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22MB でかいものにはでかいものを

「なっ……」


 地上に上がった時にはすでに、駅舎の天井がところどころ崩れて、駅員の指示でみんなが逃げ惑っているところだった。


「今度は馬鹿な真似はするなよ、大人しく逃げるぞ」

「……ああ」


 周りを見ても天井が崩れているのが見えるだけで、肝心の元凶が見えなかった。たぶんさっきのカニみたいなバケモノがどこかにいるのだろうが、茹で上がった後のようなあの真っ赤な足は全く見えなかった。


「東京駅の地下にあの施設があることは、私含めごくわずかな人間しか知らないはずだが……何が目的だ?」

「知らねえよ……って、そもそもあのコピーが目的なのかよ」

「ほぼ間違いない。だいたい今の東京駅に、リニア新幹線の終点以外の機能はないからな。それが目的だったとしても、せいぜい東京に出入りができなくなる程度だ」


 行きしに通ってきた丸の内南口の改札を抜けるとすぐ、逃げ惑う人々の集団があった。オレたちはそこに紛れ込んで、一緒に逃げることを選択した。


「大丈夫かな、万が一あの真っ赤な足がこの集団に突っ込みでもしたら、一網打尽だぜ」


 逃げ惑う人々はみな多かれ少なかれ混乱していて、逃げる足もあまり速いとは言えなかった。オレたちもそれに合わせてのろのろ逃げるしかなかった。

 やっとのことで駅舎の外に出ると、すでに辺りは暗かった。と、思ったのだが。


「上だ」

「……なっ」


 何だよあれ、と素っ頓狂な声さえ出せなかった。ヤツの言う通りに斜め上の方を見上げると、そこに巨大なカニがいたからだ。見た目は何カニかこそ分からないものの、完全に茹でた後の真っ赤なカニそのものだった。違うのは、胴体が駅舎ほどのサイズだということくらい。


「でかっ……!」

「あの胴体の大きさなら、突っ込んでいた足のサイズにもうなずけるな」

「納得してる場合じゃねえよ! どうすんだよあれ!」

「そもそもどうやってここに入ってきた? カニは処置なしでは虚構世界に耐えられないはずだ。それに、その処置ができるのは東京駅だけなんだが」

「そんなことどうでもいい! あいつ、東京駅ぶっ壊す気だぞ……!」


 すると駅舎の中から次々人が出てきたのを見たのか、カニは急に方向を変えて、オレたちの方にそのでかい顔を向けた。普通のサイズのカニを見る分には何も思わないが、巨大なそれになると話は別だ。オレには気持ち悪いとしか思えなかった。


「壊すのはまずいな。人が死ぬぞ」

「当たり前だろ、あんな足でぶっ刺されたらひとたまりも……」

「違う。数十万人規模で死ぬと言っているんだ。奴を倒すぞ」


 ヤツが手を差し出してきたのに従って、オレは手をつないだ。同時にヤツのつないでいない方の手から破壊光線が飛び、まっすぐにカニの胴体にぶち当たった。


「よしっ!」

「……いや」


 ぷしゅう、と上がった煙が晴れて見えたのは、元通りの胴体。あの金属の塊さえズタズタにした破壊光線をもろに食らって、カニには傷一つついていなかった。


「なんて硬さ……!」

「相当外装に力を入れているようだ。天然物であるとは、とても考えられない」

「当たり前だろ」

「私が言いたいのは、誰かに操作されて動いている、という意味だ」

「操作されてる?」


 そんなヤツの言葉をよそに、巨大カニは顔をこちらに向けたまま、足を駅舎に突っ込んでザクザク刺し始めた。見れば見るほど誰かに操作されているような動きだった。


「いったい誰がこんなことを」

「あの地下にあるのは東京中にいる人間のコピーだと言ったな? あれが潰されるとどうなるかは分かるだろう」

「……死ぬのか?」

「そうだ。虚構のコピーは二つ存在して初めて意味をなすんだ。片方が欠けた瞬間、意味がなくなる。それは都内で動いている方でも、地下に保存されている方でも同じだ」


 それはまずい。あのカニが暴れれば暴れるほど、人が次々に死んでいく。それも本人たちのあずかり知らないところで、元気な人が突然。今目の前を逃げ惑っている人が対象になることもあるだろう。オレには耐えられなかった。


