と言ってもうまくいかないことくらいは分かるな? その問題をどう解決するか、という結論が出ずに、当時の政府はくすぶっていた」


 ヤツは新たに“自主勉強”、“空白の九年間”と“少子高齢化”の下に書き込むと、右向きに矢印を引っ張った。矢印の先は、“2120”より右側にあった。


「そしてうまい解決策が出る前に、東京大事変が起こったというわけだ。体力や脳の容量、さらには通貨をデータに置き換えた仮想都市と、その新たな教育法は親和性が高かった」

「えっと……ってことは、」

「九年間の学習内容をデータ化し、子供の脳にインストールすることで解決した。高校以上は単に教科書の内容を記憶するだけでは太刀打ちできないという理由から、データ化は見送られた」


 そのままヤツは右手の人差し指でつんつん、と自分の頭を指してみせた。


「もちろん十三歳の私の頭にも、そのデータは入っている。もっとも私の場合はすでに高校と大学を出ているから、それ以上の情報があるがな」

「……なんかもう、驚かねえな」

「高校以上の学校にいつ通うかは本人の自由だ。昔と同じく十六になる歳から高校に行く人もいれば、私のようにさっさと行ってしまう人もいる。空白の九年間をいろいろ経験させる時間にするか、それとも前倒しして早く金を稼げるようになるかの判断は本人に委ねられている」


 当たり前のように小学校、中学校、高校に行って、高校時代一番好きだった経済の授業が引き続き受けられる経済学部を選んで大学に通ったオレにとって、その制度はすごく新鮮に聞こえた。


「しかしそれでも、少子化の問題は根本的な解決に至っていない。その証拠に東京都内には、高校が一箇所しかない」

「高校が一つだけ?」

「都内にいくつも高校を分散させるよりも、一つにまとめる方が効率的だと判断したんだ。その代わり、一高校としては桁違いの生徒数だがな」


 東京では高校、というワードさえ特別なものであるということは分かった。しかし、


「それでもなぜ私がその都内唯一の高校に行きたがっているのか、分からないという顔だな」

「おっしゃる通り」

「心配するな。いずれ分かる。それに自分の目で確かめた方が納得できることもあるだろう?」


 ヤツはキッチンにホワイトボードを戻しに行くと、そのままトイレと向かい合わせになっているドアを開けて部屋に入っていってしまった。ヤツが改心してくれたおかげで、占領されていたベッドがオレの元に戻ってきた。代わりにヤツは使わずじまいで物置と化していたもう一つの部屋に新品のベッドを入れて、そこを拠点にするようになった。


「さあ、行くぞ。準備しろよ」


 三分もしないうちにヤツが部屋から出てきた。服はいつも通りというべきか、例の新東京政府の制服。オレもなぜか、スーツに着替えるように言われていた。


「……うわ、懐かしい。大学卒業以来だな」


 オレはもしかして入らないんじゃないか、と腹回りを気にしたが、心配するほどではなかった。洗面所の鏡に映る自分とにらめっこしつつネクタイを締めて、準備完了。


「楽しみだな。私が教える側(・・・・)に回ることになろうとは」

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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