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支天神話 ― 片翼の大神に目を付けられた僕は妹の未来のために足掻き続ける ―  作者: ゆきと
0章  予言の子

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パンデミア 2

「アラドーネ、リューイとお義母さんから離れるなよ。」


カイルが異変に気付いた時、武威(ぶい)を振りまく集団は聖火の横を過ぎて教会のバルコニーを望む所まで進んでいた。

辺りの人々は固唾を飲んで見守り、水面の波紋が徐々に収まって行く様にゆっくりと動きを止めて行く。


この広場に居るのは半日近くを列に並んだ人たちがほとんどだった。

その費やした時間は彼らが安易に逃げる事を許さなかったので、皆が息を潜めて事態の推移を見極め様としていた。

だがそれも家族の安全と引き換えにするようなものではないので、少しでも身の危険を感じれば我先にと出口へと殺到する事だろう。


カイルの感覚には今の状態は破裂寸前の風船のように映っている。

そこにどのように針が刺されるのかは分からないが、必ず破裂するとカイルは思っていた。


『ここから出口までは遠すぎる。この人混みでパニックに巻き込まれれば、俺はともかくリューイを危険に曝す事になる。だが『今のうちに・・・』などと動き出せば、それ自体がパニックを引き起こす事になり兼ねないし、だからと言ってここに居ては同じことになる。ならばどうするか・・・』


