壊れた英雄 12
「飛炎斬!」
飛来した炎の斬撃はアスミに襲い掛かろうとしていた捕食肢を焼き切った
そこへ駆け込む男は行く手を阻む数多の捕食肢を次々に斬捨て、忽ちアスミの下へ辿り着く。
「アスミくん大丈夫か。」
「ありがとうございます、私は大丈夫です。ですがユウキくんが・・・」
「凡そは見当がつく。それより神素の空白地帯でこの吸精大樹はどうしたことだ。しかも古木ではないか。」
「私にも判りません。ユウキくんが吸血ツタを見つけたと言った直後に引き摺られて、気がついた時にはこの状態になっていました。ユウキくんは最初に掴まったまま今はあそこに・・・。」
「檻に入れられたか・・・厄介だな。」
その檻は近づく事さえ難しい上に竜種の鱗と牙に匹敵する樹皮と針葉に囲まれた鉄壁の要害でありこじ開ける事は困難を極めるのだ。
だがその一方で檻の中にいるのであれば、当面は安全でもある。
元々が獲物を殺さない為の器官だからだ。
吸精大樹の檻は入口を格子状の針葉で塞がれているだけなのだが、そこは魔物の体内とみなされて3日の期限で白華が起こる事はない。
他の魔物に襲われる事も白華によって法で裁かれる事もないので、徐々に衰弱してゆく事にはなるが数日中に死ぬことはないだろう。
だから一旦退いて再度挑む事も戦略としては間違いではなかった。
だが、
時間を置いて力を蓄えるのは攻める側だけではない。
古木と化した吸精樹が十全の力を発揮すればどれ程の日数、どれ程の犠牲が出る事になるか測り知れなかった。
今、戦力は二人だけとはいえ中心まで数シュードの距離にいる奇跡を手放すのは余りにも惜しかった。
「ユウキ!聞こえるか。」
「おじいちゃん!?何でここに・・・」
空白地帯とは言えカウカソスの街中程度の神素は漂っている。
精度は落ちるがドールガーデンで周囲の状況は観ていたがそこにゴーザの姿はなかったのだ。
これはゴーザの装備にドールガーデンで観え難くする能力がある為なのだが、その事をユウキは知らなかった。
「必ず助ける。だから・・・足掻き続けろ!」
「ああっ!もう!また邪魔者が増えた。いい加減にしてよ!。」
アウクシシーがイラついた声を出すと枝葉の中に真っ赤な蕾が現れる。
「何だ!いきなり蕾が出来るだと。くっ、拙い、開花する!」
ゴーザの剣が炎を巻き上げ枝や梢の花を焼き落として行ったが、如何せん大樹は大きく枝葉は広く繁っている。
いくらゴーザでも一瞬で枝葉の奥や樹上にある全てを消し去ることはできなかった。
やがて花が開き、甘い香りが辺り一面に漂い始めた。
「酔花香だ!気を付けろ、魔物が来るぞ。」
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆
古木と化した吸精大樹が恐れられるのは、この酔花香によるところが大きい。
漂う香りは周囲の魔物を集め、自身を護衛させるが如く戦わせる事が出来た。
吸精大樹の古木を討伐しようとする者は多種多様な数十数百の魔物を相手にしなければならず、一国の軍隊を当ててさえ幾多の犠牲を覚悟しなければならない脅威となるのだ。
「アスミくん、援護するから君はスタヴロスにこの事を知らせてくれ。」
ゴーザは背中合わせに立つアスミに静かに声を掛けた。
ここからは身内を助けたいゴーザの我儘だ。
他人のアスミを巻き込むことはできない。
「気遣いは無用です。それに私には見習いの指導者として最後まで見届ける義務があります。」
応えるアスミの声には些かの恐怖も高ぶりもない。
アイスドールの名に相応しく全ての感情が凍り付いたかの様だった。
「ふっ、では背中は任せる。・・・お互い死力を尽くそうぞ!」
探索者としてその覚悟に応えるのは信頼。
ゴーザが右手に炎を大剣を、左手に水切りを構えた。
遠くから低く響く羽音が押し寄せて来る。
黒い影は時に薄れて空の青が透けて見えるかと思えば、時に黒々と濃さを増して影を落とし、空を這いずる様に形を変えながら近づいて来る。
それは幸いだと言うべきなのだろうか。
表われた場所が低層だった為に直ぐに集まる魔物はネズミや蛇の魔物化した物、小鳥や虫程度の脅威度が比較的低い物がほとんどで、これらだけであればゴーザやアスミが対処に困る事は無いものだった。
これがコルドランの深層であればやってくる魔物は脅威度がAやBの物ばかりになり、1体でも死力を尽くさざるを得なくなる所なのだ。
不運だったのは唯一注意が必要になる蜂の魔物の巣がこの近辺に幾つもあった事だ。
通常であれば巣を離れれば群体化しない蜂の魔物が群体蜂のまま向かって来ていた。
その数5つ
皮肉なことにその中には先程までゴーザが相手にして“あえて殺さなかった”2つも含まれている。
だが後悔はしない。
焦りも迷いもない。
目の前にある山がどんなに高くとも、越えると決めたのなら自分に出来るのは次の一歩を踏み出す事だけだからだ。
腹の座った大人達と異なり、この事態に焦りを覚えたのは最も安全(?)な場所にいるユウキだった。
先程までゴーザは2つの群体蜂を相手にして能力の限界を垣間見せた。
殺さない手加減をする余裕があったとはいえ、今度は操られて死力を尽くすまで退く事のない相手が5つ。
それに加えて絶え間なく再生する捕食肢が戦いを複雑化し、大して脅威にはならないが無視するわけにもいかない他の魔物が足元を脅かす。
例えアスミが加わったとしても生き残る道があるとはとても思えなかった。
その上、アウクシシーがいる。
どの様な手段を用いているのか不明だが、次々と状況を深刻化させた存在がこのまま何もしないとは思えない。
ゴーザ達が耐えきったとしても何の気まぐれで更なる脅威を出現させるか分からないのだ。
碌に動けないユウキにできる事、ユウキにしかできない事はアウクシシーを倒す事だ。
8つの重ね掛けをしたナイフを握り、虚の入口に姿を見せるのを只管に待った。
「あはははっ、何をしても無駄だよ。早く死んじゃってよね。」
ゴーザとアスミを嘲笑いながら、アウクシシーを乗せたツタが動き回る。
ユウキの事は既に意のままになると思い込み、無造作にユウキの前を横切って行く。
だが待ち構えたユウキがこのチャンスを逃す事はない。
「風刃!」
放たれた神殺しの風が幼い姿の精霊を二つに切り分けた。
「もう直ぐ来るよ。もう来るよ。君たちを殺す黒いのがすぐそこまで来てるよ。」
アウクシシーはユウキの風刃が通り過ぎた事にも気づかずにゴーザ達を煽っていた。
驚いたのはユウキだ。
上級神と並んだトードリリーさえ追い詰めた力が全く効いていない!
「なんで通じないんだ!神と精霊は違うの?でも神格が上がれば神になれると言っていたのだから本質は同じはず・・・なら何で!」
最早ユウキの事など意に介していないアウクシシーはフラフラと動き回り、風刃は何度もその身を切り刻んでいる。
何度も
何度も
何度も・・・
そして何度斬ってもアウクシシーは振り向く事さえしない。
ユウキの自信が揺らぎ、セレーマの集約が見る影もなく落ちて行った。




