手詰まり
斬りつけた刀が鱗に覆われた腕に弾かれた。
ユウキは弾かれた力が流されるままに下がって距離を取る。
直ぐに治癒の魔道具に6系統のセレーマを注ぐと胸元から青白い光が漏れてひび割れた指の骨を元に戻してゆく。
ユウキの振りは強い。
強すぎた。
振り切れていればその力は余す事なく相手に向かっていたはずだが、相手が硬過ぎた為に打ち込んだ衝撃が全て手元に跳ね返ってしまっていた。
治癒の時間を稼ぎたいユウキが下がるのをトードリリーは追いかけない。
その必要もない。
なぜなら
「もう私に傷さえ着ける事が出来ないみたいね。でもお前は一発でも当たったら終わり。その上、私は疲れる事はないけどそっちはそうではない。もう諦めた方がいいんじゃないかしら。」
勝ち誇る強者に返す言葉が見つからなかった。
もはや力でも速さでも凌駕され、二者の関係ははっきりしているのだから。
それでも目の前の存在が妹を脅かす以上ユウキに迷う選択肢はなかった。
ただし、後悔はある。
(しまったなぁ。あんな事言わなければもう少し時間を稼げたかもしれないのに。もっと『大変だけど諦めないぞ』みたいに言っておけば良かったのかな。)
悲壮感の欠片もなく、何の気負いもない。
いつも通りのユウキだった。
(まあいいや。まだ出来る事はあるのだから、やれる事をやろう。おじいちゃんに怠け者って思われちゃうからね。)
淡々と構え直して淡々と斬りかかる。
現状では手が無いが、変化を期待して時間を稼ぐ。
しかし何のダメージもないと分かっているのでトードリリーは防ぐ必要がない。
速く
強く
重く
その為、無骨な双腕は一方的に攻め続け、ユウキは一度でも避け損ねれば終わる駆け引きを続けてゆく。
唯一有利な点はトードリリーが戦いに慣れていない為に動きが単調で読み易い事。
その為、全てにおいて上回られていても細かな筋肉の変化から先を読む事ができていた。
ドールガーデンを使い始めてからずっと磨き続けてきたユウキ本来の戦い方がユウキの命を繋いでいた。
そして
読む
避ける
読む
避ける
読む
避ける
避けきれない時には刀を打ち込んでその反動を使う。
力の差が大き過ぎて攻撃を逸らす事はできないけれど、斬りつけた反動に乗って自分の身体を流す。
とは言え
何十、何百という攻防の中にはどうしても避けられない一瞬、偶然の一瞬が紛れ込む。
その時、ユウキは力任せの大振りを避けた直後で、次いで振るわれる逆腕を警戒して下がろうとしていた。
トードリリーもそのつもりだった筈だ。
しかし実際にはトードリリーは体制を崩してクルリと背を向け、振り回された尾は鞭の様に動いてユウキの身体を横薙ぎに吹き飛ばした。
「しまった!」
小さな身体は派手に吹き飛ばされて床を転がって行く。
手を離れた刀が床を滑り、壁に当たってカツンッ!と音を立てた。
自分から跳んだので辛うじて折れはしなかったが片腕は動かなくなり、そしてヤスリの様な尾に削られた服は破れ、胸から血が滴った。
「治癒を・・・」
掛けようとしたが胸元に下げていた魔導具はなくなっていた。
「探しているのはこれかしら?」
持ち上げた尾には絡まった紐とユウキの魔導具。
それをビタンッ!と尾を振って粉々に砕く。
ドールガーデンを使った先読みも、治癒の魔導具による回復もできなくなった。
「これで本当にお終い。もう出来る事は何もないでしょう?」
勝利を確信したトードリリーがゆっくりと近づいて行く。
(どうして勝ち誇った人たちはみんなゆっくりと歩くのだろう。)
と、どうでも良い感想を抱いていたが、この時間はありがたい。
(息を整えて・・・イメージを練るんだ。)
癒せない傷がズキズキとして集中を乱される。
(4つ吸って4止めて4吐く。4つ吸って8止めて4吐く。4つ吸って16止めて8吐く)
心臓の鼓動に徐々に細く長くなる呼吸を合わせてゆく
呼吸に意識を乗せて全身に巡らせる。
意識にイメージを重ねて一つに纏めてゆく。
それは基礎的な精神集中法の一つ。
セレーマの扱い方を習う子供が最初にやらされる方法だった。
(もっと・・・もっと・・・深く寸分の狂いなく研ぎ澄まして・・・)
幾つものロジックサーキットを持つユウキは自分の精神の有り様を客観的に見つめる事ができた。
この能力故にセレーマの重ね掛けの効果に思い至ったと言えるし、それ故に気づいている事がある。
自分が使うセレーマの重ね掛けは、厳密にはゴーザの言っていた双生児爆発とは違う事を。
セレーマは完全に一致した場合にはその効力を累乗的に増大させ、僅かでも異物が混じると個々のセレーマが干渉し合う様になる。
ユウキはロジックサーキットで客観的に状態を把握し、一致しない部分をタルタロスサーキットに斬捨てる事で完全に一致した状態を造り出していた。
だから、重ね掛けが多くなればなるほど重なり合う部分は小さくなってゆき、5系統の重ね掛けをした場合には元の1系統に比べれば1/10程になっていた。
それでも絶大な効果はこれまで経験してきた通りだ。
もしこれをほんの少しでも増やす事ができれば、その増大量は爆発的なものになる。
(ほんの少しでいい。重なる部分を増やすんだ。)
今、貴重な時間を使い、基礎的で単純な方法を用いて最後のチャンスに全てを賭けようとしていた。