周りを見回したカイルは人を押しのけながら前に―――広場を奥へと進んでいく。

危険にあえて近づくこの行為は人々の危機感を刺激することはなかったので逃げ出そうとする動きにはつながらない。

中には自分も近づこうかと思案する者や押しのけられて文句を言う者もいたがカイルの知った事ではなかった。


苦労して移動したのは聖火を囲む柵の前だ。

直径3シュード、高さ1シュードの台座と、燃える聖火に人が近づき過ぎないようにその外側5シュード程に堀と頑丈な柵が設けられていた。

今カイルたちが居るのは聖火に伸びる入口と入口の間、聖堂を聖火越しに見る位置だ。

普段であれば自由に近づく事もできるのだが、係りの者が入口へと誘導しているのでここには誰もいない。

更に周囲の掘りはそれなりの深さがあるので柵の向こうから人が押し寄せる事はない。

逃げ出す人が殺到しても堀と柵に守られる唯一の安全地帯だった。


仮に騒ぎが起こらなかったら・・・その時は素知らぬ顔で元の場所に戻るつもりでいる。

富裕層向けの列に並ぶ人達はあまり待つ時間を持たないので気持ちに余裕がある。

元の場所であれば訝り(いぶかり)つつも場所を空けてくれる公算が高かった。

利己的ではあるがカイル・フェネル、旧姓カイル・グラートという男は伊達に英雄の娘婿に収まったのではなかった。



◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




「エフィメート様の(しもべ)たる聖光教会であなた方は何をしているのですか。」


カロッタはバルコニーの下に集まった男たちに向けて怒りもあらわに叫んでいた。

その姿は温厚なカロッタからは想像できない程感情的で普段の彼を知る者は驚きに目を見開いた。


今回の聖祭はカロッタにとってそれほど特別なものだった。

崇拝するエフィメートに拝謁出来たばかりか、『邪神の企みを防ぐ』この上ない名誉を与えられて張り切っていた。

しかも今は席を外しているが、神族となったトリキルティスが邪神につながる手がかりを掴んだらしく、もう間もなく御業が果たされようというところだった。

これは聖戦なのだ。

邪神の企みを防ぐ事で皆を護っていると言うのに、何も知らない輩が水を差すなど許される事ではなかった。



カロッタの想いとは裏腹にほとんどの者は上からの命令で集まっただけで詳しい事情など知りはしなかった。

命令されれば暴れる事も人殺しさえも躊躇わないが、個人としては特に思うところはない。カロッタの怒りが彼らに響く余地は元からなかったのだ。

それに荒事に慣れた男たちにとって普通の人間の怒りなど『風が吹いた』程度の事でしかなかった。


「俺たちは、別にあんたやエフィメート様に盾突こうって訳じゃねぇんだ。」


そんな中で一人だけバルコニーを見上げた男が居た。

エリグマの指示で配下の者を集めたこの男はトードリリーの最初の猛威に残った3人の内の一人だ。

当然、事情は全て把握してこの集団を取り仕切る立場にある。


「むしろエフィメート様の為にここに集まったぐらいだ。」


自信に満ちた男の言い方にカロッタはイラつく気持ちを抑えられない。


「何をふざけた事を言っているのですか!お前たちの様な者が集まったからと言ってエフィメート様の為に何が出来ると言うのです。」


「ここに白と金の祭服を着た女がいるだろう。」


バルコニーに居た者の視線がカロッタに集まった。

この聖祭で白地に金糸の刺繍をした祭服を着ている者はカロッタを除けば一人しかいない。

数日前から教会で寝泊まりしている女上級司祭だ。

カロッタの賓客だからと誰も文句は言わなかったが、その態度や様子を見た者は一様に眉を顰め(ひそめ)ていた。

その上、司教のカロッタに対する態度はまるで臣下を扱うかの様に横柄で、何か表にできない理由があることは明らかだった。

多くの視線は『やはり!』と思いつつも、何か抜き差しならない事情を抱えてしまったカロッタを心配していた。


「今、身体に火を付けた暴徒が街中で暴れている。俺はそれが始まった所に居て見ていた。あの女が大きく手を振ると広がった炎が次々と大勢の人間を巻き込んだ。

逃げる事も避ける事もできず、炎に触れた者はみんな仲間も家族も忘れて亡者の様に走り出した。俺の仲間もやられた。すぐ隣に居たのに突然会った事もない子供を追いかけて行った。

酷いと思わないか?こんな奴をエフィメート様だって許さないよな。俺たちだって許さねぇ。だから、さっさと出せよトードリリーとか言う女をよぉ!」

男の声は良く響き、広場に居た多くの人に届いた。



―――そんな者はここにいない!―――


対外的には教会の体面を保つ為にしらを切り、内部の者は権力で黙らせる。

自分より上に話が漏れた場合はありのままを話して判断を委ねてしまえばいい。

何しろ自分たちの崇める神の要請だ。

拒める訳はない。

その上問題を起こしているのはエフィメートが遣わした神族なのだ。

この騒ぎでさえ神の深遠な理由があるに違いなかった。


だが、

カロッタにはその一言がどうしても言えなかった。

一つには嘘をつくには純粋過ぎた。

いい年の大人が言葉を取り繕う事もできないのはあまりに不甲斐ない事ではあるが、カロッタはその半生を信仰の為に注いできた人間だ。

自分に対する不利益も虚言を弄して躱したことはなく、神が自分に課した試練として真正面から取り組んで来た。

その為に、嘘をつく事に免疫が出来ていなかった。


そしてもう一つの理由はトードリリーの起こした事をどうしても受け入れる事ができなかったからだ。

カロッタがエフィメートを崇拝する理由、慈愛の心で万民を支え続ける姿とトードリリーの在り方がどうしても結びつけることが出来なかった。

どんな理由があったとしても誰かを犠牲にしてなされるが許されるのか。

本当にそれがエフィメートの意図したことなのか。

トードリリーの事が信じられなくなっていた。


「なぁ、どうなんだよ!」


男の詰問に答える言葉が無い。


「わ、私は・・・」


押し黙ったカロッタの中で敬愛する神への忠誠と自分の信念がせめぎ合っていた。


嘘はつけない。


エフィメートの成そうとすることは何を犠牲にしても協力しなければならない。


だが何を望まれているのか分からないしトードリリーは信じられない。

カロッタの中で幾つもの思いが覇権を競う様に高まり続けて行く。


「私は・・・私は・・・わたしは、あああああああああああああああ・・・」


突然苦しみだしたカロッタが叫ぶと胸を抑えた手の下から赤黒い炎が噴き出した。






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