マリーンの歌
胸に赤黒い炎を灯してユウキが蹲っている。
悲しみを我慢する様に、小さく低く喚き声を漏らしながら。
心を押し潰す様に身体を小さく固く丸めながら。
ユウキに炎が着いた時に、トードリリーはアラドーネを下がらせた。
その母親は目の前で息子が苦しむ様子も分からなくなっていたが、掌を開く時にだけはなぜか不満そうな顔をした。
「ユウキ!」
マリーンが駆け寄って抱きかかえても応えは返ってこない。
「さあ、お嬢さん。あなたの彼氏くんは私の支配下になったわよ。この子、歳の割にいろんなものを溜め込んでいて『死にたい』とか、誰かを『殺したい』と思ったことが一度や二度じゃないみたいなの。もしも、こんな気持ちを解放してしまったらそれは大変な事になると思うのだけど、あなたはどうしたいかしら。」
優しく語りかける声とは裏腹に、その内容は脅しでしかない。
「あなたが最初から素直に答えてくれないから、いま彼氏くんがこんな目に会っているのよ。あなたはすごく健気で優しい娘ですもの。自分の為に苦しんでいる人をまさか見捨てたりしないわよね。」
「どうしてこんなことをするんですか?他の人みたいに私に炎を着けて命令すればいいでしょう。」
(それが出来れば簡単だったのに、アレトゥーザが余計な事をするから・・・)
「・・・心が湿っているのかしら。あなたには火が着かないのよね。」
クスクスと笑いながらも睨む様に細められた目は異彩を放っていた。
「さあ、どうするの。彼氏くんを助ける。それとも家族?親戚?を庇う。」
マリーンには答えが出せない。
取られた人質も相手の目的もユウキなのだ。
このままにしておけないが、素直に答えてもこの女の人が目当てのユウキを放すとは思えなかった。
むしろこの人なら余計に酷い事をする気がして、尚更にユウキの名前を告げる事は出来なかった。
答えられない
助けられない
マリーンはこれ以上の苦難が振り掛からない様にユウキを抱きしめる事しかできなかった。
「さあ、どうするの。いい加減にしないと彼氏くんがどうなっても・・・!?」
突如、言いかけた言葉を飲み込んでトードリリーが視線をさまよわせた。
それは現実を見ているのではなく、己の思考の片隅に目を向けている様だった。
(何よ、これは・・・。彼氏くんの中に『プロムの因子』がほとんどそろっている!)
「そうだったの。あなたはこの彼氏くんを庇っていたのね。」
「なっ!?何を言っているの。」
「私は配下にした者の隠れた情報まで見えるのよ。だから全部解ったわ。あなたが頑なに喋らなかった訳もね。でも、考え過ぎだったわね。残念ながら私の目当てはこの子じゃないみたい。」
(ほとんど揃っているけどまだ全部じゃない。エフィメートが言っていたのは『プロムの因子』が完全にそろった者だった筈。だとすれば・・・。)
「色々と無駄な事をさせられたけどもう良いわ。確かこの子の妹がさっきいたわね。どうやら私が探していたのはその娘みたいなだからもうあなた達は好きにしていいわ。」
「待って!ユウキを、ユウキを元に戻してよ。」
「さっき言わなかったかしら。私は一度ついた火を消す事はできないのよ。その子に着いている炎はその子の歪められた心が造り出したもの。その炎を消せるのもその子自身しかいないのよ。」
それ以上係わる気が無いのか、マリーンの叫びを無視してトードリリーは扉の壊された地下通路へと消えて行った。
「うぅ、ユウキ・・・ユウキ・・・どうすればいいの。あなたがこんなに苦しんでいるのに私は何もしてあげられない。私はあなたの事をあまり知らないし、あなたがどんな悲しい事を抱えていたのかもわからない。」
頬を伝い降りた雫がポトリとユウキの背に落ちる。
悲しみに沈んだ少女はその心のままに口ずさむ。
~♬ねぇ笑って
一緒に歩きましょう
ゆっくり
ゆっくり
手を繋いで
それは『七英雄の物語』の中で赤の英雄ザクソンに妻が送った歌。
英雄たる夫の運命を普通の女に過ぎない自分が背負う事はできない。
それでもいつも一緒にいて、一緒に歩いて夫の悲しみを一緒に分かち合いたい。
己の呪わしい力に悩む夫に、何もできない妻が捧げた自分の心だった。
~♪ねぇ笑って
語り合いましょう
優しい眠りに包まれるまで
~♬あなたの背負うものを
失くすことはできないけれど
いつだって
そばにいるわ
あなたがずっと立ち続けられるように
マリーンの想いは歌に乗ってユウキへと注がれて行く。
そして一途に想うマリーンの願いはやがて水色のセレーマへと昇華されて行く。
~♬春の草原に
小さな
小さな花が咲く様に
いつだって幸せはすぐそこに隠れているから
遠回りしてもいいのよ
一緒に歩きましょう
ちいさな泉から静かに水を注ぐようにマリーンの心は歌となってユウキの心に届けられた。




