聖堂前の攻防
混乱する広場の中で聖堂前に陣取った男達だけは騒ぐこともなく気持ちを切り替えていた。
元々荒事を起こすためにここに居るのだから覚悟はできている。
だからバルコニーに目当ての姿が現れるや否や巨大な杭の様に突き進んで行った。
そのまま聖堂の扉を突き破るかと思われたが、その前に扉は内側から吹き飛んだ。
「よぉ義兄弟。慌ててどこへ行こうって言うんだ。」
抜き身の剣を担いだアグリオスがそこに立ち塞がっていた。
「アグリオス!てめぇ、よくも俺たちの前に顔を出せたな。エリグマの親父に受けた恩を仇で返しやがって。覚悟は出来てんだろうな、このトロゴニスが!」
『トロゴニス』はカエルに托卵する小型の蛇の事だ。
小さなうちは一緒に育てられている子ガエルを食べ、大きくなると育てた仮親を食べてしまう事から恩知らずの代名詞となっている。
エリグマ・ファミリアなどの仁義を重んじる者達にとっては最悪の蔑称だった。
しかし当のアグリオスはそれを気にした様子はなく、人を馬鹿にした様にニヤニヤと笑みを浮かべて笑っていた。
罵った男はアグリオスの態度に怒りを募らせたが、同時に違和感も覚えていた。
以前のアグリオスはほとんど喋る事は無く、怒りと一緒に封じてしまったかのように一切の感情を表に出す事がなかった。
皮肉なことだが、人間を辞めたアグリオスは以前よりも余程『人間らしく』見える様になっていた。
「小せぇなぁ。」
憐れむような呟きは芝居じみていた。
「なぁ義兄弟。小せぇよ。親だ子だ、恩だ義理だと自分を小さくして馬鹿みてぇだな。俺は自由になったんだ。そんなクダラナイ物で縛られていた自分を捨てたんだよ。」
「ぬかせ!捨てちゃいけねぇ物を捨てたらお終いなんだよ。性悪女に誑かされて外道に落ちやがって。」
途端にブワッと膨れ上がった怒気。
徐に振りかぶったアグリオスがその剣を目の前の男に叩きつけた。
しかしボンと言う音と共に篭手の付け根から風が吐き出されただけで、石畳を砕くアグリオスの斬撃をこの男は平然と受け切った。
「あの方の事を貶すんじゃねぇ!」
「はん!何が『自由になった』だ。しっかり雁字搦めじゃねぇか。」
アグリオスは答える代りに再び剣を振りかぶり、今度は横なぎに男の胴を狙う。
しかし男が構え直した左手の篭手で受けると、吐き出された風に足元から砂塵が舞った。
驚いたことにアグリオスの剣は篭手に当たる瞬間、『まるで最初からそこに置かれていたか』の様にピタリと止まってしまった。
しかし剣は止まっても勢いの着いた身体は止まらない。
相手を斬る為に加えられた力は剣を握る腕に全て逆流し、砕ける事こそなかったがアグリオスの手首はミシリッと嫌な音を立てた。
更に剣を振り回す事を前提にしていた重心は崩れ、自身の動きに引き摺られて身体が後ろに傾いて行く。
片足を引いて何とか倒れる事は免れたが、崩れた体勢を戻す為に一瞬動きが止まるとそこに駆け込んだ複数の影が背中や脇腹を切り裂いて行った。
呻き声を上げたアグリオスは血だらけになっていた。
「なあ義兄弟、確かにお前は強い。その剣を振り回せば大抵の奴は壊れちまうだろうよ。だけどなぁ、俺たちは何年も背中を預けあっていたんだぜ。お前の怖さも弱点も全部知ってるんだ。始めから敵だと分かっていれば対策なんぞ幾らでも考え付くんだよ。」
「馬鹿な俺が義兄弟と言われて喜んでいる裏で、俺を殺す為にそんなものを用意していたのかよ。」
今のアグリオスにはそんな事を言う資格はもちろんなかったが、自分の信頼を陰で笑われていたかと思うと更なる怒りが吹き上がってくる。
「あぁ!そんな面倒臭い事するかよ。これは借金の形に手に入れたもんだが、宴会芸にでも使えるかと思って取って置いたんだ。こいつは『受け流しの篭手』と言ってどんなに勢いをつけた斬撃も全部風に変えて流しちまう魔導具だ。てめぇはまっすぐ振りかぶって真っ直ぐ振り降ろすしかできねぇからこんなモンでも受けるだけは出来るんだよ。そして一度動きを止めさえすれば後は案山子を抉る様なもんだ。くそ女に引っ掛かった事を後悔しながら大人しく死ね!」
「その口であの方の事を喋るなぁぁぁーーー!」
再び振りかぶったアグリオスが叫ぶと今度こそとどめを刺そうと周りの男たちが身構えた。
空気を引き裂いた剣は吸い込まれるように篭手に当たり、そこでピタリと止まる。
だが、そこから剣は赤い炎へと変わり、炎が通り抜けた後には腕と身体を斬り落とされた男が真っ黒い炭へと変わって行った。
いつの間にかアグリオス自身も身体に炎を纏い、炎鬼へと変わっていた。
攻撃しようとしていた者達はそれを見て驚きに立ち止まり、すかさず振るわれた炎の剣で斬られると同じく崩れ落ちて黒い塊へと変わる。
「アグリオーーース。それ、私のご飯なの。あんまり殺さないでよねぇ。」
バルコニーから声が掛けられるとアグリオスは態々剣を置いて片膝を着き、最上級の敬意を込めて礼を返した。
その後は振るわれた炎の剣に斬られた者は炎に囚われるだけで死ぬことはなかった。




