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ペガサス団 2

それまで黙って聞いていた5人目の子供が発言すると、言い合っていたパルスとダナエが顔を向けた。

激高している二人の視線は鋭かったがたじろぐ風は微塵もない。

何か言いたそうな仲間に皮肉っぽく笑いかけ、いつの間にかユウキの前まで歩いて来た。


背丈はやはりユウキの胸くらいまでしかないので少し年下なのだろう。

パルスとは異なり程よい距離で止まったが、ユウキの事は値踏みする様に見回しては何かに納得したように肯いている。

本来はかなり失礼な態度なのだろうが不思議と嫌な感じはしなかった。


「お兄さんは悪い人じゃないと思うよ。」


おもむろにそんな言い方をされれば悪い気はしないが、微かに作り物の笑顔の様にも感じられた。

「思うんだけどね、僕たちも生活が懸かっているから言う通りにはできないんだよ。」

交渉に慣れた大人の様に笑顔を張り付けたまま言いたい事を言ってのける。


「ラトゥーナ!あなたまでそんな事を言って、手遅れになったらどうするのよ。」

「ラトゥーナ・・・?」

ダナエの呼んだ名前が女性のものだったのでユウキの意識はそちらに注意が向いてしまう。


「ダ・ナ・エぇ!」

「あっ!ご、ごめん。」

「まぁ、良いけどさ。僕はどうしても隠さなきゃならない訳じゃないし・・・。でも皆で決めたんだからちゃんと守ってよね。」


「君は女の子だったの?」

「こういう所だとその方が都合が良いからね。一応、僕の名前はラットって事でよろしく。」

顔に掛かった焦げ茶色の前髪を払いながらニコリと笑みを浮かべている。

「こちらの言う事は聞かないのに随分勝手なんだね。」

「交渉ごとに多少の強引さは必要でしょう。」

ラットと名のった少女は自分勝手な事を言っているのだが、話が通じるだけパルスよりも幾分マシに思えた。

『最初からこの子が出て来てくれたらよかったのに・・・』

大人の縮小版の様な不自然さはあるものの終始ニコニコとしていられれば怒る気にもならなくなる。

いつの間にか硬化していたユウキの気持ちもすっかり(ほぐ)れてしまっていた。

こうなってしまえばパルスひとりの為に他の子供を見捨てようとしたことが後ろめたく感じてしまう。

だからため息をついてラットと向き合った時にはすっかりいつものユウキに戻っていた。


「どうすればいい?」

気が付けばフェンネルらしく必要な事を淡々とする気になっていた。


「そうだねぇ。今の時点でお兄さんの言っている事が本当か嘘かなんて判らないから黙って行かせる訳には行かないかな。」

「本当だったら君たちは大けがじゃ済まないんだけど、それでも?」

「それでもだよ。嘘を信じて見逃したなんてことになったら僕たちは生きていけないのさ。」

「それじゃぁ、そこのおチビさんたちだけでも先に逃がしたらどう?今ならそこの通りに出て30シュードは行けるよ。その間のどこかで知り合いの家に匿ってもらえばここにいるより安全だと思う。」

「・・・30シュードってその先はいけないの?」

青い顔をして小さい子供を抱き寄せたダナエが聞いてくる。

「今は何百人もの人がここに向かって押し寄せているからその先は無理だよ。でもこの辺の子なら自分の家でなくても匿ってくれる家はあるでしょう。」

「無いわ!私たちを入れてくれるような優しい家はないのよ。」

「?」

「私たちは“街に住む子供”なの。住んでいる家はないし、“家に住む人たち”は私たちに手を差し伸べたりしない。」


「ダナエ!余計な事を言うな。」

「パルス!だって今、街がおかしい事ぐらい分かるでしょう。このお兄さんは嘘をついていないわ。愚図々々していたらみんな死んじゃうかもしれないのよ。」

「周りの奴らに舐められたら仕事を奪われて飢え死にだ。それなら意地を張ってここで死んだ方がいい。」

「それはパルスの考えでしょう!生きていればやり直す事もきっとできるわ。」

「今までどんなに頑張って出来なかったじゃないか!俺たちにできたのは落ちて行くのを止めただけだ。登って行く余裕なんて俺たちにはないんだよ。だから下がっちゃだめだ。ダメなんだよ!」


パルスの血を吐くような叫びも聞き慣れているのかダナエには届かない。

状況を考えればどちらかが意見を曲げて、例えばパルスが予想されるリスクを比べてユウキを行かせても良いし、ダナエとラットを加えてユウキの有り金を巻き上げても良かった。

だが子供故の愚かさと言うべきか、本当にしなければいけない事を考えるよりもいつの間にか自分の意見を通す事に意識が向いてしまい、群衆が押し寄せるまでの貴重な時間を浪費する事しかできずにいる。


「「うぇーん!ケンカはやだよぅ。」」

剣呑な気配に怯えてダナエに抱きついているヘレンとクリュテが泣き始めると、もはや事態を収拾する術はないかと思われた。




そんな中、ラットはススっとユウキの傍らに寄って来ると口を寄せて囁いた。

「僕たちはね、ここに住んで大人の手伝いをしながら生きているんだよ。だけどいい仕事は同じようなグループが狙っているからいつも奪い合いになる。パルスの態度は悪かったけどお兄さんみたいな人に騙されたとなったら周りに舐められて仕事を取られてしまうのは本当なんだ。そうすると仕事がなくて飢えるか、もっとひどい生活に落ちるしか道はなくなる。お兄さんもそんな事は望んでいないでしょう?だから舐められずに済むように協力してくれないかな。」

ラットの言葉は悲しみを湛えて聞く者の胸に深く響いたが、だからこそ演技臭くもあった。

けれど・・・


「解った・・・今、持っているお金はこれで全部だ。これで見逃してもらえるかな。」

ユウキはポケットから財布を取り出すとそのままラットの手に乗せた。

一瞬、驚いた表情を浮かべたが目の前の少女はすぐにニコリと笑って下がって行く。

「有り金全部かぁ~。少ないけど許してやるからとっととどこかに行っちまいな。」

大きな声で叫んだラットは片目をつぶり、片手を拝むように立ててパルスとダナエの所へ戻って行った。


「この子たちは僕の騒動に巻き込まれたのだから危ない目に会う必要なんてない。道具屋さんで預かったお金まで渡しちゃったけど、元々返しに行く当てがあるわけじゃないしこれで良いよね。」

ユウキの口からは静かな呟きが漏れた。



もう、すぐ近くまで人が押し寄せて来ていた。

ユウキは通りに出る為に踵を返して歩き始める。

「とにかく、通りに出て少しでもここから離れよう。後は・・・成る様に成るさ・・・」

ドールガーデンに2系統のロジックサーキットを割り振って情報量を上げる。

少しでも生き延びる方法を探すためだ。

相変わらず酷い頭痛がするけれどそれも生きていられればこそ、だ。


前方を詳細に観察して走り出そうとしたユウキだったが、後頭部に衝撃を受けて前のめりに倒れた。




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