壊れた英雄 9
ユウキの足元で踏みつけた吸血葉が動き出し、続けてツタが足を持ち上げる様に太くなる。
バランスを崩して後ろに倒れそうになったが、足を押えられたので持ち直す事が出来た。
「ありがとう・・・?」
しかし目の前には誰もいない。
ドールガーデンで観ているので解ってはいたが、突然の事で考えが着いて行かない。
足は『押えられた』のではなかった。
手首ほどになったツタが葉と共に絡みつき、抜け出せない様に咥え込まれたのだった。
(拙い!)
右手に持っていた剣で直ぐに斬り払おうとしたが、先に足元を掬い上げられて尻餅をついてしまう。
この時点でユウキの意識は本格的な戦闘モードに切り替わった。
とは言えアスミやゴーザであれば足元の異変に気付いた時点で既に態勢を整えていただろう。
しかし『遅い!』と言うなかれ。
コルドラン初心者のユウキがこの変事に対応できただけでも大した事なのだ。
右目を閉じてタルタロスサーキットを開けば、それまでユウキが感じていた喜怒哀楽は遠ざかり、氷の様に冷たい情景が意識に広がって行く。
しかし鞘に納めていたナイフを左手に握った直後、猛烈な勢いで足を引かれて為す術もなく木々の間を引き摺られて行く。
落ちた枝や小石が引き摺られる身体の下で細かなダメージを積み重ねた。
下草の中には危険な魔物も混ざっており、刃車草がナイフのような葉を振り回し、絡め茨が棘の生えた枝を広げて少しでも多くの種を植え付け様と迫ってくる。
しかしそれらの小さな脅威はユウキの皮鎧を欺く事はない。
ゴーザが用意した装備は子供の物としては考えられない程の性能を持っており、こんな低層の魔物に傷一つ付けられる事はなかった。
木々の間を文字通り縫って進み、何度も幹に当たりそうになるのを何とか躱して耐え凌げば開けた場所で太いツタが一点から生えているのが見えてきた。
盛り上がったツタの中心が吸精ツタの株だ。
そこには針金の様に固く鋭い針葉が華の様に中心から広がり、捕らえた獲物が運ばれてくるのを待っていた。
運ばれた生き物を無数の針葉で串刺しにしてその存在全てを養分として喰い尽くす―――それは口であり胃袋なのだ。
(クッ!早くツタを斬らないと・・・)
だが引き摺られている状態では足元に手を伸ばす隙が無い、態勢を整えられない。
(あの中心に移される時に一瞬とはいえ持ち上げられるはずだ。チャンスはその時!)
だが、この異常な事態はユウキの決意を待ってくれるほど素直ではなかった。
普通の植物が神素の空白地帯で吸血ツタに変わり、その吸血ツタが在り得ない速度でステージアップして吸精ツタになった。
同じことがもう一度起こる可能性は考えてしかるべきだが、この切迫した状況でユウキにそれを求めるのは余りにも厳しい過ぎるだろう。
ユウキの目の前で株から出る太いツタが捩れるように絡み合いながら一つに編み込まれ、固く太い一本の幹に変わって行った。
幹の途中からは数本のツタが横に絡み合いながら伸びて枝となり、余った物は紐の様に垂れ下がって地面に広がって行く。
中心に目を向けていたユウキは編み込まれるツタに引かれて右へ左へと振り回された揚句に、体勢を立て直す間もなくひと際太い枝から吊り下げられてしまった。
「クッ!意表を突かれて対応できなかった。だけど、動きの止まった今なら・・・。」
ユウキの筋力なら逆さづりの状態であってもツタを斬る事ぐらいは容易く出来る。
いや、出来たと言うべきか。
経験不足と言ってしまえばそれまでだが、この時に考えるより先に動いていればまた違う展開があったかもしれないが、結果的にユウキは後手に回り更なる脅威にさらされる事になる。
「見ぃーつけた。」
嘲笑うかのように場違いな子供の声がした。
