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支天神話 ― 片翼の大神に目を付けられた僕は妹の未来のために足掻き続ける ―  作者: ゆきと
0章  予言の子

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戻れない日々 2

ユウキから流し込まれた大量のセレーマは配下に置いた人間とのリンクを焼き切り、トードリリーさえもその存在を吹き消す寸前まで追い込んでいた。

幸いにも、と言っていいか判らないが元々の存在力が人の無意識領域から供給される至極細い経路だけだったので、押し寄せた力の大半は大きな経路へと流れて行きこちらは余り影響を受けずに済んでいた。




「あ~~ぁ。失敗しちゃった・・・。」


神力の大半を失い、元の状態に戻ってしまったと言うのにトードリリーは不思議と自由を取り戻した気がしていた。


一時の高揚感は失せ、以前のつまらない日々に戻ると思えば虚しい気持ちが無い訳ではないが、あの時自分が考えていた事が『本当に自分の望みだったのか』と問われれば素直にそうだと言えないのもまた事実だった。

結局、トードリリー自身も突然得た力の暴走に巻き込まれていたのだが、深く考える性質(たち)ではない彼女は『なぜそんな状態になってしまったのか』と疑う事はなかった。


「夢を見たと思って元の日々にもどるしかないかな。」


祭りの後の疲れにも似て、妙な解放感が気持ち良い。


そして、溜め息と共に視線を上げた先で、見下ろすアストレイアに気づく。


ぞっとした。


アストレイアを縛っていた神威は消えていると言うのに

何もせず

何も言わず

ただ微笑んでいる。




元通りになど戻れる筈がない。


頂点にほど近い神格を持つアストレイアに対して自分が何をしたのか。

調子に乗ってエフィメートにとって代わる様な事まで言ってしまっているのだ。


歯がカタカタと鳴るのを抑える事ができなくなり、血の気が失せて行くのが分かる。


「ど、どうしよう・・・」


彷徨(さまよ)わせた視線の先には楽しそうに歩いて行く小さな背中。


「光の子!そうよ。あの娘さえ手に入れれば、まだ・・・」


溺れている者が漂う流木に向かう様に、死にもの狂いになって駆け出した。




ユウキが気付いた時には既に手が届きそうな所まで近づかれていた。

何とか割って入ったものの我武者羅(ガムシャラ)にリューイに向かうトードリリーを抑えきれない。

それどころか狂った様に振りまわされる手に打たれ腕に振り払われて、しがみ付いているのが精一杯だった。


(もう一度・・・木剣にセレーマを・・・。)


そう思いはしても片手を放す余裕が作れない。

そもそも左腕は動かず、右腕と頭で挟んでいなければ直ぐに吹き飛ばされてしまいそうなのだ。

だがそうしている間にもジリジリと前に進み、今にもリューイに掴み掛かろうとしている。


「リューイ、逃げて!」

「いやっ!お兄ちゃんも一緒がいい。」


フルフルと首を振る目の前でユウキが強か(したたか)に殴られる。


「あの子を、光の子を手に入れなければ私は・・・」


「あなたなんかにリューイは渡さない!」


締め付ける腕に力を込めるユウキと、『千切れろ!』とばかりにユウキの頭を押し退けるトードリリー。

揉み合いの中でトードリリーの意識は完全にユウキに向いていた。


「邪魔をするな!お前がいなければ全て上手く行ったんだ!そうだ、お前さえ・・・お前さえいなければ・・・。」


その叫びの中に違和感を感じて思わず視線を上げた。


上げてしまった。


トードリリーはクシャクシャに顔を歪めて涙を流していた。

もう強者の威圧も尊大な様子もない。


(まるで泣いている子供の様だ。)


そんな考えが頭を過る(よぎる)

