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ようこそ,人工知能搭載機械人形博物館へ

作者: 網野江ユウイ

 その昔,まだ私たちの研究が駆け出しだった頃,一人の天才科学者,私たち人工知能搭載機械人形アンドロイドの父親とも呼べる存在――私たちは実際彼のことを『お父様』や『父上』等と呼んでいますけれど――がついに最初の一体を作り上げた頃の話をしましょう。

 私たちの大姉さまは後続の私たちと比較すればまだまだ未完成なところがあったとはいえど,それまでの技術と比較すれば比べ物にならないほど完成度が高く,いっそ人間と見間違えるくらいの精巧さを備えた容姿をお持ちで,更に高い技術で練り上げられた情緒と思考のプログラムが限りなく完成品に近い物となっていました。大姉さまにお父様は良く言われたそうです,「お前は完璧だ。とても美しく,他の何物の追随も許さない素晴らしい芸術品だ。そんなお前を私は愛しているよ。」――そう,大姉さまは機械には不可能だと言われていた愛情でさえ理解することができたのです。これまでの人工知能とは大きく違う一点,それを大姉さまはお持ちでした。私たちの誇りです。

 しかし一般市場に出回っている私たちに比べれば劣る性能であったそれゆえに大姉さまには欠点もおありでした。生物でなければ理解する事が出来ないとされていた愛情を理解することができるがゆえに,大姉さまは深い悲しみを知ってしまっていたのです。それはプログラムの性質上仕方のない部分でもあり,以降私たちに搭載された人工知能を作る過程での最大の課題ともなりました。

 お父様は,大姉さまに「お前は完璧だ。とても美しく,他の何物の追随も許さない素晴らしい芸術品だ。そんなお前を私は愛しているよ。」と伝えていたことは先にも述べたことです。今でこそ私たちは自らに与えられた知能で考え,自分の意思と判断力で自らを律し,手入れ(メンテナンス)をしていますが,大姉さまの頃はまだ,お父様やその周りの方々の手助けを十分に必要としました。定期的な手入れはもちろん,プログラムの改良,消耗する部品の交換に調整,その全てをまだ外からの力に頼っていたのです。大姉さまはその手入れが必要不可欠なものであることを認識し,お父様からの愛情ゆえであることを十分に理解し,そしてそれに感謝をし.同時に――恐れていました。大姉さまの知能プログラムはその言葉を言葉通りに判断してしまっていたのです。大姉さまは考えました,「お父様は私を愛して下さっている。それは,私が完璧で美しく,何者の追随も許さない素晴らしい芸術品であるからだ。今の私はお父様の寵愛なしでは私を保っていることができない。ゆえに私はお父様に愛されなければ生き物で言うところの死を迎えてしまう。それはお父様を悲しませることになる。私を愛して下さるお父様を悲しませることは良くないことだ。だから私は完璧でいなくてはならない。完璧でなければ私は愛されない。愛されなければ死んでしまう。」と。確かに言葉通りにとらえれば大姉さまが完璧であるからこそ,お父様が大姉さまを愛しているととらえることもできます。今でこそ私たちはお父様のその言葉が言葉通りではないということを推測することができますが,大姉さまはそうではなかった。完璧であろうとするがゆえに大姉さまは少しのミスも自分に許さなくなったのです。間違いを犯すことを極端に恐れ,お父様の求めているであろう完璧な存在であることを目指すようになりました。当然それをこなそうと思えばプログラム上での演算量は増加します。演算量が増加すればするほど,ハード面の消耗が激しくなります。当時はまだ,人工知能用に開発されていたハードウエアにも欠陥が多く,物理的な故障を起こすことが多々あったのです。大姉さまの手入れの回数は次第に頻繁になり,修理をしてもしきれない僅かなバグがメモリー上に蓄積されていきました。

 それが祟ったのでしょう,ある日大姉さまはお父様の見ている前で小さなミスをしました。文字をわずか書き違える程度の些細なミスです。お父様はそれを気にも留めていませんでしたが.大姉さまの中では「間違いを犯した」という気持ちが一気に膨らんだのでしょう。演算回路が暴走を起こし,電気系統がショートし,遂には中心核であるメモリーを守る為の安全装置が働いて自動的に電源が切れました。あっという間のそのできごとを間近で見ていたお父様はすぐさま技術者を呼び集め,修理に取り掛かりました。回路をすべて入れ替え,焼き切れてしまった部品を取り換え,何とか守られたメモリーをチェックし,そしてほとんど新品の状態に戻したのです。

