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支天神話 ― 片翼の大神に目を付けられた僕は妹の未来のために足掻き続ける ―  作者: ゆきと
閑話 壊れた英雄

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壊れた英雄 15 新生

不意に、ゴーザとアスミを取り巻く魔物たちは風に散る煙の様に離れ、闇夜の如き暗さは森の薄暮へと時を戻していった。

周囲を見渡せば二人を攻め立てた捕喰肢は力なく垂れ下がり、頭上からは絶え間なく木の葉が舞い落ちる。

枯れた葉の黄色、まだ瑞々しさの残る緑、薄色の小さな若芽。

そのどれもが相応の額で売買される有用な素材であり、中でも毒々しい程鮮やかな赤い花は一輪で金貨数枚の値が付く事もある。

それが雪の様に振り積もり辺りを覆い隠す程。

いつもこの辺りで稼ぎを得る初級の探索者でなくとも文字通りの宝の山に狂喜乱舞する光景だった。


「どうやら上手くやれたようだな。」


剣を納めたゴーザが変異の中心である樹幹に向かう。

檻の入口は太い針葉で塞がれていたが、手を掛けて引くとあっさりと抜けた。

2本程抜いて空いた隙間に身体を押し込んで中に入ると壁際に倒れている小さな姿が目に入った。


「良くやったな。」


力尽きて倒れているユウキの頭をそっと撫でる。


本音を言えばユウキが精霊を倒す事は期待していなかった。

確かに対処できるだけの訓練はした。

充分な武器も与えてあった。

だが麻痺毒で動けない状態では、樹幹に剣を突き立てられる位置にいるかどうか。

成功する可能性は1割もなかっただろう。


「ユウキくん!」


虚に入ってきたアスミが中の惨状を見て息を呑む。

辺りは血で濡れ、倒れているユウキは半身を真っ赤に染めている。

駆け寄って抱き起し、静かな呼吸を確かめるとやっと安心して詰めていた息を吐き出した。


「心配はない。傷も自分で直した様だ。」


小さな歯型の着いた檻のランプ(クルヴィ・リュクノス)を切り離して隠しに仕舞い、アスミから見えない様にして幹に突き立てられた剣を鞘に戻す。

ある程度事情を明かしているとはいえ、この神殺しの秘密を知られる訳にはいかなかった。


「運よく急所を付く事が出来たようだ。君にも迷惑を掛けたな。」


「いいえ、元はと言えば私が連れて来てしまったのが原因です。ユウキくんを危険な目に会わせてしまい申し訳ありません。」


「ユウキにはコルドランの恐ろしさは嫌と言う程教えてある。その上で無茶を言ったのならユウキの責任だ。むしろ儂の方こそ済まなかった。これが動いている事は知っていたのだが、あえて見ぬふりをしていたのでな。」


「ユウキくんが隠し通せるとは思っていませんでしたが、何故このような手間を・・・」


「欲・・・そう、欲が出たのだ。」


「欲ですか?」


「あの騒乱で儂が力を失ったと言う話は君も耳にしているのだろう?これは傲慢にも自分の所為だなどと悩んでいたからな。一度鍛錬の様子を見せたかったのさ。人の可能性を、困難に挑む姿をこれに残してやりたくてな。まぁ、その方法をどうするかは宿題の様なものだったがな・・・。」