「君がアストレイア様が目を掛けている子でしょう?良かった。誰かに抜け駆けされるんじゃないかと気が気じゃなかったよ。」
耳元で聞こえた声に驚いて振り向くと緑色のローブを着た子供が持ち上げられたツタに座っていた。
直前までユウキのドールガーデンにはユウキと追いかけてくるアスミ以外の人間はいなかった。
他から移って来たのでも、隠れていたのでもない。
突然そこに湧いて出たのだ。
「君は誰!僕をどうする気だ。」
その唐突な現れ方と空白地帯に発生した濃密な神素が如何なる存在なのかを表していたが、
それでも聞かずにはいられなかった。
「僕かい?僕はアウクシシ‐。植物の成長を司る精霊だよ。そう、精霊・・・まだね。噂だと君を取り込むと格が上がるそうじゃないか。僕もそろそろ神格に手が届くと思うんだよね。だから、養分になってもらおうかなと思ってね・・・君を待っていたんだよ。」
「勝手な事を!誰がそんな事を利くもんか!」
何か得体の知れない不気味さがこのアウクシシ‐と名乗る精霊から感じられた。
すぐに縛めを断ち切って距離を取る必要があった。
しかし
(あ、足に力が入らない!)
吸精ツタがステージアップした吸精樹は獲物に巻き着けた捕食肢から生命力とでも言うべきものを直接吸収する事が出来た。
気付かぬ内に靴の隙間から侵入した細い枝根がユウキの素足に張り付いており、急速に精気を吸われて足が麻痺していたのだ。
そして今はまだ足だけではあるが、麻痺は徐々に全身を蝕んで行きやがて死に至る。
己の生命力を吸われる喪失感は根源的な恐怖を呼び起こした。
「ぅ、うわぁぁぁーーー!」
タルタロスサーキットを開いているユウキがその恐怖に支配される事はなかったが、自然と早くなる呼吸と脈拍は時間が残り少ない事を教えていた。
「火縄!」
右手の剣にセレーマを注げば噴き出した炎が鞭と成ってツタを焼く。
ブスブスと煙を上げて表面を炭と化したが内部まで焼き尽くす事は出来なかった。
「くっ、もう一度!」
再び炎を纏った剣を振り上げたが、今度は炭化した組織が炎を遮り最初ほどの効果が無い。
その上
「させないよ。」
吸精樹の吸い上げる量が上がり胸まで麻痺が広がって腕が自由にならなくなってくる。
このままではツタを焼き切る前にユウキの命が尽きてしまうだろう。
「・・・ふ、風刃!」
左手のナイフを何とか持ち上げて刃と化した風を当てるが切断するまでにはいかない。
このナイフにはあえて低級のエリアルが使われているので幾ら重ね掛けをしても噴き出す風が増すだけで切れ味を良くすることはできなかった。
だが起こした風が炭化した部分を削ぎ落とし、内部の組織をむき出しにした。
ここにもう一度火縄を当てればユウキを吊り下げておく強度はなくなるだろう。
だが
「腕が・・上がらない!」
意識はあるのでセレーマを籠める事はできるものの、もはや狙いを付けらる余力は失われていた。
「・・・あれ?『取り込む』って聞いたから吸ってみたけど、普通にお腹が膨れるだけで神格が上がる気がしないなぁ。やり方が違うのかなぁ。」
アウクシシーが止めているのか、それ以上生命力を吸われて麻痺が広がる事はなかったが、どうにもできない状況に変わりはない。
「そうだ!『取り込む』って言うならこうすればいいか。」
アウクシシーがポンッと手を叩くと4度目の変異が起こり、樹高は軽く10シュードを越え、幹の太さは5人掛りでも囲えないほどになった。
何よりも大きな違いはユウキの足を咥え込んでいた葉が大きくなり、細く長く固く多く変わって針金の様に成り、その咢の中に獲物を閉じ込める籠となった。
ユウキは逆さ吊りからは解放されたものの針葉によって作られた籠の中で身動きできない状態で吊り下げられた。




