18MB 『アキバ・ゼロ』の実態
――『アキバ・ゼロ』封鎖 周辺住民にも安堵の声
日本有数の電気街、さらにはサブカルチャーの聖地と称された秋葉原。四年前の2120東京大事変以降は廃墟となり、関係者以外立入禁止の特別指定区域と化していた。『アキバ・ゼロ』とも呼ばれ恐れられた秋葉原が警視庁及び新東京政府によって全面封鎖されてから、今日で一週間を迎える。本稿では新東京政府が三ヶ月に一度発行する『居住区別安全度調査データブック』において、近年最も下のレベルに位置づけられている神田・御徒町地区での取材を中心に、改めて『アキバ・ゼロ』の実態に迫った。
【記者】秋葉原が封鎖された、とのことですが
【60代男性 自営業】いや、よかったね。やっぱり怯えながら暮らすっていうのは心臓に悪いからね。
【記者】秋葉原が昔、電気街として外国でも有名だったこと、ご存知ですか
【10代女性 高校生】え……そうなんですか? 全然知らなかったです。てっきり昔からヤバいところだと思ってました。この前も友達が肝試しだ、って夜の十時くらいから秋葉原の近くに行って。でもあまりに怖くて、逃げ出してきたんだそうです。なんか、人の骨があちこちに散らかってるって言ってました。
【記者】秋葉原について、今までどのようなイメージでしたか
【20代男性 会社員】やっぱり困ってました。この辺りがレベル1ってされてるのも、『アキバ・ゼロ』に一番近いからでしょ。ただ近くにあるからってだけで治安が悪いって認定されると、一気に人が減って活気がなくなる。結局困るのは僕らなんですよね。
元秋葉原駅を中心に、一帯がバリケードで囲まれ、関係者以外立入禁止の警告が目立つ。筆者もバリケードの外から、秋葉原の現状を自分の目で確かめた。
まず視界に飛び込んでくるのは圧倒的な暗さだ。稚拙な感想かもしれないが、この印象を抱かずにはいられない。筆者が訪れたのはまだ明るい昼時だったが、すでに真夜中であるような空をしていた。
もう少し中の様子が見れないものかとバリケードに手を触れた瞬間、けたたましい警報音が鳴り響いた。慌てて駆けつけた警備員の方に謝罪し説明すると、筆者がライターであることを理解していただけた。さらに新東京政府の担当者の方に話を通していただき、筆者は取材のため特別に中に入る許可を得た。
* * *
「おい、見ろ。『アキバ・ゼロ』の記事だ」
『アキバ・ゼロ』で死にかけた一件で、大事をとってオレは一週間と少しだけ休暇をもらった。正確には山内さんにいいから休んどけ、と言われ、夏休みをちょっと前倒しした形だ。
そんなある日の午前中、ヤツが近くのコンビニで雑誌を買ってオレに寄越してきた。ヤツは匿ってくれ、と言ってオレの家に転がり込んできたくせに、一人で外出することをさほどためらっていないようだった。
「またかよ。もううんざりなんだけど」
うんざりとオレが言うのにも理由がある。違法カジノ潜入の"プロ"である潜入捜査官が死にかけたとあって、改めて『アキバ・ゼロ』が恐ろしい場所だと認知され、オレに取材の依頼が山ほど舞い込んできたのだ。最初は山内さん始め上層部に取材を受けるよう言われたのもあって引き受けていたが、同じことしか聞かれないせいですぐに飽きてしまった。だから五件目くらいからはこっそり断っていた。
「一番最初、腰の低い記者が来ただろう? たぶんあそこの雑誌だ」
オレは言われるがまま『アキバ・ゼロ』の記事を探した。その記事の後半の方に、実際に潜入捜査官として現地に行き、九死に一生を得た警察官の二十代男性、と銘打って、オレのコメントが載っていた。
「どうだ、脚色されてるか?」
「なんでそんな楽しそうなんだよ。……ぱっと見大丈夫だ。こんなこと言った気はする」
「なんだ、期待外れだな。どれくらい脚色して感動的なストーリーを作り上げてくるか、楽しみにしていたんだが」
ヤツは本当に楽しそうだった。肝心の取材の時は別室に隠れていたくせに。その時はヤツなりに配慮してくれているのかと思っていたが、きっと違う。ヤツは都合よく盗み聞きがしたかっただけなのだ。
「どうだ、聴き比べしてみるか?」
ヤツが腕に埋め込まれたデバイスをいじると、少し前のオレの声がきれいに再生された。盗み聞きするだけでは飽き足らず、ちゃっかり録音までしていたらしい。
