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支天神話 ― 片翼の大神に目を付けられた僕は妹の未来のために足掻き続ける ―  作者: ゆきと
0章  予言の子

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孤独な魂の行方

アラドーネが手を退けると腹部から枝が生えたようにナイフの柄が突き立てられていた。


「・・・だからね、ユウキはいない方がいいの。」


その時の笑顔をユウキは片時も忘れた事は無い。


恐ろしかった。

風のない湖の様に、僅かな感情の揺らぎも見えない母親の顔が。


悲しかった。

埃を払うかのように母親が自分に刃を突き立てた事が・・・。

いや、元々母親の心の中に自分は存在せず、風で飛んできたゴミと同じ様に払えば済むと思われている事が悲しくてしかたがなかった。


寂しかった。

全てのつながりを、その一刺しで断ち切られた気がした。

産んでくれた母親でさえ相手にしない人間を他の誰が気にするのだろうか。

世界の全てから切り離された気がした。


それでも再現された悪夢の中だからこそ2年前には言えなかった言葉を紡ぐことが出来た。

「お母さん!僕を見て。いい子にするから・・・。お話をしてくれなくてもいいから一緒にいさせてよ。お母さん!」


しかし、遠ざかる母親を引き留める役には立たず、ブチ・ブチと心の奥深い部分を引き千切りながらどこかに消えて行った。



◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆



数えきれない回数を叩かれ、投げられた。

身体と心が痛い。

「お前は強くなければならないのだ。」

ゴーザの言葉は幼いユウキには理解できなかったが、本音を口にすると怒鳴られたから心を押し殺して考えないようにした。


だけど・・・

「おじいちゃん、止めてよ。僕はこんなのは嫌だよー。痛いのはもう嫌なんだよー。」

泣き叫んで逃げ出した。

泥沼を走っている様に足は重くノロノロとしか進まない。

振り替えると巨大な影が手を伸ばしてきている。

思い通りにならない足を動かし、必死になって逃げる、逃げる、逃げる。

隠れる場所も逃れる方法も見つからぬまま走り続ける。

―――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―――


「だ、誰か助けてよー!」

しかし、その言葉も向ける相手が見つからない、思い浮かばない。

向かう当てもないままに言葉は虚空に散って行った。



◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「お兄ちゃん。」

可愛らしく微笑む妹に表情の消えた顔を向ける。

嬉しそうに抱き着く小さな手

自分と違って叩かれる事もない肌は白く透き通り、満面の笑顔は幸せが溢れ(あふれ)ていた。

『この妹が生まれる前は自分もこんな笑顔をしていたんだろうか』と遠い過去を思いだそうとしたが、他人の肖像画を見る様に実感はまるで伴わない。

それでも思い浮かぶ場面からは『きっとそうだったんだろう』と想像は出来た。

全て変わってしまった。

この妹が全て変えてしまった。

自分が与えられる筈だった幸せも温もりも、この妹に全て奪われてしまった。


気が付けば目の前の細い首を力の限り握りしめていた。

リューイが崩れ落ちた。



◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆



いつの間にか黒い沼の傍らに佇んでいた。

何も無い、風も音もない場所。

辛く、悲しい事が次々と目の前を通り過ぎて行ったがここだけは静寂に満たされていた。

傷つき、摩耗した心にとっては生命の満ち溢れる森よりもこんな寒々しい荒地の方がふさわしいと思えた。


「もう疲れた。」


のろのろと足を動かして目の前の黒い沼に踏み入れるとズブズブと足首まで沈んでいった。

飲み込まれた所の感覚が消えたが構わずに次ぐ足を前に出す。


脛、膝、腿、腰、腹、鳩尾、胸・・・


前に出る毎に深さは増し、徐々に消えて行く自分の身体。


「だれか・・・」


無意識に漏れた言葉が何を意味したのかは自分自身にも解らない。

だがそれは最後の最後で求めて止まない何かだったのだろう。

泥の中から持ち上げられた手が見えない糸を掴むように握られた。


その時、虚空から響く歌声が静かに世界を震わせた。


―――♬ねぇ笑って

    一緒に歩こう

    ゆっくり

    ゆっくり

    手を繋いで―――


それは、何もできないけど一緒に居ると言うだけの歌

何も助ける事ができない、何も変える事ができない無力な女の人の想い。

だけど、相手を受け入れ、いつまでも一緒にいるという誓いの歌だった。


「・・・温かい。」


雲間から陽が射す様に、遙か高みからユウキを照らす光。

ユウキの頬を涙が流れ落ちる。


ユウキにとって辛い事も苦しい事もどうでもよかった。

ただアラドーネに断ち切られた他者との絆を取り戻したかった。


誰にも受け入れられずに人は何処へ行けばいいと言うのだろうか。

虚空を漂う者が何処に安らぎを見出せると言うのだろうか。

これまでのユウキは人の温かさも思いやりも、理解は出来てもどこか表面に張り付いた絵の様にしか感じる事ができなかった。

その虚無感がトードリリーの炎によって解き放たれたのがユウキを苦しめた数々の幻影だった。

だが、失われた絆は確かにユウキの心に届けられた。

光りに引かれる様に黒い沼から浮き上がり遙かな高みへと登って行く。

見下ろす世界には慈雨の様に水色の光が降り注ぎ燃え上がる炎を押しやっていた。

見上げた先にひと際眩しい光がユウキを待っていた。








――― マ・ダ・ト・キ・ハ・イ・タ・ラ・ズ ―――




光りの中に至る直前、ユウキは確かに聞いた。

振り返っても炎の消えた世界の中に黒い沼が残るだけで言葉を発する様なものは何も確認できなかった。

得体の知れない怖気を感じながらユウキの魂は光に包まれた。






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