襲撃者 - 4
ゴルゾフが仲間と標的に近づいていく。
あと10シュード・・・あの先頭を歩く男がカルカス達が潜伏している家を過ぎたところで接触し、すれ違い様に斬り掛かる。
無力化できれば良し、出来なくとも戦って相手をその場に引き付けておく。
相手の増援が来るだろうがカルカス達8人が側面に襲い掛かれば問題はない。
速くても遅くてもダメだ。
老人を気遣うフリをして少し歩みを緩めて調整する。
あと5シュード・・・剣を抜きたくなる衝動を抑えるのが苦しい。
つい視線を送ってしまいそうになるが辛うじて耐える。
ところがあと少しで目標の地点に差し掛かるというところで騒がしく動きが起こり、足を止めた相手がこちらを警戒しながら後退していった。
しかもどうやらゴルゾフ達の陽動組だけでなくカルカス達の事までばれている様だ。
『なぜ見破られた!』
慌てて周りを見ると他の二人はぽかんとして状況が解っていない。
仕方なく周囲へと目を走らせる。
時間が限られていたとはいえ自分たちは万全の準備を整えた。
大雑把ではあるが聖者の盾の索敵範囲ですら把握しており、露見する可能性など欠片もなかったはずだ。
ナラバナゼ?・・・
『仲間の誰かが裏切ったのか』
などという考えは微塵も浮かぶことはない。
ファミリアの全員に当てはまることだが今ここにいるのは特にエリグマに心酔する者達だ。
そんな男たちが何と引き換えに敵に与すると言うのか。
だからゴルゾフの頭に浮かんだのは自分たちが知らない探索者の姿。
“この街の中でつかめない情報はない”と自負するエリグマ・ファミリアに微塵もその存在を掴ませないほどの手練れの可能性。
まさか、非常識なまでの認識範囲をもって“舞台裏”を観ていた者がいるなど考え付くはずもなかった。
ゴルゾフが合図をするとカルカス達8人が出て来て横に並ぶ。
奇襲の意味がなくなった以上分散しているメリットがない。
むしろ逆に奇襲される危険性がある以上戦力を集中させなければ各個撃破される可能性がある。
ゴルゾフはつきたくなる溜め息をぐっと飲み込んだ。
自分の事であれば即座に撤退するところだが事はエリグマ・ファミリアの面子の問題なので引くと言う選択肢は存在しない。
作戦が崩壊して力の大小が帰趨を決める乱戦に突入する事になるが、仮に全員が倒される事になったとしても相手の心胆を寒からしめる様な恐怖を刻まなければならないのだ。
「計画は見破られ、おそらく俺たちの知らない伏兵が居る。わかっていると思うが勝つ見込みがなくても俺たちは引くことができない。だから絡み合う蛇の様に戦うぞ。」
神話に語られる同体二頭の毒蛇エキドナ・ツァコモス。
不死であるが故にお互いを殺すには食らい尽くすしかなく、同じ身体を共有するが故に離れる事も出来ず、複雑に絡み合いながら永遠にお互いを喰らい合っていると言う。
ゴルゾフの宣言は逃げる事は考えずに死ぬまで戦う事を意味しているのだがそれに心を乱す者はいなかった。
全員が剣を抜くと雄叫びを上げて斬り掛かっていった。
キャラバン聖者の盾でエスクドは大楯を構えた守備の要として常に最前列に位置取っている。
この日は祭りの手伝いをするだけだったので大楯は持って来ていなかったが剣の攻防にも自信があるので緊急警戒を告げられた時も特に不安はなかった。
だが僅かな対峙の後に剣を抜いて走り始めた相手を見て、大楯を持って来なかった事を心の底から後悔した。
技量的にはそれ程のことはない。
人数の差でこちらは二人を相手にしなければならないが相手は型も何もない素人なので斬り掛かってきた剣を受けて、いなして、斬り返す事は容易かった。
だが、目の前の相手に斬り返そうとすると別の人間と切り結んでいた男が突然向きを変えて横から斬り掛かってくる。
無茶苦茶だった。
無我夢中で剣で受ける事が出来たが間近で見えた顔は悪意そのものと言ってもいいほど殺意にあふれていた。
人は表情だけでこれほどの心情を伝えられるのだと初めて理解できた気がした。
その男は浅く背中を斬られて元の相手に向き直ったが痛みなど感じていない様にまた剣を振り回している。
赤く染まった背中がもう一度向きを変えない事を切実に願った。
状況はゴルゾフが意図した通り敵味方入り乱れての乱戦となっていた。
技量で上回る聖者の盾も防御を無視した攻撃にさらされて今一つ攻めきれない。
それどころか少しでも油断すると思わぬところから斬りつけられるので少しづつ手傷を負う者が増えて来ていた。
もっとも受けたダメージの量では相手の方が圧倒的に多いので時間が経てばどちらに軍配が上がるのかは明らかなのだが“ここで終わっていい”相手と“なるべく怪我を負いたくない”聖者の盾では心情に違いがありすぎた。
「なんでこいつらは必死なんだ!」
続けざまに二本の剣を弾き、横から来た剣を躱してダンダールが怒鳴っていた。
こんな本気の戦闘になるなど計算違いも甚だしい。
「あんたが何かやらかしたんじゃないのか。」
隣りから軽口で答えてくるがもちろん本心ではない。
その男も斬りつけてきた相手を蹴り飛ばして下がらせている。
「解っていると思うがやり過ぎるなよ。」
振り向く余裕もなく声を掛けると『ああ』とだけ返事が帰ってきた。
この手の人間は面子を大事にする。
手酷くやり過ぎれば新たな恨みを買うことになりかねないのでその加減が難しい。
元々ユウキが恨みを買ったのもいわば無意識に相手の面子を傷つけたからだ。
しかし時には面子の為に命掛けになると言っても損得の計算はちゃんとしている場合がほとんどなので、今回の事もボコボコに殴られる程度で済む問題だった。
だから聖者の盾が護衛に付いた以上“一応報復をした”という事実があれば負けて面子を傷つけない様に適当なところで引くと思っていた。
ダンダールは知らなかったのだ。
あの場にファミリアのトップがいた為に相手は中途半端な決着などつける気がない事を。
そして伏兵がいると勘違いしたが為に勝ちを捨てて死闘を演じる羽目に陥った事を。
相手の気迫に徐々に押され始めたのを見て、焦ったダンダールは最後尾で殿をしていたエフィオテスに参戦する様に指示を出した。
これで11対7
実力的にもスペース的にもこれで押し返せるはずだ。
そしてエフィオテスが動き出したのを見て聖者の盾の5人は希望を見出し、なぜか敵であるゴルゾフが微かに口角を吊り上げた。




