魔導具職人
よれよれのシャツを薄汚れたズボンに押し込んだ男が通りを歩いている。
俯いて進む姿は酔っ払いか腹を空かせた浮浪者の様に見えるのだろうか、すれ違う人々が汚物を避けるように左右に分かれて行くので人混みの中にいると言うのに男は誰にも触れる事がなかった。
男はモルドと言う名の魔導具職人だ。
腕は悪くないのだが奇抜なアイデアを形にする事ばかりに興味が向いてしまい、職人本来の高みからは程遠い所にいる。
一人で工房に籠り、何かを造る事や魔導具の構想を練る事は夢中になれたが、反対に人の相手をする事が苦手で、本音を言えば店などやりたくない。
だが人を雇う程売り上げがあるわけでもなく、また『物造りさえできれば食べなくてもいい』と言う程突き抜けた考えも出来ないので、仕方なく昼は店で物を売り、夜に売る物を造る事を繰り返していた。
その日は聖トリキルティスの祭日で大層な賑わいになる事は世事に疎いモルドにも予想できた。
目端の効く職人の一人が『露店を出すならまとまっていた方が客を呼び込みやすい』と声を掛けて来たので気乗りはしなかったが隣り合って露店を開く事にする。
しばらくすると人通りが増えて露店を見て行く人が増えてくる。
現金なものでそれまでやる気のなかったモルドも『売り上げが伸びたらしばらく工房に籠って新しい魔導具の開発ができるかもしれない』と途端に元気になって客を待つ気になる。
だが周りの店には多くの人が来ているのにいくら待っても自分の所には客が来なかった。
実は一緒に店を出そうと誘われた時に、各々の店がする呼び込みの相乗効果について説明されていたのだが気乗りのしなかったモルドは聞いたことさえ覚えていなかった。
周りの店が少しでも興味を持ってもらおうとしている中、呼び込みもしない店は何とはなしに『人を拒んでいる』様に思われてしまっていたのだがそのことにモルドが気づく事はなかった。
その子供が店に現れたのはそんな状態が続いて不貞腐れ始めていた時だった。
軽装で何の飾り気もない格好だが妙に小綺麗にしており、かなり良い所の子どもだと一目で分かる。
普通ならそんな子が製品を眺めていればチャンスとばかりに売り込みをするのだろうが、モルドは興味を持ってくれた事が嬉しかったので気づけばいつになく一所懸命に、それこそ相手が困るくらい事細かに魔導具の説明をしていた。
「それ、上と下がつながっていなのなら、どんなに吸っても水は上がってこないと思うけど・・・」
その無邪気な一言は雷の様に衝撃を与えた。
“清流のストロー”は『触れた水を分解して同量の水を生成する』性質の(普通に考えれば何の役にも立たない)エリアルを使って何か出来ないかと作った物だ。
触れた水を同じ量の水に変えるだけのエリアルだが、表面的には『水だけがエリアルの中を透過する』性質を活かして飲料水用のストローにした。
試行錯誤の末に雑菌や異物が間違っても混入しないようにと上下を完全に分離したのは特に力を入れた部分だ。
だがどれほど吸っても圧力が下に伝わらないのであれば水が吸い上がることはない。
その結果、ストローとしては最も致命的な欠陥品が出来てしまった。
『子供が簡単に気づく事が思いつかなかったのか・・・』
自分の魔導具職人としての土台がガラガラと崩れていく気がした。
こうなると一本気なだけに居てもたってもいられず、店をその子供に押し付けて駆け出していた。
「何の用だ。」
目の前にいるのは店によく来ていた男だ。
名前は聞いたことがない、もしかしたら聞いたかもしれないが興味がないのでモルドは覚えていない。
ただ、顔に大きな傷がある探索者だったので人に聞いたらすぐに居所は教えて貰えた。
「オレの売ったストローが欠陥品だと分かったから謝りに来たんだ。」
厳つい顔がジロリと睨む。
「今更謝られてもどうしようもない。帰ってくれ。」
用はないと閉めようとする扉をモルドは体をねじ込むように押えて引き留める。
「待ってくれよ。それじゃあオレの気が済まない。」
この一言を聞いた途端、面倒くさそうな態度が一変して怒気を振りまき始めた。
「今も殴り掛かりたい気持ちを必死に我慢していると言うのに何であんたの自己満足に付き合わなきゃならないんだ!あんたの魔導具の所為で人が死んだんだぞ!」
扉を抑えていたモルドの動きが止まる。
しかし扉は閉まることはなく、逆に勢いよく開かれると出てきた男がモルドの胸倉を掴んでいた。
「全部があんたの所為だなんて言うつもりはない。魔物に襲われて水と食料の大半を失したのはリーダーだったオレの責任だし、森の中で水も食べ物も見つけられなかったのは運が悪かったんだと思う。だけど・・・だけど、あんたの魔導具があれば毒の水でも飲めると思ったから見つけた毒の沼に向かったのに肝心の魔導具が使えなかったのはあんたが不良品を売りつけたからだ。あんたに解るか?目の前にぶら下げられた希望が崩れた時の気持ちが・・・。緩めてしまった気持ちでもう一度苦難に耐えなきゃならないと知らされた時の絶望が・・・。挙句の果てに打ちひしがれた仲間の一人は『もう耐えられない』と言うと止める間もなく沼の水を飲んじまったよ。コルドランで同じところに居られるのは3日しかないと言うのに、案の定毒に当たって動けなくなった。普段なら運んでやることも出来たし、後1日待っていられたらそいつも動けるようになったかもしれないが、その時は俺たちも限界で、時間的に半日だって待っている事ができない状況だった。どうしようもなかった。このままではそいつの家族まで罪に問われる事になる以上“きまり”に従ってケリを付けるしかなかった。
後で分かった事だが、もう少し先に行けば・・・毒の沼なんかに寄らずに後ほんの少し先に進んでいれば綺麗な湧水があったんだ。オレがあんな魔導具を持っていなければあいつだって湧水でうまい水を飲めた筈なのに毒の水なんかを飲んでオレに殺されてしまった。」
厳つい顔は茫々と涙を流し、苦しそうに顔を歪めていた。
いつの間にか胸倉を掴んでいた腕は力を失っていたがモルドには手を振りほどく事は出来なかった。
「あんたは気が済まないと言っていたな。じゃあ何をしてくれるんだ。あいつを生き返らせてくれるのか、それともオレの頭の中から『助けてくれ、死にたくない』と叫ぶあいつの声を消してくれるのか。どっちでもいいからオレを助けてくれ。なぁ、助けてくれよぉー。」
子どもの様に泣きじゃくる男にモルドには言い返す言葉が見つからない。
こんな重い話がしたかった訳じゃない。
『できないなら帰ってくれ』と言って男は家の中に戻って行ったが今度はそれを止める者はいなかった。
いつもでも響く嗚咽を聞きながらモルドは死んだ男の肉を飲み込んでしまった様な気がした。