「……どうすればいい?」

「奴の動きを止めるか、奴を操作しているだろう人間を見つけて殴り倒すかだな」

「そんなのほぼ一択じゃねえか」

「……操作している奴をとっちめに行くか?」

「そっちじゃねえよ」


 オレの言葉を受けてヤツはくくくっ、と楽しそうに笑った。いつの間にか、冗談も言えるようになっていたらしい。ヤツはぎゅっ、と握っていた手の力を少し強めた。


「私に策がある。手を離すなよ」

「あ、ああ」


 ヤツはその場にしゃがみこむと、そっと目を閉じて動かなくなった。無造作そのもの、といった座り方で、オレはヤツの正面にいる人にヤツのスカートの中が見えてないかどうかヒヤヒヤしつつ、その背中を見るしかなかった。


「おい! スカート!」

「……。」


 オレが呼びかけても、ヤツは返事ひとつしなかった。聞こえていないのか、それとも聞こえていてあえて無視しているのか。コイツのことだからシカト決め込んでるんだろうな、とオレが思っていると、


「……っ」


 ヤツがオレとつないでいない方の手を正面に差し出した。何か軽いものをすくい上げたような手の形だったが、その小さな手のひらの中には何もなかった。


「奴を圧倒できるような大きなもの……そうだな。ここは大きく出て、恐竜といこうか」

「恐竜!?」


 オレの声は驚いて裏返ったが、ヤツはと言うと何も気に留めていないようだった。それどころか、またオレの話を聞いていないような格好だった。しかしすぐに、それ以上に驚くべきことがオレの目の前で起こった。


「使用データは最高出力。体長は15メートル、必要最小値は標的の体長。モデルはティラノサウルス、オプションはなし、達成目標は対象の大型甲殻類の打倒。可能であれば捕食と分解吸収まで行う」


 何が何だか分からずに、オレはヤツの言葉を聞いていた。ヤツの言葉が途切れると同時にかざしたヤツの手の上でゴルフボールくらいの大きさの球が浮かび上がり、まばゆい光を放ち始めた。


「まぶしっ……」


 反射的に目を閉じてしまい、次に目を開けた途端。光の球はプラモデルくらいの大きさの恐竜に形を変えていた。それは、ティラノサウルスそのものだった。ティラノサウルスは見ている間にどんどん膨らみ、そしてヤツの言った通りとなった。


「なっ……」


 オレとヤツの目の前に広がった影。見上げた先にいたのは、巨大カニより一回りも二回りも大きいティラノサウルスだった。

 気持ち悪いカニの次はどでかい恐竜かと、また逃げる人たちが混乱の渦に包まれたのが分かった。しかし恐竜は人間たちとは反対方向、カニに向かってまっすぐ突進した。地震でも起きたかと思うほどの衝突音がして、カニの甲羅が割れた。中は空洞だった。


「やはり何者かが操作していたようだな。そうでなければあんなハリボテにはならん」

「すげえ破壊力……」

「驚くのはここからだ。何せ白亜紀以降"存在の許されなかった"暴君竜だからな」


 気がつけばヤツは立ち上がって、得意げに恐竜の方を眺めていた。加えて楽しそうでもあった。最近はいつも楽しそうにしている気がするのだが。

 その間に恐竜はハリボテのカニをひょいと持ち上げ、ジタバタするカニの足を一本ずつもぎ始めた。恐竜の方が人に操作されてるんじゃないか、という動きだった。


「……何だよあの動き」

「あの恐竜は私がお前のデータを使って生み出したんだ。私の思い通りに動かすことができる。見ていろ、今に足の殻を剥いて食べ始めるぞ」


 その通りになった。足をもがれるたびにカニは元気をなくしていき、ついには握りつぶされて粉々になった足の殻と、ハリボテの胴体だけになってしまった。


「任務完了だな」


 やがてヤツがそうつぶやくと、さっきまでカニの足をむさぼり食っていた恐竜が嘘のように姿を消してしまった。それを見て、オレは足の力が抜けてへなへなとその場にへたり込んでしまった。

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