「私は観ていませんが、引き返した時はだいぶ落ち込んでいましたよ。」


「それもいい経験になっただろうよ。人は自分の信じたいモノを真実だと思いたがるとな。」


わははと笑う声が静かな森に吸い込まれていった。

アスミは先程ゴーザが見せた戦闘力について聞いてみたい気持ちはあったが、他人の能力を探るのは探索者としてマナーに反するので口を噤んだ。


「さて、そろそろ帰るがアスミくんはどうする?儂らは大樹の権利を放棄するから後は好きにしていいが・・・。」


「そうですね。せっかくなので少しだけ採取していく事にします。途中になってしまいますが見習いの指導を替わってもらっても良いですか?」


恐らく二人だけで話したい事があるだろうと、アスミは気を利かせた。

それに、吸精大樹の古木はコルドランでも深層から下でなければ手に入るものではない。

全部を持ち帰る事はできないが価値の高い部分だけでも大層な稼ぎになる。

何より希少な素材はアスミにしても欲しかった。


「美味しい所を取ったら、すぐに帰ってキャラバンから人を集めて来よう。」


放置された獲物は早い者勝ちとはいえ、これだけのものを処理しきるには数日は掛かる筈だ。

直ぐに引き返して来ればかなり美味しい稼ぎになるだろう。

予定外の収入に氷の仮面も緩みそうだった。




◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆




ユウキはユラユラと揺れる暖かな感触の中で目を覚ました。

固い筋肉とそれを覆うゴワつく皮鎧は決して良い感触とは言えなかったが、大きな背中は何があっても安全だと思わせる安心感を抱かせた。


ユウキがこんな風に誰かに背負われた事はない。

もしかしたらリューイが生まれる前であればあったのかもしれないが、少なくとも懐かしく思う程の記憶はない。

生まれて初めて体験した温かさに思わず涙がこぼれてしまい、気恥ずかしさからギュッと顔を押しつけた。


「目が覚めたか。」


背中越しに伝わる声は低く響き、いつになく優しく聞こえてくる。

ユウキは応える代りに押し付けた顔を上下に動かして返事の代わりにした。


「良く頑張ったな。お前があそこで仕留めてくれなければ儂らも危なかった。」


「そ、そんな事ないよ。おじいちゃんはあの魔物の群れを寄せ付けないで全部やっつけていたし、僕が手を出さなくてもきっと助けてくれたでしょう?」


「出来なかったとは言わんし、そのつもりではいた。ただ、どんなに甘く見ても可能性は3割にも満たなかなかった。だからお前のおかげで助かったと言うのは嘘ではない。礼を言うよ。」


いつになく素直な言葉がユウキを不安にさせた。


「ユウキ、今の儂はロジックサーキットを2つしか使えない。あの騒乱のおりに壊れてしまったのでな。」


えっ!としか声が出なかった。

それはユウキが知りたくてここまで来て、一番知りたくなかった事。

息は詰まり、キューッと血の気が引いて心臓の音が頭を叩いている様だった。


「正直に言えば儂も最初は迷った。劣った力でこのまま探索者を続けて行くかどうか。自分一人の事ではない。仲間の安全にも係わる事だからな。だが悩んでいる内に気づいた。儂は史上最強の戦士などではないのだと。剣技であれば剣聖ルシファーに遠く及ばず、速さは疾風スカンダの背を見る事さえなく、力は剛腕ガルーダの子供時代にさえ敵わないだろう。破壊王シヴァに至っては見えて(まみえて)寸毫も耐える事はできん。そんな儂如きが多少力が落ちたからと言って何を悩むことがあるのかとな。仲間の事が気掛かりなら儂の力に依らない様に変えればいい。必要なら指揮を譲ってただの一兵卒からやり直しても良い。何より儂は探索者が好きなのだよ。好きな事をするのに役割だ何だと拘る事ではないのではないか。・・・その事に気付いた時、儂の心は自由になった。弱くなることに恐れる必要が無くなったのだ。」


「おじいちゃん?でも、さっきのおじいちゃんはとても強かったと思うよ。史上最強?は良く分からないけど、僕が知っている中で今のおじいちゃんが一番強くてカッコイイと思うよ。」


「わはははは。ユウキに認めて貰えたのは何よりうれしいな。実はな、皮肉なことに弱さを受け入れたと同時に強さへの道を見つける事が出来たのだ。簡単な事だったよ。強くなる道は一つではない。今まで自分が強いと思っていた根拠を捨てれば別の道があると気づく事が出来た。」


「さっきの戦い方がそうなの?両手の剣と両手の魔導具、アスミさんとの連携も制御していたよね。僕はおじいちゃんのロジックサーキットが増えたのかと思ったのだけど・・・。」


「そこだ。今の儂は二つのロジックサーキットがある。だが、行動制御は五つだ。儂は気付いたのだ。先に挙げた英傑は皆がフェンネルだったのか?否、フェンネルの名など歴史の中では片鱗も表われる事はなかった。フェンネルの他に強くなる道はある。中でも破壊王シヴァだ。両手両足に剣刃(けんじん)を備え、四つの(やいば)を縦横無尽に振るったと言う。人は、意識を分けられるのだ。たった一つの心を分けて幾つもの事を同時に熟す事が出来る。驕っていたのだ。天賦の能力に甘えてそれを磨く事を怠っていたのだ。」


言葉を切ったゴーザが後ろを向いてユウキに顔をみせた。

笑っていた。

遊びに行く子供が待ちきれないとでも言う様に。


「ロジックサーキットを失って初めてその事に気づけた。幸いフェンネルの精神は意識の分割にも適性が高い。お前が見た鍛錬はあえて一つの意識だけでしていたのだが、もう少しで三つの行動制御をモノにできそうだ。今はまだ全部で5つが精一杯だが、すぐにもう一つは手に入れる。先は長いが死ぬまでには必ずお前を抜いて見せるぞ!ふはははっ、楽しいぞ!強くなる。儂はまだまだ強くなれるのだからな。」


日暮れ間近の森は薄暗かったが豪快に笑うゴーザはゆっくりと歩みを進めて行った。

その背中の小さな影は目じりをゴシゴシと押し付けながら嬉しそうに笑った。




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