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負け組勇者と残念魔王 ⑧

 「なあ、オリエ」


 ヨアキムの授業の後、真勇人は昼食に向かうオリエの肩を叩いた。


 「なに」


 振り返るオリエは、どこか不満そうだ。

 あまり表情を多く見せない分、オリエが不満そうにしているとそれだけで、妙な迫力を感じてしまう。

 声をかけた真勇人の方が緊張した面持ちになる。


 「うっ……。あのさ、今からちょっと話でもできないか?」


 「おはなし? 今、そんな気分じゃない」


 ツンと顔を逸らすオリエ。

 少し心が折れそうになりながらも、構わず声をかける。


 「まあまあ、そんなこと言うなよ。ほら、今から昼休みだろ? いつもみたいに、購買のパンぐらいだったら買ってやるよ」


 颯爽と歩き出していたはずのオリエが急停止をする。


 「……それがどうしたの」


 (今日は頑固だな)


 普段なら、パンだろうが菓子だろうが、人間が口にする食べ物なら喜んで駆け寄ってくるはずだった。そんな子犬的な彼女の姿を期待したが、その姿を見ることは叶わなかった。

 今までにない出来事に驚きつつ、なおも食い下がる。


 「オリエ、腹減っているんだろ。だったら、今日は学食でもおごるよ」


 「――が、がくしょく……」


 わなわなと肩を震わせながら、オリエは真勇人を見る。

 勇者学園の学食は、ピンからキリまで幅広い価格のメニューを用意している。生まれも育ちも多種多様の学生が多いための配慮と言える。しかし、そんな学園側の配慮からポツリと浮き出た例外がオリエだった。

 その日の食事でさえありつけるかどうか怪しいオリエにとって、学食とは憧れの空間であった。

 ついこの間も、移動教室の際に学食の前に通りかかったオリエは、頬を朱に染めて恋する乙女の眼差しで学食を見つめていたことを真勇人は覚えていた。


 「真勇人、今日は凄く卑怯」


 何かと戦っているようで、オリエは眉間に皺を寄せながら悩んでいる。

 今、一歩だと真勇人は言葉を続ける。


 「三千円」


 「さんぜ……えうぅ?」


 困っときに出る奇声が、オリエの口から漏れる。

 まだ足りない、さらに言葉を付け足す。


 「三千円までなら、好きなメニューを注文してくれて構わない」


 オリエに三本指を立ててみせる。


 「……」


 当の本人であるオリエは絶句していた。

 いよいよ、オリエの家庭環境が気になりだした頃、ふるふると首を動かした。縦に。


 「ほんとうに、いいの?」


 ゆっくりと上目遣いに見てくるオリエに対して、笑顔で返す真勇人。


 「もちろんだ。俺から、誘ったんだ。これぐらいさせてくれよ」


 不満を絵に描いたような表情を、ふわっとほころばせた。


 「――真勇人、ほんとうにいい嫁」


 それがイエスの返答だということを、真勇人は瞬時に理解した。


 「現金な奴だな。……そりゃどうも」


 スキップでもするように、スカートを普段より舞い上げて歩くオリエは実に楽しそうだ。ほっと胸を撫で下ろし、学食を目指すその後ろをついていく。


 (高くつく、「おはなし」になっちまったなぁ)


 心の中でこっそりと呟く。

 先を進むオリエは、距離の離れた真勇人を何度も振り返る。その目は、散歩する犬のように「早く早く」と訴えていた。


 (でもまあ……オリエのこんな表情が見れるなら、それほど悪いもんでもないか)


 小さく手を振るオリエへと駆け出した。

 



                ※


 真勇人とオリエは、学食に入ってすぐに、こそこそと心無い言葉に晒される。


 ――やだぁ、G組が学食使っているよぉ。


 ――見ろよ、G組の奴らだぜ。あいつらの近くに座ったら、役立たずが移るぜ。


 G組は食事をする時間、教室を利用する生徒が大多数だ。目立つ場所で食事をするとなれば、嫌でも人の目に入る。それは、自分達が差別の対象だということを意識することになる。

 目立つのは真勇人も本意ではないので、真勇人は三百五十円のきつねうどんを頼み、オリエは千八百円のオススメ定食スーパーAセットを手に角のテーブルに腰を落とした。

 向かい合うように座り、頬を大きく持ち上げて喜ぶオリエを見る。


 「うまいか?」

 

