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支天神話 ― 片翼の大神に目を付けられた僕は妹の未来のために足掻き続ける ―  作者: ゆきと
0章  予言の子

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ゴーザの葛藤

右手に刀の柄を、左手で鞘口近くをそれぞれ握って刀を引き抜く。

左手の鞘は元々2本目の得物として考えられていたが、刀と同等の強度を持たせようとした為に重く長い。

そのままでは手持ちが悪いので鞘口の下、ふた握り程にギガントシャークの皮を巻き、更にネウロン線とストームスパイダーの糸を編んだ組紐を重ねて手だまりを良くしていた。

装飾の類を一切省いた無骨な黒い造りだったが、(ひし)に巻いた組紐の朱は見る者をハッとさせる美しさがあった。


一方、右手の刀はゴーザが探索者となった時に父親から譲り受け、その後全ての試練を共にした自身の一部とも言えるものだ。

普段であればこの刀を扱うのに意識しなければならない事などなにもない。

だから峰を返すのも手首の一捻りで事足りた。

しかし今日に限っては僅かに変わった感触に心が波立つ程の違和感を覚えてしまう。


―――相手を殺すか殺さないか―――


状況を考えれば悩むことなど何もない。

相手は操られているだけの民衆に過ぎないのだ。

それでもユウキに襲い掛かる暴徒とあっては決断までに幾多の葛藤を必要とし、そこまで考え抜いた結果だと言うのに尚も手の震えが抑えられなかった。

だらりと垂らした腕の先で刀と鞘は静かに(こうべ)を下げていたが、血の気が無くなるほど強く握られた手にはゴーザの内心が現れていた。




◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ 





「まだ開かないのか!」

「ここはほとんど使っていなかったので開閉装置が壊れていたみたいです。・・・今直しますからもう少し待ってください。」

「ちっ、よりによってこんな時に限って・・・ゴーさん、すまない。」

「この近くに他の出口はないか。」

申し訳なさそうに謝るエリグマに対してゴーザの(いら)えは短く静かだった。


「地上なら通りに出て50シュード程言った所に一か所あるが下では倍以上は回り込むことになる。それに、そこまで行ってしまうと戻る道は暴徒で埋め尽くされている。」

「そうか。」

それだけ言ってゴーザはまた目を閉じた。

この壁のすぐ向こうでユウキが襲われている。

闇雲に走り出したい衝動を押し殺すのは如何にゴーザと言えども容易(たやす)い事ではなかった。



待つだけの時間をゴーザは耐えに耐えた。

別の出口に向かって外から攻め入るのは時間的に無理だと分かっている。

だが、この壁のすぐ向こう、入口が開けば僅か10シュード程の所でユウキが嬲り殺しにされようとしているのだ。

無駄だと分かっていてもこの壁を叩き壊したい衝動は否が応でも高まり続けていた。

だから、目の前の壁が横にずれて「動いたぞ」という声が聞こえた刹那に飛びだしたのは仕方のない事だった。


ゴーザにしては珍しく失念していたことがある。

壁が開いてもそこにあるのは漆黒の境界。

ドールガーデンも届かぬ『異界の壁』と思える障壁が証を持たぬ者すべてを拒絶している。


「ゴーさん!」

エリグマの叫びも聞こえないのかゴーザが止まる事はない。

だが辛うじて、エリグマの声で入口の傍らにいた一人が気づき、差し入れた手が間に合った。

直後、揺らぎの残る境界を越えて鬼の形相でゴーザが飛び出して行った。


境界を超えるとゴーザのドールガーデンは周囲の情報をたちまち拾い集め始める。

街中の薄い神素濃度では輪郭しか判らないなど情報の欠落がある事も多い。

実際ユウキでも色が分からなかったのだがゴーザであれば間近で触れているのと変わらない精度を確保できる。

半径50シュードの認識領域の中で暴徒に囲まれて(うずくま)るユウキを探す事など目の前のパンに手を伸ばすように容易い事だった。


そしてその姿を捉えてゴーザの我慢は限界を超えた。


心の奥底で燻る様に圧力を高めていく何かがはっきりと分かる。

だがゴーザの意思は鋼の強さでその圧力を抑え込み、相手を殺しかねない衝動に突き動かされながらも“優しい”といえる絶妙の加減で目の前の障害を弾き飛ばして行った。


飛ばされ、倒れた者は起き上がる事はなかったが治療が必要なものはいないだろう。

逆に攻撃したゴーザは噛みしめた奥歯が割れて口内に血が溢れていた。

口の端に滴り落ちる血を拭う間も惜しんでユウキの元に急いだ。




◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



身体中が燃えていた。

手も足も、肘も膝も、背中や腹や頭さえも、踊る様に揺れる炎が宿っていた。

周り中から繰り出される手や足で殴られ、蹴られる度に身体は(かし)ぎ、新たな傷が増えてゆく。

今やロジックサーキットのほとんどを胸の魔導具に集めなければ意識をたもつ事さえおぼつかない。

そして意識を失えば癒しの方法を失くした子供の身体など瞬く間に蹂躙され尽くしてしまうだろう。

ユウキは身体を丸めて庇いながら、動くこともできずに耐え続けていた。


『『お兄さん!がんばってーーー!』』

どこかでヘレンとクリュテの声がする。


タルタロスサーキットに流していた分を少しだけ緩めてドールガーデンを確認すると小さな二人が意外なほど近くで叫んでいるのが観える。


「良かった。まだ無事なんだね。」


小さく呟いてみたもののユウキにできるのはそれだけだった。

身体中の炎に邪魔されて満足にセレーマが収束しきれない状態では動く事もままならない。

せめて失くしてしまった剣があれば―――水で少しでも身体の炎を消す事ができればまだ何かしらできる事があるかもしれないが・・・いや、今のセレーマでは大した効果は期待できないだろう。


意識を外に向けた分、治癒の効果が下がって傷が増えていた。

もはや全てのロジック・サーキットを重ね掛けして奇跡を待つしかない。

胸の魔導具に意識を向けると赤黒い炎を押し返す様に青白い癒しの光りが胸を覆っていた。

身体中のあらゆる所を焼かれている中でそこだけは炎を遠ざけている。

『もしかして、この魔導具の光でも炎が消せるの?』

ならば剣の水で炎を消した時の様に直接押し当てれば身体の炎を消せるかもしれない。


ユウキは首から紐を外すとリューケンの鏡を胸元から引き出して右手に握る。

外した時にセレーマが切れたので鏡は急速にその光りを失い、治癒を失くした身体は加えられた暴力に悲鳴を上げる。

握り直した魔導具に再びセレーマを注げば少しづつ治癒の効果が表れて来るが、やはり収束が遅い。

治癒の効果が戻るまで意識を保てるか不安がよぎる。

それでも2系統、3系統と増やすと徐々に光が漏れ始め、そして7系統を重ね掛けすると光りは力を取り戻した。


そして


突如として右肩から先の炎が爆ぜる様に消え失せた。






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