11MB 警察官を目指し、なった男として
「みんな逃げて! こっち!」
オレはみんなと同じく逃げるのではなく、今逃げようとしている人を安全な方へ誘導することを選んだ。みんな逃げることに必死なのか、それを先導しようとする人が誰一人いなかったからだ。
「お前――正気か?」
「ああ、正気だ。曲がりなりにも、オレは警察官なんだ」
困った人を助けられる、強い人だから。困っている人をなくすことはできないかもしれない。それでも、その瞬間に力になることに意味はある。そう思ってオレは警察官を目指して、そして今も警察官なのだ。ここでオレが出なきゃ、誰が出るんだ。
「ありがとう!」
「助かるぜ!」
「あんたも気をつけろよ!」
ほとんどの人はオレの誘導に従うまま逃げていくだけで、せいぜい叫ぶくらいだった。けれど中には、そうやってオレに声をかけてくれる人もいた。
「お前は逃げてろ。こんなに人がいたって、いずれは合流できるだろ」
「そんなわけに行くか。お前がいなければ私は行く場所がなくなる。現状それは困る」
こんな時に家に帰れるかの心配か。オレは少しそう思ったが、確かにヤツが記憶を失っている今、頼れるのはオレしかいないのかもしれない。新東京政府の理事だということまで分かっているならそこに戻ってもよさそうだが、何も分からない状態で戻るのは気まずい、というヤツの言い分も、確かに分かる。
「しかし疑問だな」
「何が?」
ヤツがあごを触りながらそうぼやいた。態度と相まって、いよいよ威厳だけは一人前になっていた。
「なぜ攻撃してこない? 前は確実に、私たちを殺そうと攻撃していた。それともあれは、前のとは別の個体なのか?」
「確かに……」
オレがあの金属の塊の姿を見てから今に至るまで、攻撃をしないどころか、するようなそぶりさえ見せていなかった。前の時は対面していきなり破壊光線に似たものを放ってきたのに。
ヤツがそう話したのと同じタイミングだった。太陽の光が急にまぶしくなった……そう感じた瞬間、地面を覆うアスファルトが直径五メートルの円を描いてめくれ上がった。果たして太陽などではなく、金属の塊が放った破壊光線だった。
「攻撃か」
まだ逃げきれていない人がそこそこいた。どうやら手加減していたわけではなかったらしい。
「逃げるぞ! もう悠長なことは言ってられん!」
オレはさすがにヤツの言うことに従った。近くにいた明らかに逃げるペースの遅いおじいさんを介抱するようにして、なるべく金属の塊が攻撃しにくそうな場所を見つけて路地の方へ入っていった。
「なんであんなのが東京に……!」
オレはそう独り言を言って、ふと気づいた。あの金属の塊を見るのは二回目。どちらも、ヤツと出会ってからだ。
思えばオレが上京してから一年間、あんなバケモノは一度も見たことがなかった。それどころか、バケモノが人を襲った、というニュースさえ見たことがなかった。一年間も住んでいるなら、一度くらい小耳に挟んでもいいはずなのに。
「まだいるな」
ロボットとは似ても似つかない姿とは言え、動く時に立てる音はロボットそのものだった。ガシャン、ギギギ、と金属でしか出せないような音が、まだ近くに聞こえていた。
「このままここにいても埒が明かない。隙を見て動くぞ」
「分かってる」
一方的に攻撃されているだけのオレたちに、あの金属の塊の動きを止める術はなかった。逃げることしか、現状は許されていない。
「今だ!」
一瞬音が小さくなったのを狙って、オレたちは狭い路地から飛び出して大通りに出た。まだちらほらと人が残っていて、突然姿を見せたオレたちに少しだけ注目が集まった。
「まだ走れるか?」
「無理だ、さすがに……!」
オレの体はとっくの昔に限界だった。逃げたくても逃げられなかった敵と再び遭遇して、そもそも心の余裕がなくなっていた。
それでもオレは少しでも人の少ない方へ逃げて犠牲を減らそうと、狭い道ばかりを選んだ。一方の金属の塊は全く動じず、盛大にオレたちを囲む建物を破壊しながら突き進んでくる。
「建物はすぐに復活できるんだが、あまり暴れられても厄介だな」
「じゃあどうすんだよ! このまま走って家まで戻るなんて無理だぞ!」
「その必要はない。各地にあるテレポーテーションスポットを探せばいい」
「なるほど、確かに!」
そう考えると、少し希望が見えた。利便性を考えてかそのスポットは年々増えていて、スポットを探すのに十分も歩くなんてあり得ない、くらいになってきている。場合によっては、すぐそこにある。
「あれだ!」
視界をスポットを探すことに集中させると、だいぶやりやすい。すぐにデパートの目の前のスポットを見つけることができた。迷路のようにあちこち曲がって進んだおかげで、金属の塊との距離も少し離れていた。
オレは街灯のような形をしたスポットのポールをつかんで、テレポートができるよう指定された円の中に立った。しかし、
「起動しねえ……」
円の中でいくら地団駄を踏んでも、テレポート先の番号を入力する文字盤が起動する様子はなかった。ダメ元で文字盤を殴ってみても、うんともすんとも言わなかった。
「駄目なのか」
「ああ、他のところを探す」
どうせまた少し走ればすぐに見つかると、次に近いテレポートスポットを探して試した。しかし結果は同じだった。
「テレポーテーションシステムは電力で稼働していると聞く。あの金属に電力供給を断たれた、と考えるべきか」
「じゃあ、テレポートは」
「使えないということになるな」
「……っ」
それならそうと、早く教えて欲しかった。もう一定のペースで走れるほどの体力は残っていない。ましてあの金属の塊から逃げながら家まで戻ることなんてできやしない。こちらが動きを止めたせいで、急速に塊が向かってくるのが分かった。
「とりあえず、逃げねえと」
オレはまだ何とか体に残っている力を振り絞って、足を踏み出した。――のだが。
「おい! 逃げるんじゃないのかよ!」
前の時とは逆だ。もうすぐそこまで迫っていた金属の塊をにらみつけたまま、ヤツは動こうとしなかった。なぜかは分からなかったが、オレが怒鳴るのも聞こえないようだった。
「何やってんだよ……!」
金属の塊はもう目と鼻の先まで迫って、破壊光線を出す腕のような構造をヤツに突きつけた。すぐにレーザーのようなまぶしさがオレを襲った。ヤツは何を考えたのか、その腕に向かって手を差し出していた。
「逃げろぉーーーっ……!!」
オレはかざしていない、もう一方の手を力強く握った。ヤツのいつもの態度に反して案外暖かい手だと感じた瞬間。
逃げる人たちの喧騒も遠くなり、静まり返った都会の中心で、轟音が響いた。
かざしたヤツの手から出た破壊光線が、まっすぐに金属の塊を貫いていた。