神様?
昔からの言い伝えは、徐々に移り変わって、それから神様が生まれた。
「えー、そんなことって絶対ないよ」
現代では、神はいるかどうかわからない。
姓で神という人はいるらしいが、そうではなくて、不思議な力を持った人ということだ。
「いるぞ、神様はいらっしゃる」
明日そこに行こうと、おじいさんが話すので、俺はしぶしぶ向かうこととなった。
翌日車で行ったのは、手野八幡神社だ。
ここの宮司とおじいさんが知り合いらしく、掃除の最中に声をかける。
「ええ、連絡は受けていますよ」
電話でもしていたのだろう。
どうぞこちらへと、宮司に案内された。
「こちらでお待ちください」
拝殿の中に通され、宮司は建物から出て誰かを呼びに行った。
「ねえおじいさん」
「何だ」
「誰が来るの」
「神様だよ」
何が言いたいかさっぱりだ。
「お待たせいたしました」
そう言って襖を開けた宮司は誰かと一緒だ。
胸のところにドクロマークが入った白い服を着ている男が、ゆっくりと入ってきた。
似つかわしくないと思うのが、第一印象だ。
俺ですら、中学校の制服を着ているというのに、どういうことなのだろう。
「お初にお目にかかります、壺中方と申します」
「壺中さんは、今は住み込みで働いてもらっています」
壺中は、何やら素焼きの壺を持っている。
ただ全体に封印用のお札が貼られている。
「えっと……」
「君が、神秘現象を信じない子かね」
「ええ」
おじいさんが勝手に話を続ける。
「神秘現象?」
「つまりは、超能力やそのようなことだ。じゃあ、早速見せてあげよう」
ああそうだ、と壺中がなおも話す。
「これから起きることを誰かに話したら、君は極めて危険なことになる」
「はぁ」
なんとも言えないそんな警告を受けて、俺は壺中と共に、拝殿のさらに中、本殿へと向かった。
本殿の中は、おかしいほどひんやりとしている。
「さて」
壺を本殿の中心に据えて、俺をその壺に触れされた。
「壺中天、という故事を知っているか」
「知りません」
「知らないか、そうか」
知らないならいいやと壺中はつぶやきつつ、何やら唱え出す。
カタカタと壺が揺れたかと思うと、あっという間に吸い込まれた。
「よろしい、目を開けてもいいぞ」
吸い込まれると思った瞬間、反射的に目をつむったようだ。
開けると、さっきまでいた本殿とは打って変わって、どこかの家の中にいるような感じだった。
今も住んでいるという感じだ。
「ここは……」
「壺の中だ。まあ、そう言っても、すぐには信じないだろうがな」
壺中天に出てくる壺を模して作られたらしい。
その話自体、詳しくは知らないが、かなり有名なのだろうか。
「俺が、何百年と封じられていたんだ。帝も世の中も、相当変わってしまったがな」
「あんたは一体……」
「物の怪さ。こう見えても、昔は名の知れた妖怪だったんだぞ。でもな、当時の陰陽師に封じられて以来、この壺の中で生活していたのさ」
いろいろと手を加えているらしく、床はフローリングだし、冷蔵庫もある。電気をどうとっているのかはわからないが、電気コタツや、テレビやパソコンまで置いてある。
ただ、窓はない。
それがすごく違和感を感じてしまう。
「では出るか」
ひょいと俺を持ち上げると、高く放り投げた。
天井にぶつかるかと思ったら、そこは床だった。
本殿の天井がいやに懐かしく思う。
「言ってた通り、これについては秘密だぞ。お前の血筋がいいから、これを特別に見せたんだ」
「血筋?」
「ああ、お前の爺さんは、先々代のここの宮司のいとこだ。ま、縁者と思えばいい」
この時代の律令は知らんがと言いつつも、俺は今の体験を反芻していた。
誰かに言うことはできない、そもそも言ったところで信じる人はいないだろう。
世の中の都市伝説の一つとなって消えていくのがオチだ。
だから、俺は何も言うことをしなかった。
強烈な体験を、じっくりと味わっていたかったからだ。