19MB 東京駅にて
東京から鉄道は消えた。
といってもそれは東京の中を移動する鉄道に限った話で、沖縄から九州、大阪と名古屋を通って東京に至る西部リニア新幹線と、東京から東北を通って北海道へ至る東部リニア新幹線は現役だ。それから在来線でも東京を通って別の場所どうしを結んでいた線路が東京で寸断されただけで、それによって特定の場所に行きづらくなった、なんてことはない。
「ってかむしろ、東京都内はテレポートできるんだから、時間短くなってるよな……」
オレは明日から仕事再開という日に、ヤツと一緒に東京駅に来ていた。そして、一人で歩いていた。
「一時間後に昼食を取ろう。それまでは自由行動だ」
というのも、東京駅に来るなりヤツが小学校の遠足の時の先生よろしくそう宣言して、そそくさと人混みに紛れていってしまったのだ。もはやヤツを探す気も失せるほど人が多くてごちゃごちゃで、仕方なくオレは適当に辺りをぶらぶらすることにした。
「さすがに一年じゃ、何も変わらないか」
気がつけば、あこがれの東京に来てからもう一年だ。一年前はまさか東京が虚構世界だ、なんてことは知るはずもなかった。きっとヤツと出会っていなければ、知る機会はまずなかっただろう。そう考えると、出会ったのはよかったのか。
「……いやいや。そんなわけねえよ」
やっぱりヤツと出会う前の方が、平穏な日々だったのは間違いない。もちろん刺激が何もない毎日だと退屈かもしれないが、最近は刺激的すぎる。まだヤツに出会ってから一ヶ月も経ってないうちに、金属の塊に二度も追いかけられ、やっと終わったと思ったら今度は人食いのチンピラどもに追いかけられた。もしかしたら二、三年くらい寿命が縮んだかもしれない。
「しかも今度は、よりによって東京駅か……」
ヤツはすこぶる楽しそうだったが、オレはいつにも増して気分が沈んでいた。
東京駅に来たのは一年ぶりだ。つまり実家にも、一度も帰っていない。初めのうちは盆と正月くらいは帰ろうかと思っていたのだが、すぐに面倒になってしまった。親からの仕送りと給料があれば特に問題なく生活できたし、何なら週末ごとにビールで一人乾杯する余裕さえあった。一人暮らしでも、何だかんだ言って快適だった。
「なんか、帰らないといけねえ気はするんだけど」
母親からもメールで催促されていた。地元で就職した元彼女もオレに会いたがっているらしい。喧嘩別れしたわけではないから何も気まずいことはないし、オレの方も会いたいという気持ちが少しあった。だが、めんどくさいという事実がオレをためらわせていた。
「せめて、土産か何かでも送った方がいいかな」
この一年間で初めて、そんなことを考えた。帰りたくなくても、元気にやってるってことは知らせないといけない。一度考えると、そうせずにはいられなくなった。
「これ。それぞれ別のところに発送していただきたいんですが」
「承知いたしました。ではこちらに住所のご入力を」
目の前にあった土産物屋に入って、向こうが気を遣わなくていいくらいの値段のクッキーを選んで、レジに向かった。実家と、元彼女の家に一つずつ。大学の時よく彼女の家に遊びに行ったな。……と考えつつ、住所の入力を終えた。するとそのタブレットとオレの持つ端末を通信させるよう言われた。
「え?」
「商品が目的地に到着しましたら、メッセージでお知らせいたします。こちらのご住所ですと、三時間もあれば到着いたしますので、その際はご確認のほど、よろしくお願いいたします」
「は、はあ……」
そうだとしても、個人の端末と通信させるものなのか。レジから離れて少し他の人のを見ていたが、みな当たり前のようにオレと同じことをしていた。どうやら常識だったらしい。
「……なんか、まだまだ田舎者だって言われた気がしたな」
まだ来て一年とは言え、正直だいぶ東京に馴染んだ気でいたので、オレは少しショックだった。
「にしても、三時間か」
その昔リニア新幹線ができる前の普通の新幹線では、東京-大阪間を走るだけで三時間近くかかっていたという。後に半分以上の時間短縮に成功したリニア新幹線に置き換わって、もはやその面影はなくなってしまったが。
そういえばオレが実家を出て東京駅に着くまでもだいたい三時間くらいだったから、妥当な話だ。さっき買ったお土産も生存報告くらいにはなったかな、と考えつつ、オレは店を出た。
「ん……?」
店を出るとやはり、人でいっぱいなのは変わらなかった。しかしオレを置いてとっととどこかへ行ってしまったヤツの姿が、一瞬見えた気がした。
「どこ行くんだ、あいつ」
言っちゃあなんだが、ヤツは十三歳という割になかなか背が小さい。十三歳女子の平均身長なんて調べたことはないから詳しいことは分からないが、よくよく見てみれば小さいな、という印象だ。行き交うのは大人ばかり、子どもも親に手を引かれている子しか見ない光景の中で、一人まっすぐてくてくと歩くヤツは無造作になびかせた亜麻色の髪もあって目立っていた。
そういえばヤツが東京駅で一人で何をするのか、想像がつかなかった。あんなに楽しそうにしていたから、何か目的はあるのだろう。オレは興味本位で、ヤツについて行ってみることにした。
「あいつ……よくこんなところスイスイと……」
今の東京駅に在来線は通っていない。ただ一つリニア新幹線しかないが、構内は2120年の事件前の名残か、無駄に広い。そして、なぜか広さに合わせてものすごい人の数だった。そこをヤツはするすると抜けていったのだが、オレはというといちいちすれ違う人と肩をぶつけたり、引っかかったりして、ヤツとの距離を離される一方だった。
「あれ……あっちは通路じゃねえのに」
それでも目を凝らして見てみると、ヤツはしばらく進んだところで人混みから逸れて、立入禁止になっているはずの改札口の前に立っていた。オレも人混みを抜けると、ヤツがこちらに気づいた。
「お、来たか。お前もここが気になるか?」
「いや……違う。なんでこんなとこに来たんだよ」
改札の真上あたりに黄色い案内表示があった。使わないからかテープで覆われていたが、丸の内南口、という文字が透けて見えた。
「私が東京駅に来たかった理由は、これだ。実際中に入るのは昼食後にして、ひとまず一人で下見でもしようかと思ったんだが、お前がいるなら話は早い。先に見てしまおう」
中に入ることなんてできるのか。そう思っていると、オレと同い年くらいの女性駅員さんがやってきて、ヤツと話し出した。少し時間をおいた後、ヤツが少し離れて様子を見ていたオレに手招きをした。
「さあ、行こう。新東京政府理事権限で、内部調査を許可された」