他の人間であれば今更そんな事になったからと言って自業自得だと言うだろうが、フェンネルの特性と精神的な負荷を感じないユウキは目の前のものを客観的にしか見ない。

だから同情も憐憫の情も抱きはしないが、妙な感情に囚われる事もなく、ただ純粋にこの豹変した事に驚き、その意味を考える事となった。




それを油断と言ってしまうには余りにも酷と言うものだろう。

ユウキは力を緩めたわけでも、対応を誤った訳でもない。

むしろ僅かな変化を見逃さず状況に対応しようとしていたのだから、通常であれば褒められても良い事だった。

だが現実には見上げた事で開いた喉にトードリリーが手を伸ばし、片腕で押え込んでいるユウキがその手を避けるには背後のリューイを残して距離を置くしか方法はなく、当然そんな選択をする事ができなかった為に為す術もなく首を絞められる事となった。

そして一度掴まれてしまえば引き剥がそうにも片手では対応しきれず、苦しくなる呼吸の為に木剣に手を伸ばした時にはもうセレーマが上手く集約できなくなっていた。

それでも懸命に掻き集めたセレーマを注げばトードリリーは『ぐうっ!』と呻いて締め付ける手が少しだけ緩む。


(しっかりしろ!僕が倒れたら誰がリューイを護るんだ!セレーマを研ぎ澄ませ!)


苦悶の叫びを上げて首を絞めるトードリリーと、懸命にセレーマを注ぐユウキが我慢比べの様にせめぎ合う。

その様子は、『互いを喰らい合う同体2頭の毒蛇(エキドナ・ツァコモス)』の様だった。




「ユウキ!」


復活したトードリリーを見て、駆け出そうとしたゴーザだったが、叫んだ途端に再び血を吐いて膝を着いた。


「くそっ!動け、今動けないで何が英雄だ!」


自分の足に拳を叩きつけても力が入らず立ち上がる事さえできない。


ゴーザの状況を察したエリスは夫の下を離れて走り出したが、ユウキを掴む手に組み付いた途端に振り払われてしまう。


「お兄ちゃん!」


立ち竦んでいたリューイも、気が付けばユウキを助けようとして白い腕に飛び付いていた。


「止めて!お兄ちゃんに酷い事をしないで!」


泣きながら飛び付いても直ぐに振り払われる。

それでも直ぐに立ち上がっては飛び付き、飛び付いては吹き飛ばされる。

狂った者の形振り(なりふり)構わぬ力の前にはエリスやリューイが太刀打ち出来るものではなく、為す術もなく吹き飛ばされては傷が増えてゆく。

もはやトードリリーには正常な判断力は残っていないのか、口にしている事は悲鳴と苦悶と呪詛の混じった意味を為さないものとなり、つい先程までは必死になって追いかけていたリューイがいると言うのに逆に邪魔者扱いしている始末。

血走った眼でユウキを睨みつける様子は、また姿が変わったのかと思う程荒々しく獣じみていた。




一方で何度も振り払われたリューイは泣く事しかできなくなっていた。

幼い心は無力感に囚われて気持ちが折れてしまい、ユウキの腰に抱き着いて泣き続けた。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!・・・」


大好きな兄を助けたかった。

助けに来てくれた兄に報いたかった。

でも無力な自分では何もできないのが分かってしまった。


悲しみが心を満たし悔しさで涙が流れた。


それでも泣きながらユウキを引っ張ったのは少しでも狂人の魔の手から兄を引き離したかったからなのだが、当然の如く小さな望みは叶えられる事はない。

もはや小さな女の子に出来る事は懸命に叫び続ける事だけだった。


しかし、リューイは唯の子供ではない。

千を超えるロジック・サーキットを有し、かの大邪神が数千年の時を費やして用意した予言された存在に他ならない。

懸命な叫びは全身全霊を掛けた願いと変わり、唯一つの想いへと集約した。


『『『『『あっちへ行って!お兄ちゃんに近づかないで!』』』』』



その叫びは子供らしいありふれたものだったが、そこに込められた現象は神々さえも凌駕した。


その瞬間、

トードリリーは星が生まれる程のエネルギーに飲み込まれた。





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