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支天神話 ― 片翼の大神に目を付けられた僕は妹の未来のために足掻き続ける ―  作者: ゆきと
0章  予言の子

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ドールガーデン

ユウキが人混みに落ちた時、思わず着いた手にその炎は燃え移った。

瞬く間に肉を焼き、骨を(おか)した炎は導火線の様に神経を辿(たど)って腕を(さかのぼ)って行く。

まるで意思があるかのように肩を越えて中心を目指していたそれだったが、不意に立ち塞がった漆黒の闇を前にすると崖から投げ落とされた松明の様にあっけなく何処かへと消えて行った。


ユウキはその一部始終を静かに見つめていた。

意識を(しば)る炎に身を焼かれながら一片の恐れも、逃れた事の感慨もない。

ただ少しだけ悲しみが混じった想いの意味をユウキ自身でさえ理解することはできなかった。


       ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



ユウキは人混みを抜けて狭い路地に転がり込むと振り返ることなく走り始めた。

ユウキを見失っていた集団も一人で走り去る者に気づかないはずはない。

すぐに「ふぇんねるノコドモガイタゾ」という声と共に群衆が押し寄せてくるが、狭い路地に殺到して動きは良くない。

追いついてくるまでに時間は掛かるだろうが、もはや戻る事はできそうになかった。


今は走る。

こんな狭い場所で立ち止まれば瞬く間に追い詰められてしまうのだから走って逃げ続けるしかない。

その為にも少し先の角を曲がらなければならないのだが、路地の向こうからも人が入っているので急がなければそこも人で埋め尽くされてしまうだろう。

今はドールガーデンの情報だけが頼りなのだが、そこに観える景色は霞がかかったように淡く、いつになく不鮮明だ。

思う様にセレーマが集約できないので発動が弱々しい。


左腕が熱い。

そこには落ちた時に燃え移った赤黒い炎が(いま)だに揺らめいている。

意識を縛る能力は打ち消され、普通の炎とは異なり火傷にはならないが、身体を焼かれる感覚は通常のものを上回っている。

タルタロス・サーキットを開いているので痛みとしては感じないが、身体が鳴らし続ける警報にどうしても集中を乱されてしまっていた。

だが、今はどうする事もできない。

すでに行く手の奥からも怨嗟(えんさ)の声が聞こえ始めており、炎に対処している時間はない。

その上、少し先には元々路地に居たのだろうか、三人の男が行く手を塞いでいる。

この男達の壁を上手く抜けなければならない。



走りながら落ちていた板を拾い上げる。

樽の蓋でも割れた物だろうか。

指は届くものの握れる幅ではないので手の平で挟むように振ってみるが思った以上に力が乗せられない。

「素手よりはましかな。途中でもう少しマシなモノがあったら取り替えないと。」

ずっと持っていた玩具の剣は鞘に戻して腰に吊っていた。

アグリオスに対抗できるのはこの玩具の剣しかない以上、こんなところで壊すわけにはいかない。


あまりにも制約が多すぎる。

時間も、行動できる範囲も限られ、満足な武器も防具もなく、人数比など1対数千だ。

普通であれば絶望して動けなくなっていても不思議はないがこんな状況にユウキは悪い意味で慣れていた。

()()える事ではない。

タルタロス・サーキットを手に入れた時から(のぞみ)など―――心の底から何かをほしいと想う心など持ってはいなかったのだから先行きが見えない程度の事で立ち止まる事はないだけだ。


「とりあえず、あの三人をどうしよう?また足元を抜けようかな。」



問題は三人と言う事だ。

人混みなら多少手間取っていても足元のユウキに手を伸ばす事は出来なかったが、今度は這う様に進んでいたら為す術もなく捕まってしまうだろう。

だからと言って正面から打倒そうにも3対1では分が悪い。


「また頭の上を飛び越せればいいけど今度は窓も何もないから高さが足りないし・・・少しでも足場にできる所があれば何とかなりそうなんだけど・・・ん?」

ふと目をやったレンガ造りの壁は完全な平面ではなくゴツゴツとした凹凸がある。

「登る事はできないけど、一瞬だけ跳ぶくらいはできるんじゃないかな。」

場所にもよるが指ぐらいなら掛けられる所もある。

モノは試しとひょいっと跳んで出っ張りに足を掛けると力いっぱいに壁を蹴った。


「痛ったーい?・・・いや、痛くはないけど擦りむいた!」

力を入れた途端、足元はズルリと滑り、壁に当たった頬に擦り傷ができていた。

「靴が滑って力が掛けられない。もっとしっかりと足を乗せられる所じゃないと跳び上がれないか。」

良く見ればしっかりと足を掛けられそうなところもある。

だが、望んだ場所に都合よくあるとは限らない。

ましてやこの後は出会い頭に仕掛けるので悠長に足場を選んでいる時間はない。


「ちょっと無理かぁ。せめてドールガーデンがちゃんと使えていればなあ・・・。」

今はボンヤリとした景色が見えるだけで壁の凹凸どころか人の顔も見分けがつかない。


「やっぱり先にこの火を消さないとダメかな。でも当てがあるわけじゃないから消せるかどうか分かんないし。せめてドールガーデンをもう少し強く発動させられれば何とかなるかもしれないけど・・・あっ」

修羅場では鋭い(ひらめ)きで命を拾ってきたがユウキも緩んだ場では思いのほか

鈍かった。

「ロジックサーキットの重ね掛けをすればいいんじゃないか!何で気づかなかったんだろう。」

今までドールガーデンで観た景色を複数のロジックサーキットで観察したことはあったが重ね掛けをして発動そのものの強化はした事はなかった。

「2系統でいいかな。『ドールガーデン』・・・・・・・・・ぅぎゃーーーーーーー!」

鉄杭を打ち込まれるような頭痛に声を上げて蹲る。

すぐにセレーマを止めたが不快な感覚はいつまでも残っていた。

「タルタロス・サーキットを開いているのに何でこんなに痛いんだよ?」

普段は避ける事ができるのでユウキは痛み自体の耐性は低く、薄らと涙さえ浮かべている。

「も、もう一回・・・」

今度は慎重に――若干腰が引けながらも――セレーマを注ぎ、先程の痛みは確実にタルタロスサーキットへと流して行く。

だが、今度は重ね掛けをしているにも(かかわ)らずドールガーデンの情報量が上がらなくなってしまう。

「何となく解った。痛いんじゃなくて重ね掛けした情報量を痛いと感じるんだ。痛みを避けると情報量も上がらなくなる。」


腕を焼く炎がそうだが、人は身体の危機に対する警報を“痛み”として認識している。

ユウキはこの警報をタルタロスサーキットに流す事で痛みを感じない様にしているのだがドールガーデンを重ね掛けすると爆発的に上がる情報量自体が自我に対する危機として痛

みを感じていた。

だから普段と同じように“痛みの情報”を消すとドールガーデンで得た“認識領域の情報”も耐えられるレベルまで下がってしまう。


普段使っている程度にはなったが細かな壁の凹凸を判別するにはまだ情報量が足りない。

ドールガーデンの情報量を少しずつ戻しながら、自分がガマンできる限度を見極めて行く。

タルタロス・サーキットの微細なコントロールは意外に難しく、時々戻し過ぎて半泣きになりながら試行錯誤を繰り返した。










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