ペガサス団 3
「なっ、何が・・・」
朦朧とする意識の中で後ろを振り向くとパルスの手にした棍棒に赤ん坊の頭ほどの球が戻るところだった。
「なぜ・・・」
その後の言葉を続けることなくユウキは地に伏して動かなくなった。
「パルス!なんてことをするの。」
「そうだよ。せっかく迷惑が自分で出て行ってくれるところだったのにどうするんだよ。」
焦って詰め寄るダナエとラットに対してパルスは人を不快にさせる笑いを浮かべている。
「わざわざ向こうからチャンスが来てくれたんだ。逃がす必要はないだろう。こいつの言ってることが本当なら街中の奴がこいつを探しているんだ。なら高い値段で売りつけた方がいいと思わないか。」
「いや・・・それは流石に酷いんじゃないかな。」
「甘い事を言ってんじゃねえよ。コイツも言っていただろう。周りは囲まれていて逃げられないってよぉ。つまり、放っておいてもコイツは助からなかったんだ。だったら最後に俺たちが利用したって大した違いはないだろう。」
「その人は自分が助からないと判っていながら私たちのために出て行こうとしたのよ。あなた達のバカげた理屈に付き合ってお金まで渡してくれた人を騙すなんて恥ずかしいと思わないの。」
「間抜けが生き残れるほど甘くはないんだよ。それよりこいつを運ぶから手伝え。今のうちに木箱に押し込んでおくんだ。」
そう言うとパルスは倒れているユウキに近づいて腰の剣を鞘ごと外して手に取った。
「へへっ、こいつにはもう剣なんていらないだろうからな。オレが貰ってやるから感謝するんだな。・・・ん、随分軽いな・・・」
裏表を返して見ていたパルスが剣を抜くと途端に顔を顰めた。
「ちぇっ、きれいに拵えているけど木じゃねぇか。」
すぐに興味を失くして剣を放り投げると今度はユウキのポケットを漁り始める。
しばらくはゴソゴソと弄っていたが何もないと分かると舌打ちをして足を持って引き摺り始めた。
最初は不快そうに見ていたラットもユウキが引き摺られるのを見るにつけ、ため息と共にパルスを手伝い始める。
「ラトゥーナ!あなたまで何をしているの。」
非難するダナエに対し、ラットはどこか寂しそうな笑みを浮かべている。
「ここに寝かせておく訳には行かないだろう。それにこうなってしまったら成る様にしかならないよ。実際、もうぶちかましちゃったんだからさ。」
「へへっ、そういう事だ。後になれば、みんな『オレのお蔭だ』って感謝するさ。」
意気揚々としているパルスから目を背けて、ラットはユウキの上半身を持ち上げようと手を伸ばした。
ふと目をやるとユウキの首元から青白い光が幽かに漏れている事に気づいた。
「パルス、ここがちょっと光っているよ。」
「なに!ちょっと見せてみろ。金になるかもしれないぞ。」
慌てて回り込むとユウキの胸元からは確かに青い光が見える。
「おおっ、金のにおいがするぜ。」
子供らしからぬ笑みを浮かべてパルスが手を伸ばした。
ちょうどその時、通りを歩いていた男が路地の奥にいる子供に目を向けていた。
「ミツケタ・・・ふぇんねるノコドモ・・・ミツケタ・・・」
胸の炎を揺らしながら男は狭い路地に入って行った。
ユウキの襟に手をかけたパルスは男に気づくとギョッとして動きを止めた。
「ちっ、見つかっちまったか。しかたねぇ。おい、止まれ!コイツはオレ達が捕まえた。条件次第では引き渡すからお前らの上の奴を呼んで来い!」
パルスは大声を上げて叫んだがもちろん相手が止まる筈もない。
それどころか「ミツケタ」と繰り返しながらヒタヒタと速度を上げて迫ってくる。
「おい!止まれって言ってるのが解らねぇのか。それ以上来るんじゃねえ!」
最後には必死に叫んでいたが相手が気にした様子は微塵もない。
そして男がついに路地から出てくると幼いヘレンとクリュテは泣き叫び、二人を抱き寄せたダナエは石になろうとするかのように身体を強張らせてギュッと目を閉じた。
「わぁぁぁぁぁーーーーー」
不気味な気配にパルスの口から悲鳴の様な声が漏れた。
パルスが腰に差した棍棒を振り抜くと先端部分が飛び出して相手の腹に当たった。
しかし、男が動きを止めたのはほんの一瞬の事、くの字に曲がった身体をすぐに起こすと何事もなかったかのように前に出て来る。
得体のしれない恐怖が湧き上がり、青い顔をしたパルスが思わず後ろに下がって行く。
「パルス!」
ラットの声にハッと我に返る。
振り替えればダナエと幼い二人が一塊になって震えていた。
「くそったれ!戻れアラクネの糸」
気圧された自分を詰る様に叫ぶと球と棍棒をつなぐ紐が急激に縮み始め、男の足元に転がっていた球体が音を立てて元の位置に収まった。
声に反応した訳ではない。
魔導具はセレーマを注ぐ事で発動するのであってそれ以外で反応する仕組みは未だ確立されていない。
例外的に汎用品の中には疑似セレーマで動かす事ができる物もあるが、それもあくまでセレーマの代用だ。
パルスの言葉は声にすることで魔導具に意識を向け易くする、謂わばセレーマの抽出技法の一つなのだ。
普段は特に意識することなく使っている魔導具だが動揺して使えなかったのだ。
だがおかげで少し落ち着く事に成功した。
再び気力を取り戻したパルスが棍棒を振り抜くと、先端の球体が男の胸を襲った。
ラットもじっとしていた訳ではない。
パルスに声を掛けると男の側面に回り込み、取り出した石弓で男の顔に狙いをつける。
弾は見事に男の額に当たったが、血が鼻梁を伝っていると言うのに当の男は意に介した様子もない。
埒が明かないと思ったのか、再び球体を戻したパルスは男に走り寄り、下から打ち上げる様に棍棒を振るって今度は直接アゴを打ちつけた。
空を見上げる様に上を向いた男はそのまま仰け反る様に倒れるとようやく動きを止めた。
「何なんだよ。こいつは、狂ってやがる。」
肩で息をしながら倒した男を見下ろしているとパルスの背中を得体のしれない怖気が駆け上がるようだった。
「パルス、これって拙くないか。」
ラットの言葉にビクリと身体が震える。
「僕たちがいくら攻撃しても死人みたいな目でこのお兄さんの事しか見ていなかった。もし表をうろついていた人がみんな・・・お兄さんの言葉通りならそれこそ街中の人間がここに押し寄せて来たら僕たちは踏みつぶされて死ぬしかないよ。」
ここに至って、さすがのパルスも事態の深刻さを気づかざるを得なかった、
「おい!直ぐにここを離れるぞ。」
「どこに行くつもりだよ。通りに出ても逃げられないって言っていただろう。」
「どこでもいい、ドアでも窓でもぶち破って無理やりでも逃げ込むんだ。急ぐぞ。」
パルスたちは泣き叫ぶヘレンとクリュテを半ば抱き抱える様に歩かせるとユウキを残して路地に消えて行った。