「やめろ、今すぐ消せ」
「そうか、それは残念だ」
抵抗するかと思ったら、ヤツは案外あっさりと、オレに見せながらそのデータを消した。
「……さて」
データを消したかと思うと、ヤツはおもむろに立ち上がり、台所に立った。昼飯の準備をしてくれるらしい。
オレがヤツの手を引いて大きな金属の塊を倒したあの日以来、ヤツもオレとの暮らしに少し慣れたらしい。朝は各自適当に食べて、昼飯はヤツが、晩飯のおかずはオレが作る、という役割分担がいつの間にかできていた。もっとも、オレが慣れたと思っているだけで、ヤツはそうではないのかもしれないが。
「……そうだ。ヨドはあと数日の休み、空いているのか?」
「え? まあ、暇だけども。どした?」
「行きたい場所があってな。ただし、限りなく仕事に近い話だ」
もしかしてヤツが自分から一緒にどこかへ出かけたいと言うんじゃないか。オレのその期待のような、希望のようなものはあっさり打ち砕かれた。ここまで来て仕事かよ。
「……どこだよ」
いろいろ言いたいのをオレは抑えて、それだけヤツに尋ねた。
「まあ落ち着け。まずどうして私が、その場所に行きたいのか。理由を言わなければならないだろう?」
いいからどこか言えよ、と口を出す前に、ヤツが続きを話し出した。
「結局想定外のことが起きて見せ損ねたが、秋葉原の違法カジノは少々特殊だ。最大の規模を誇り、なお拡大を続けるあそこだからこその特徴だ」
「……へえ」
「通常、東京に存在する違法カジノは通貨としてデータを用いている。だが以前言った、体力に関わるデータとは別物だ。複雑な話だがな」
どうやらデータはデータでも、二種類あるらしい。体力データと金データ、といったところか。
「違法カジノは東京中の金品や食糧に対して裏ルートを持っていて、そこから入手した商品を換金して、溜め込んでいる。裏ルートの詳しいことは分かっていない。だから一網打尽にできず、潜入捜査官が一つずつ潰す必要があるわけだ」
「ほえー」
「……本当に分かっているか?」
「まあ、大体」
ならば秋葉原の違うところはなんだろうか。裏ルートがないことか。しかしそれだと資金源がなくなる。とてもあんな規模のカジノは運営できないだろう。
「……しかし秋葉原は違う。体力由来のデータと金由来のデータとで、互換性がある。つまりただ何もせず生きているだけで、山ほどの金が手に入るわけだ」
「それ、アリかよ」
そう言われてみれば、むしろデータに二種類ないと、金の流れがむちゃくちゃになってしまう。『アキバ・ゼロ』ではそれが許されていて、文字通り"金が湧いてくる"。だからこそあんな巨大な施設を維持できるのだ。
「……というのが、本来の秋葉原だ」
「"本来の"? 本当は違うってことか」
「ああ。お前も分かっただろ、あそこの輩は人間を食べるということを」
「なんか、言ってたな」
到底信じられない話だ。むしろなぜあの時、こいつらに捕まったら殺され食べられると自分が判断できたのか、今ではよく分からなかった。
「それだけ金を持っているならば、人間を食べるという発想にはならないはずだ。好き好んで人間を食べようという奴は、そうそういるまい」
「確かに」
「さっき体力由来のデータも通貨として使えると言ったが、そこから得られるのは全体から見れば半分にも達しない。秋葉原もやはり、半分以上を物流の裏ルートに頼っている」
じゃあ仕方なく人間を食べることになったってことか。と言おうとすると、意図を汲み取ったようにヤツが続けた。
「私の仮説はこうだ。その大半の物流が何らかの理由でストップし、秋葉原は困窮していた。結果局地的な飢饉が発生し、共食いをせざるを得なくなった」
数人で近くに繰り出して強盗を働く程度では、違法カジノ全員分の食糧をまかなうことはできない。かと言って総出で出て行って違法カジノを空にするわけにもいかない。ヤツの仮説はオレからすれば、的を射ていた。
「で、どこに行くんだよ」
たぶんその場所に行かなければならない理由は言い終わっただろうと、オレはヤツを促した。するとヤツは得意げにも見える笑顔で答えた。
「東京駅だ」
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