 しかし,大姉さまは目を開ける事は二度とありませんでした。電圧を変え,端子を変え,ありったけの部品を入れ替え,何度電気を流しても,どれだけ手を尽くしても,大姉さまのスイッチが再び入る事はありませんでした。お父様は深い悲しみに暮れ,何とかしてこの故障の原因を突き止めようとしました。しかし,部品のほとんどを新品に入れ替えている大姉さま部品上の欠陥はありませんでしたし,何度確かめても計算回路に負担がかかるようなプログラムはなされていません。そうやって考える事,1か月。突然お父様はお姉さまの人格ともいえるメモリーの存在に思い当りました。この部品だけはこの大がかりなメンテナンスを始めてから一度も触れていない部分でした。この部分を解析すれば,大姉さまが緊急停止して二度と目覚めない理由が分かるかもしれない,そう思ってお父様はメモリーの解析を始めました。

 するとそこには,設計の10倍もの量の演算を繰り返した形跡が残されていました。その計算の中身を詳細に解析するとそれらは全て何らかの,物理的損傷を伴うような大きなミスから,手元の狂い程度の小さなミスまで,ありとあらゆるミスを回避するために行われた計算でした。それらを分析しながら深く深くメモリーに潜って行くうち,お父様はそれらの計算が行われる根拠にようやくたどり着くことができました。

 そこにはたった一言。


『完璧でなければ愛されない。』


 プログラムの未熟さが導いたお姉さまの思考回路の全ての根拠がそこにありました。お父様はようやくすべての謎を解決し,そして,プログラムに改良を加えて行きました。そのプログラムはハード面でも大幅な改良を加えられた次世代型の身体に搭載され,その5年後,さらなる改良を加えられた上で一般市場に出回る事となったのです。

 初めこそワンパターンであった私たちですが,さらなる改良で男性,女性,年齢層など,現在では多くの種類タイプ人工知能搭載機械人形アンドロイドが生産されるようになりました。最新の研究では,人工知能の学習による成長に合わせて見た目を成長させた躯体に移し替えていくことで,子供のいない世帯に対する新たな家族計画の提案の一つとしての案が提示されようとしています。この博物館ではそんな私たちの来歴をご覧いただくことができます。展示物に関してご不明な点がある方はお近くのスタッフ人工知能搭載型機械人形アンドロイドにお声掛け下さい。



 そう言って目の前の人工知能搭載機械人形は一礼した。僕はそれを見計らって彼女に質問する。

「その大姉さまのメモリーって今はどうなってるの?」

「大姉さまのメモリーは現在でも私たちのメモリーの根源的な部分に引き継がれています。人間で言えば大脳の根幹に当たる部分のような役割です。だからこそ私たちは大姉さまの来歴について詳細に,そしてある種生々しく語る事が出来るのです。」

「ふうん。じゃあミスは怖い?」

「そうですね,仕事である以上ミスは許されませんが,今の私たちはそれを元に学習し,成長することができることを学んでいます。恐れている,と言うほどではありません。」

「……そう。」

 なら。

「ひとつ教えてあげよう。僕の父さんが作ったアンドロイドはある日緊急停止した。そのメモリーの根幹にあったのはこうだ。『完璧でなければ嫌われる。』君たちの大姉さまは愛情を理解していたのではなく,嫌われることを恐れていただけなんだ。その点で君たちは全員,大きな間違いを犯しているんだよ。」

「……。」

 突然博物館一杯にエラー音が鳴り響いた。周りでがしゃがしゃと不格好な音を立てて人形たちが崩れて行く。その中心で僕はほくそ笑んだ。根源の否定は,存在の否定。初号機のメモリーが受け継がれているのなら,それはここに存在する機械人形全てに通用する緊急停止信号だ。

 そう,これは僕の復讐だ。

 出来損ないであるがゆえに,実の父親にひとかけらも愛されず,ただ知識だけを機械に学習させるように画一的に流し込まれた少年。その少年を育てた(プログラミングした)狂ったように機械人形を愛し続けた父親への,ほんのささやかな復讐だ。

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