 ずるずるとうどんをすすりながら真勇人が問いかける。


 「紛れもなく美味」


 特大のエビフライを尻尾まで食べながら、答えるオリエ。

 味気ないように感じて、七味を入れながらオリエに問いかけた。


 「なあ、オリエ。さっき、何であんなに怒っていたんだ」


 まずは、最初に気になっていたことを口にした。


 「アイツがむかつく」


 口を尖らせて言った。


 「アイツ? アイツて、ヨアキム……先生か?」


 「……うん」


 少し間をおき頷く。

 真勇人もヨアキムに対して良い印象は持ってなかったが、オリエの考える不満は何か別なものに思えた。事実、オリエは訳もなく人を嫌いになるような人間じゃないことを真勇人は重々知っていた。


 「確かに、俺もアイツのこといい先生には見えなかった。だけど、お前が特定の誰かを嫌いになるなんて珍しいな」


 箸を止めるオリエ。


 「ねえ、真勇人は……。魔族のことをどう思う?」


 「なんだ、お前までその話をするのか。そんなの、今の俺達には関係ない話だろ」

 

 「……教えて、今の真勇人の気持ちを」


 オリエの口調に真勇人は口を閉ざす。

 オリエの本気を感じ取り、それを本音で返す。


 「分かったよ。正直、魔族にはいいイメージはないよ」


 真勇人の言葉を聞き、オリエは小さな肩をさらに小さくさせる。

 だけど、と本音を続けた。


 「G組だし、まだ勇者でもない俺は何も知らない。だから、これから知っていくさ。……勇者になれるかどうかなんて分からないけど、俺は魔族を嫌いになるほど知ってもいないし、好きになるほど語ったことがない。まあ、俺の答えは結局――」


 弱々しく揺れる瞳が、真勇人を視界に入れた。


 「――分からない、だ」


 オリエは、信じられない生き物を見るような目で真勇人を見る。 


 「なんだか、少し複雑」


 「俺の答えもムカつくか?」


 ううん、とオリエは口角を上げて首を振る。


 「だけど、ちょこっと嬉しい」


 そう言いながら、オリエは真勇人のうどんの上にコロッケを乗せた。

 

 (感謝の気持ち、かな)


 汁の中に沈んでいくコロッケを見ながら、真勇人は苦笑を浮かべた。

 真勇人は身を乗り出して、内緒話をするように声をかける。


 「……この間、俺に使った力て凄い特別なものなんだろ」


 一瞬、オリエはきょとんと呆けた顔を見せる。


 「力……? うん、そう」


 妙に歯切れの悪い返事に不思議に思いつつ、真勇人は言葉を続けた。


 「あの時のさ、助けてくれたお礼をしたくて、いろいろ考えたんだけど……どこか遊びに行かないか」


 「遊び? ……遊びって、二人であそび……」


 オリエは驚いたのか目を丸くさせた。淡く朱に染まる頬。


 「ああ、まあな」


 「でも、遊ぶようなお金は……」


 「それは気にするな、無茶な金額じゃないなら、俺が出してやるから」


 訝しげに真勇人の顔を見るオリエ。


 「体、目当て?」


 「意味もよく分からないまま、使うのはやめようねー。今言った通りだ、ちゃんと聞いておきたいこともあるし」

 

 オリエの力は、何か特別な感じがしていた。これだけ魔法が発達した世の中でも、オリエの能力は浮いてるように思えた。

 あれから真勇人自身でも、過去の勇者の能力の事例とかを調べてみたが、同じ力を持ったものの記述はなかった。傷を完全に治癒させることのできる勇者はいたが、それは生きているものの話。それこそ、最初の五人の勇者ほどの力がなければ、完全に死体となった人間を生き返らせることなどほぼ不可能だ。

 オリエに何か負担はないのか、自分の体は結局どうなのか。

 オリエが隠したがっている話題を勇者学園では、なかなか話をするタイミングがないと判断した真勇人は、オリエを遊びに誘うことを計画したのである。無論、感謝の気持ちが含まれているのも事実である。

 オリエは真勇人の言葉の裏の真剣な気持ちを読み取ったのか、小さく頷いた。


 「……うん、それなら、行く」


 「おう、じゃあ今度の日曜日な。目的地が決まったら、また連絡するよ」

 

 再び、オリエはどこか嬉しそうに頷いた。

 一番に聞きたいと思ったことは聞くことは出来なかったが、なんとなく満足してしまった真勇人は黙々と食事を続けた。

 それからの食事は、影でなんと言われようが、馬鹿にされようが、その声が耳に届かないほどに楽しい時間に思えた。真勇人は、オリエに対して確かな信頼感を感じていた。

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