壊れた英雄 14
それはゴーザとアスミが奮闘する様を眺めながら呆れた様子で肩をすくめた。
「君たち人間は本当に無駄な事をするよね。」
ユウキの傍らに立つアウクシシーが独り言の様に言葉を漏らす。
そこにはユウキに対する些かの嘲りも、挑発も、見下す気持ちもなかった。
猪が畑を荒らしたからと言って飼い豚を殴る者はいないのと一緒だった。
それに他にも切り札を持っているのか群体蜂を凌がれた焦りは欠片も見られず、その仕草には余裕が感じられる。
実際、古木と化した吸精大樹の脅威は計り知れず、たった二人の探索者が逃げる以外の選択をする事など常識的に考えれば在り得ないのだ。
今はこの程度の魔物しか集まっていないが、酔花香は風に乗って遠くまで届き、時間を置けばもっと厄介な魔物が際限なく呼び寄せられてくる。
その上、吸精大樹自身も攻撃力・防御力共に高く、アウクシシーが居る限り無限に再生して力が尽きる事は無い。
現状維持に四苦八苦している程度では歯牙にもかけないのは道理だった。
「だからさァ、いい加減に諦めて君も大人しくしていなよ。」
アウクシシーの呟きを無視して横たわったユウキは虚の内側から大樹へ攻撃し続けていた。
しかし外皮程の強度はないにも拘らず風の刃では傷一つ付かず、神殺しの力もそこに宿る精霊には届いていなかった。
だからと言って右手の剣から炎で攻撃しても表面に薄く焦げ跡が付く程度。
もう一つの能力である冷気の攻撃は遠距離には対応できないので現状では使えなかった。
(せめて動く事が出来れば・・・)
効かない攻撃、碌に動けない身体、苛立たせる様に喋り続ける幻。
治癒された右足がズキリと痛み、死が全てを終わらせる事さえ許されないのだと語っていた。
「ねぇ、もう大人しくしていなよ。あっちも直ぐに終わるんだから何をやっても無駄だよ。君にとっても素直になった方が良い事があるかもしれないしさぁ。」
「・・・・」
「えっ、何か言った?」
「・・・・ない。」
「言いたいことがあるならハッキリと言いなよ。」
口元に耳を寄せたアウクシシーが首を傾けて子供らしい白いうなじを見せた。
ノロノロとナイフを持ち上げてユウキが首筋を薙ぐと真っ赤な血が火山の様に吹き上がった。
「うわァーーー何してるのさ。馬鹿なの?君は言葉も状況も絶望さえも理解できない馬鹿なの?」
「お前の望む通りになるくらいなら死んだほうがましだ!」
自分の首から流れる血で真っ赤に染まりながらユウキが獰猛な笑みを浮かべた。
「僕は言ったよね。『身体を大切にして』って、何回も言ってるよね。それに君が何でここに入れられたか覚えていないの。君が怪我をしたから治療する為なんだよ。治療できるんだよ。僕の方こそ言いたいよ。言っていいよね。君の思い通りに死なせる事なんて無いからね。」
蒼い光を灯したツタがスルスルと降りて来てユウキの首に宛がわれると噴き出す血流は徐々に高さを減じて治まってゆく。
頭を上げてその様子を見たユウキの目には先程までの覇気は消え、右目を閉じたその顔は仮面を被っている様に何の表情も読み取れない。
そして、おもむろに口を開くと治療を終えて離れようとする蒼い光に噛み付いた。
「ちょ、ちょっと何するのさ!」
大きな口で噛み付いているユウキに答えられる筈もその気もない。
代わりに眩く輝きを増した檻のランプが虚の中を蒼白い光で染め上げた。
檻のランプ
それは、あの騒乱の時に何度もユウキを助けた治癒の魔導具、その核となるエリアルだ。
9系統の重ね掛けによる膨大なセレーマを受け、エリアル本来の能力を大きく超えた治癒の力はユウキの傷つき麻痺した身体を急速に癒してゆく。
ユウキはこの機会を待っていた。
足の骨折を治療された時に痛みの感覚が戻ると分かっていた。
それから動かない身体で檻のランプを捕まえる方法をずっと考えていたのだ。
「えっ、何。何で動けるの。」
立ち上がり、両目を見開いたユウキが戸惑うアウクシシーを睨みつけた。
両手に持つ剣とナイフの柄をカツンと打ち鳴らすと、剣の柄尻が割れて細長い隙間が姿を現した。
一方のナイフは鍔が倒れて刀身を挟むと一柄三叉の歪なヘラの様に変わる。
そして左の刀身を右手の柄に差し込むとカチリッと幽かな音を立て、握りを伸ばした一本の剣と変わる。
右の剣は炎と冷気の二種類のエリアルを宿した魔導兵器、その銘は冬夏。
一方、左手のナイフは常に持ち歩ける様に小ぶりな形になったが風のエリアルを組み込んで遠距離攻撃と退魔退神の力を宿す。
その銘は春秋。
今、その二つが一つになり、ゴーザが隠した真の武器が姿を現した。
但し、これを扱うにはユウキの重ね掛けしたセレーマでも力が足りない。
だから
「「「「「「「「「ウォォォォォォォォー―――――――!」」」」」」」」」
タルタロス・サーキットを閉じたユウキが荒ぶる感情のままに叫んだ。
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ユウキにとってタルタロス・サーキットは気付けば足元にある影のようなものだ。
あの幼い日に心が壊れて以来、自分では贖い切れない感情にユウキはずっと耐え続けてきた。
悲しみ、怒り、絶望、恐怖
ともすれば自己を壊しかねないそれらの感情を心の虚空へと流す事で平静を保つことができた。
それは無意識の防衛本能だったのだろう。
その結果としてユウキの心は凶悪な感情に支配される事はなくなり、冷静で欲望に囚われる事のない独特の精神構造を持つに至っている。
だが、これではダメなのだ。
冷静である事、それは周囲の情報を収集分析し続け、自から他への行動を制御してゆく事に他ならない。
自他を認識している時点で自と他が一致する事はなく、情報の収集・分析・制御の為に精神は複雑化して重なる部分を削ってゆく事になる。
双生児爆発に関する限り、この冷静さは最大の弊害だった。
もっと単純で全てを染め上げてしまうような、感情的でヒステリックな濁流が必要だった。
だから意識的にタルタロス・サーキットを閉じて高めた闘志で意識を塗り潰してゆく。
―――ヴォッ、ヴォヴォヴォッ、ヴォヴォヴォヴォヴォヴォッ―――
噴き出す烈風が纏う炎を千切り飛ばし、抗う炎が再び勢いを増して刀身を倍に伸ばした程の炎と成る。
そこにバチンと音がしそうな勢いで右目を閉じると、騒がしい赤い炎は静かな青白い光に変わり、研ぎ澄まされた超高熱の炎の剣へと姿を変えた。
「斬火―――!」
脇構えで突進して剣を壁に突き立てれば、熱で焼き、風で削り、高温高圧の熱気が組織をボロボロに崩してゆく。
「滅びの風」
やがて目元まで差し込まれた剣から湧き出した想いは枝葉の隅々にまで届き、そこに宿るものを覆い尽くした。
トードリリーに叩き込んだ完全一致した双生児爆発に比べれば重なる部分は半分程だろう。
だが通常の9系統重ね掛けが精神の1割に満たない事に比べれば次元を幾つか越えた強さと言えた。
神にも満たない精霊にこれを耐える術はなかった。
「ギャァァァーーーーー。」
全ての葉を落とした巨木が動きを止め、集まった魔物が本来の姿に戻ったのはそれから間もなくだった。




