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支天神話 ― 片翼の大神に目を付けられた僕は妹の未来のために足掻き続ける ―  作者: ゆきと
閑話 壊れた英雄

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壊れた英雄 7

そこには

不規則に伸び縮みを繰り返す黒い塊が二つ、大蛇の様に絡み合いながら宙を舞っていた。

時に霞の様に希薄になり、時に闇を凝らした様に濃さを増す。

その一つ々々は手の平にも満たない小さな蜂の魔物(アピス)に過ぎないのだが、幾千幾万匹の個が集まって一つの生き物の様に機能し始める時、それは群体の魔物(クラスター)―――軍隊蜂(アル―ス)と言う別の魔物として扱われることになる。

この魔物は群体(クラスター)故に剣などの武器が通用せず、討伐には爆炎系または氷結系の範囲攻撃が必要とされる厄介な魔物だ。

幸いにも巣に近づかなければ軍隊蜂(アル―ス)化する事はなく、気づかなかった場合でも独特の警戒音を発するので余程愚かな探索者でもない限り襲われる事はまずありえない。

そして仮に軍隊蜂(アル―ス)化している所に出会ってしまったとしても巣から離れてしまえば軍隊蜂(アル―ス)蜂の魔物(アピス)に戻るので難を逃れるのは比較的簡単な事でも知られていた。


それなのに、その男―――ゴーザ:フェンネルは二つの群体の魔物(クラスター)が飛び交う真ん中で剣と鞘を手にして足を止めていた。

通常であれば瞬く間に黒玉のように取り付かれて蜂毒と酸欠と熱で殺されてしまう筈なのだが、何故か軍隊蜂《アル―ス》達はゴーザに取り付けぬままその周りを回り続けている。

その理由の一つはゴーザが手にしている愛刀水切りとその鞘。

斬る叩く以外の攻撃方法が無い二つの得物ではあるが、一度振られれば十匹近いアピスを地に落とし、それを瞬き一つする間に三度四度と縦横無尽に走らせて『剣の結界』とでも言うべき状態を作り出していた。

だが相手は数の暴力を体現する群体の魔物(クラスター)

例え幾ばくかの仲間がやられたとしても次々に押し寄せて来る上に、『線』でしか攻撃できない剣では周囲全てから『面』で押し寄せる敵に対応しきれるものではなかった。

しかしゴーザに抜かりはない。

装着した乱流の指輪タービュランス・リングを向ければアピスの飛行能力を妨げて容易に接近を許さない。

途切れる事無く剣戟を放ちながら、握りを変え、手首を返し、太刀筋を工夫しては万遍なく指輪を向けて蜂の接近を阻み(はばみ)続けていた。

この緑色の貴石のついた指輪は向けた先の気流を乱す効果しか無く、本来は矢などの飛来物に対して命中率を下げる効果しか無いものだが、アピス程度の大きさであれば真っ直ぐに飛ぶことは出来なくなってしまうのだ。




激しい攻防の末に全ての(アピス)が地面に落とされた。

残心を解いたゴーザがその場を離れて『ほぉ』と息を吐くと下草を踏み分けて少し奥まった所に進み一本の木の幹に背中を預けて凭れ掛かる。

水入れを傾けた後、軽く腕を組んで目を閉じた姿は休んでいる様にも考え込む様にも見えた。


しばらくすると地面を埋め尽くした中から1匹の蜂がフラフラと飛び立って己の巣へと戻って行った。

これほどの数であれば倒しきれなかったモノがあっても不思議ではない。

その後、先の一匹の羽音に起こされたのか続いて数匹の蜂が浮き上がり同じ様に巣へと戻って行く。

そして更に数匹

更に数十匹

やがて黒い雪の様に地面を埋め尽くした魔物は次々に飛び立ち、後には変わり映えのしない地面だけが残された。


ドールガーデンで全てを観ていたユウキは余りの絶技に声が出なかった。

ゴーザはあの緊迫した戦闘の中でさえ相手を殺さずに撃ち落とす余裕を残していた。

この場面を観てもその技量が計り知れないと分かるだけで、以前のゴーザと比べてどうなのか、ましてやゴーザが壊れているのかどうかなどユウキ如きに判断できるものではなかった。


それから1ザード程の休憩を挟み、ゴーザは再びアピスの巣へと近づいて行く。

先ほど立っていた場所に戻り、小石を二つ投げると二つの巣から軍隊蜂(アル―ス)が襲い掛かって来る。

その動きは先程と同じか上回ってさえいるかもしれなかった。

ゴーザの休息は自身の為というよりも蜂の回復を待ってのものだったのだ。

そしてまた絶技が繰り出されて軍隊蜂を無力化してゆく。


だが


何処かが不自然に感じられた。

言葉に出来るほど明確ではないのだが、ゴーザらしくないとでも言うのだろうか、ユウキの心の奥に何か違和感の様な物が纏わり付いて離れなかった。


そんなユウキの疑問を知らず、ゴーザと軍隊蜂の戦いはもう直ぐ終わろうとしていた時だ。


『カツンッ!』


乾いた音を立てて刀の峰に薙ぎ払いの鞘が当たってほんの僅かに動きを乱した。

だからと言って何かが変わる訳でもなく、前と同じようにアピスは地に落ちゴーザはまた離れて目を閉じた。


「もういいです。アスミさん帰りましょう。」


俯いたユウキが元来た道を戻って行くのをアスミが慌てて追いかける。


「ユウキくん!どうしたの?」


問い掛けるアスミに首を振っただけでユウキには答える事が出来なかった。

声を出したら泣き出してしまいそうだったからだ。


(おじいちゃんは・・・壊れていた!僕のせいで・・・)


ユウキの観たゴーザは両手の剣技と指輪の魔導具による3種類の同時行動制御を行っていた。

そのどれもが常人には及びもつかない絶技ではあるが、別の見方をすれば『それだけのもの』でしかなかった。

例えれば見知らぬ3人の強者が無理やりチームを組んでいる様なもの。

一人々々がどれ程強力な力を持っていたとしても連携を取れなければ1+1+1が3にすら成り得ない。

3つのロジックサーキットを持つ、『かつてのゴーザ』ではあり得ない事だった。

それでも並みの者には並び立つ事の出来ない境地であるし、探索者として多少の制限が掛かるとしても不足ない練度ではあるだろう。

だが自分に厳しいゴーザが自身の弱体化を受け入れてまで探索者を続ける事が出来るのか。

答えはあの厳しい鍛錬に現れているのではないか。


(僕がおじいちゃんの生きがいを奪ってしまったんだ。)


ユウキは重くなった足を黙々と動かし続けた。

転倒蔓が倍の強さになった様に感じられた。





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