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支天神話 ― 片翼の大神に目を付けられた僕は妹の未来のために足掻き続ける ―  作者: ゆきと
0章  予言の子

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最後の抵抗者 1

顔を打つ・足を払う・返した足で蹴り飛ばす

腕を捕る・振り回す・脇腹を蹴る

腹を蹴る・(うつむ)いた所に後頭部を踏み下ろす・・・


向かって来る暴徒をカイル・フェネルの圧倒的な体術が薙ぎ払う。

剣を取れば英雄ゴーザに並び立つと言われ、対峙した者に瞬き(まばたき)もさせずに眉毛を切り落とす程の巧者(こうしゃ)

その技量は体術に於いても卓越しており、今も近寄る者を片端から薙ぎ払っていた。

だが、胸で揺れる炎―――こんな見るからに怪しい物に触れる程愚かではない―――を避けると手筋がかなり限定される事と際限なく寄せる物量に不利は否めない。

寄せる波を素手で止める事ができない様に、途切れる事無く押し寄せる群衆に旗色は徐々に悪くなって行った。


元々この場所は一斉に出口に殺到する人々を避ける為に選んだ。

当初はその狙い通りになったのだが、その後に暴徒が襲い掛かってくる状況など想定できる物ではない。

逃げ場のない孤地となったここに明るい展望など期待する事はできなかった。


「アラドーネ!堀に降りるんだ。ここはもう持たない。反対側に聖堂につながる通路がある。何とか扉を開けてそこに逃げてくれ。」


一縷の望みに掛けて指示を出したものの聖堂内に通じる扉は通常であれば施錠されている。

しかし今日は聖紙や私物を落とす人がいて、対応する為に係りの者が頻繁に出入りしていた筈だ。

鍵を掛けていないか、あるいは閉め忘れている可能性もゼロではなかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



いつの間にかバルコニーでは手摺に頬杖をついたトードリリーが、それは楽しそうに・・・まるでお祭りを眺める童女の様に無邪気な笑みを浮かべて眼下の景色を眺めていた。

実際、当人にとってはその通りだったのかもしれない。

歌でも口ずさんでいるのか身体を揺らし、トントンとつま先でリズムさえ取っている。


「今日は私が神の頂きに登り始める記念すべき日。ここから徐々に力を付けて、やがて全ての神を従えて伝説になるその始まりの日。」

眼下で蠢く(うごめく)人たちが傅く(かしづく)八百万(やおよろず)の神々と重なった。


「ああ、早く現実にならないかしら。」

恋をする乙女の様にウットリと幻想の景色に心を躍らせていた。


「あら・・・あれは。」

ふと移した視線の先で未だに抵抗を続けている一角が目に留まった。

もう時間の問題となっているそれも幻想の景色と重なると王に従わぬ愚かな反逆者の様に感じられた。

王は順わぬ(まつろわぬ)者は(くだ)さなければならない。


「ねぇ、アグリオス。あそこ・・・聖火の前で頑張っている人がいるんだけど、手早く何とかしてきてくれる?」

バルコニーから見下ろしたトードリリーが声を掛けると、恭しく頭を下げたアグリオスが矢のように飛んで行った。

炎鬼となったアグリオスにとって体重など意味がないのか一足で5シュードも進み、瞬く間に聖火を囲む群衆の元に辿り着く。

目の前に迫った多くの人を気にする事無く、その勢いのまま突き進む。

その巨躯で多くの人を跳ね飛ばすかと思われたが、伸ばした手が取り囲む人の炎に触れるとアグリオスの異形は炎が吹き消されるように消え失せた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



目の前の人間をカイルは倒し続けた。

もはや絶望に曇る感情は遠のき、目的の場所に向かってただ只管(ひたすら)に進む姿はコルドランを行く探索者そのものだった。


『絶望は何も生み出さない。』


僅かな可能性を見つけて歩き続ける事をカイルはゴーザから教えられた。

マリーンの父親ジョージ・シュプリントの様にリーダーの素質はなかったが、共に憧れに押されて研鑽し一流の探索者と呼ばれるだけの実力を身に着けることが出来た。

そのカイルの根幹を支えているのは今でもゴーザから受けた薫陶の数々だ。


中でも諦める事の愚かさについては何度も何度も聞かされて来ていた。

ユウキの様に『物臭者』とまでは言われないが、ゴーザを崇拝する多くの者が心に刻み、この言葉で多くの者が命を繋いでいた。

カイル自身も道を見失った時、凶暴な魔物に命を刈られかけた時、この言葉に支えられて無い命を拾った覚えがある。

だから、諦めない。

一心に目の前に立つ者を倒し続けた。


近づいた男の顔を拳で打つと弾かれた頭は後に傾いで(かしいで)行く。

酷使し続けてカイルの身体はとても万全とは言えない状態だが練達者の拳を受ければ無事でいられる筈もない。

終わった者をいつまでも気にしている暇などなく、次の標的を探して素早く視線を移した。

敵は次々にやってくるのだ。

通常であればそれは理にかなった当然の行動だった。

だが、今の状況は事の始まりから常識の範囲を超えていた。

仰向けに倒れて行く男の炎から太い枝の様な腕が生えるとカイルの顔面を鷲掴みに捉えた。

続けて現れる肩、顔、胸、足。

暴徒の外側で消えたアグリオスが空間を越えてカイルの前に立っていた。


「アルマ・ダーロスと言うらしいな。便利でいい。」

トードリリーが使っていた炎から炎へと跳ぶ能力が眷属となった事でアグリオスにも可能となっていた。

踠く(もがく)カイルから手を放すと炎は全身を覆って崩れ落ちる。

蹲るカイルに足を挙げて踏み下ろすとその姿は再び炎の中に消えた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



夫のカイルに『堀に降りろ』と言われたが、その高さにアラドーネは決断する事ができなかった。

堀の深さは1シュード半にもなるので、飛び降りろと言われれば男であっても躊躇する落差がある。

すぐ後ろで暴徒を防ぐ夫が必死になればなる程どうすればいいのか分からなくなって行った。


「アラドーネ!」

戸惑う娘に声を掛けるとエリスは柵の支柱に掴まって身体を垂らす。

まだ高さがあるが年老いたエリスでも問題なく堀の底に立つ事ができた。

直ぐに続いたリューイを抱き止めて下に降ろし、最後にアラドーネが降りると揃って走り始めた。

皆、蒼白になりながらも小さな堀を半周するだけなので直ぐに辿り着く。

しかし扉に手を掛けたが押しても引いても動く様子は欠片も見られなかった。

「誰か!・・・誰かいませんか。ここを開けてください。誰か・・・お願い開けて・・・」


必死に叫ぶアラドーネの声に、しかし答える者はいない。

手が砕ける程―――実際には力が足りずに皮膚が裂ける事さえなかったが―――叩いても鍵が開けられる事はなかった。

アラドーネが知る由もなかったが、この堀は豪雨の時に水没するので扉は厚く頑丈に造られていた。

仮に扉の向こうに人がいたとしても、『耳を当てて(・・・)』でもいない限り音が届く事はなかった。


「ぐわぁぁぁ―――」

背後で起こった叫びはカイルのものだ。

「あなた!」

振り向いたアラドーネの目には炎に包まれた夫と柵に詰め寄る大勢の人の姿。

柵を乗り越えて多くの人が堀に降り来ようとしていた。


夫カイルと異なりアラドーネはか弱い女に過ぎない。

夫が倒れた今、その心を支えるものは失われ、恐怖に押し潰された理性は炎に包まれた。





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