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14MB 『アキバ・ゼロ』

「どうした? さっきまでとはずいぶんな温度差だな」

「そりゃそうだろ、よりによって『アキバ・ゼロ』行きなんて……」


 秋葉原は確かに、電気街とオタク街、二つの側面を持つ大観光都市だった。――2120年のあの事件までは。

 事件発生から二年間、正式に東京が復興するまで、関係者以外は厳重な立ち入り禁止区域に指定されていた。それは原因究明のために捜査が必要であり、一般人に現場を荒らされるのを避けたかった狙いもあったのだが、何より文字通り廃墟と化した東京の街はいとも簡単にスラム街、あるいは無法地帯となる危険性をはらんでいたからである。


「立ち入り禁止という文言とともにその危険性が説明されれば、ほとんどの人間は警告に従う。しかし一握りの輩は、話を聞き入れようともしない。それはいつの時代も同じというわけだ」


 ちょうど東京二十三区全体を囲うように設置されたバリケードを突破し、不安定な東京に足を踏み入れた奴がある程度いた。当然内部には現在の新東京政府にあたる組織の人間がいて、侵入すればたちまち拘束されてしまうのだが、東京駅にほど近い秋葉原では新東京政府及び警視庁の規制が間に合わず、治安の悪い無法地帯が完成してしまった。


「世界に誇るべき街であった秋葉原は、世界でも有数の恥ずべき無法地帯へと一瞬で化した。今は見る影もないな」


 新東京政府による統治が始まって以降、主要な街の治安をレベル別に分類したデータが定期的に発表されている。人が非常に住みやすいとされるレベル5から、犯罪が多発しており出入りするのもなるべく避けたほうがいいとされるレベル1まで。ただ一つ、秋葉原だけはレベル1より劣悪なレベル0に分類されている。秋葉原から遠く離れたところに住む人でも、名前を聞いただけで震え上がってしまうほどだという。最終的には恐れるあまり見下すかのような『アキバ・ゼロ』というあだ名がつき、定着してしまった。


「『アキバ・ゼロ』って、こんな感じだったのか」

「廃墟にふさわしい雰囲気だな。だがしかし、人の気配は確かにある」


 外部から秋葉原の領域に入ろうとすると、まず出迎えるのはおどろおどろしい、さびれたアーチだ。ヤツの話によれば東京はすでに仮想都市と化しているはずなのに、入口から漂うその雰囲気は妙に現実味を帯びていた。


「アウシュビッツ強制収容所。同じような雰囲気を、ここに感じるな」

「……なんか、すごい腑に落ちた」


 かつてたくさんの人が亡くなったという点では、共通している。しかしアウシュビッツが人類の負の遺産、死そのものの場所として今も保存されている一方で、秋葉原は今でも、死と生の混じり合った場所だ。


「幸い死臭の類はしないようだな。……ああ、理由が分かった」


 ヤツが暗くてあまり視界がはっきりしない中、そう言って指を差した。その先には丸まって気ままに眠る猫が何匹かいた。


「ここの猫は他より野性的らしい。定期的に食糧が提供される分、野性そのものではないだろうがな」

「定期的な食糧って」

「当然、死人の肉だ。猫もそんなものを食べたくはないだろうが、食糧がないなら仕方ないな。……そもそも猫はこの仮想世界において、人間より上位に立っていてもおかしくない存在だ」


 ヤツと一緒にいると、次々と新しい情報を聞くことになる。猫が人間より上なんて、信じられない話だった。


「ん? どういう意味?」

「東京が虚構に置き換わったあの事件では、人間さえも耐えることができなかった、という話をしたな? しかし全動植物の中で唯一猫だけ、耐えて生き延びているんだ。それどころか、虚構世界と現実世界の行き来をしても、体に支障をきたさないことも分かっている。原理はいまだ研究途上だがな」

「へえ……」


 そこは昔から人間に飼われていて仲のいい犬の方がいいんじゃないか、とオレは何となく思ったのだが、違うらしい。目の前でゴロゴロしている猫の中に、もしかすると事件前から生きているのもいるかもしれないのだ。


「……ってか、人間の肉食ってんのか。気持ち悪」

「死臭がしないことを考えればましだろう。腐る前に食べ尽くされているということだからな。死肉を漁る猫が見たくなければ、早く構内に入ることだな」

「分かってる」


 オレはなるべく安全そうな方に視線を固定しつつ、また休んでいる猫をむやみに刺激しないよう、コソ泥よろしく地下へ続く階段を降りた。



* * *



 無法地帯と化し、昼間でさえ明るさを感じさせない秋葉原。さっきもまだ夕焼けがそろそろ見えるかな、という頃だというのに、まるで真夜中のような暗さだった。

 しかし地下鉄秋葉原駅の3番出入口だった遺構から階下へ降りると、その様相は一変する。少しだけ地上と同じような暗い通路を抜けると、一気に太陽も敵わないほどの明るさがオレたちを出迎えた。


「うわ、なんだここ……」

「噂には聞いていたが、よもやここまで大規模になっていたとはな」


 見渡す限り全方位にルーレットやトランプにスロットと、一通りのカジノゲームが揃っていた。それだけではない。そんなカジノゲームのスペースの奥を見やると、自転車十数台が猛スピードで駆け抜けていくのが見えた。競輪だ。


「この分だと地上で『秋葉原』とされていた全域に渡って、カジノが広がっているんだろうな」

「とんでもなく大規模だ……」

「……この時点で完全に取り締まるのは不可能になったな」


 ここまで大規模となると、カジノを取り潰すことがそのまま、秋葉原の再開発とイコールになってしまう。警察が廃墟の再興に足を踏み入れるなんて話はそうそうないだろう。


「とりあえず、解散だ。各自情報収集をやってくれ。ただ、こんなに大規模だから無理はしなくていい。焦らずゆっくりやろう」


 これだけ大規模となると、警察に対する警戒心も相当強いだろう。オレはそう思い、同僚の捜査官たちに言った。短い返事が返ってきて、ヤツ以外はオレの元を離れていった。


「お前も解散しろよ」

「それでは私が何のためにここに来たのか分からないだろう。私の目的はあくまでヨドの行動パターンを把握して、少しでも私の記憶を取り戻す手がかりをつかむことだ。極端な話、秋葉原がこの先どうなるかということには興味がない」

「お前……はっきり言ってくれるな」


 複数人で行動すると危険だから、オレはなるべく避けるようにしているし、同僚にも何回か言っている。カジノに入り浸る人間といえば、身寄りのない貧乏人がほとんどだ。そんな中二人仲良く行動していれば、一番に怪しまれてしまう。そのことをヤツにも言ったのだが、


「無駄だ」

「は?」

「周りを見てみろ」


 ヤツにそう言われた瞬間、俺の周りの空気がひんやりしているのに気づいた。どんなことが起こっているのか薄々察しつつも、オレはこちらに視線をがっつり向ける人たちを見た。


「警察だ! 捕まえろ!」


 一人が叫んだ。それを合図にしてじっとこちらを見つめていた奴らが一斉にオレたちに襲いかかってきた。


「やべえ!」


 オレはとりあえず人のいない方向へ、ヤツの手首を握って走り出した。

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