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負け組勇者と残念魔王 ⑦

 真勇人がオリエに命を救われてから、数日が経過したある日。

 G組の教室の黒板の前では、数日前に突然赴任してきた新任の歴史教師が自己紹介をしていた。目鼻立ちが整った顔、金髪の長髪を後ろで一つ結びにして、長い前髪を煩わしそうに払う姿すらも絵になるような美青年だった。――名前は、ヨアキム・ハーメ。フィンランド人の彼は、黒板に丁寧なカタカナ文字で書かれていた。

 一度、講堂で全校生徒の前で自己紹介をした時も、一部の学園生がキーキーと黄色い声を上げていた。既にファンが多いようで、廊下を歩けば、どこぞの女子が数名くっついて回る姿を男子学生は恨めしげに見る光景が日常化しつつあった。


 (ま、俺にはどうでもいいか)


 教室のいつも席。ぼんやりと窓に映る自分越しに、外の風景を眺めていた真勇人は、あの日のことを考えていた。真勇人にとっては、アイドル教師のことよりも、さらに重大で深く考えなければいけないことがある。

 窓から、目の前の席のオリエへと視線を向けた。

 あれからオリエの様子は特に変わった様子もなく、翌日からも普通に腹を空かして、真勇人が食事を分け与える日々を過ごしていた。

 何も変わらず、少し残念で穏やかな日常。何ら変わらない毎日、それでも真勇人とオリエの関係に何らかの影響を与えていた。しかし、真勇人は異常に気づくことはできても、その異常を具体的に示す言葉は持ち合わせていなかった。


 「――近衛君。こんにちは」


 「うわぁ!?」


 突然、前方で自己紹介をしていたはずのヨアキムが、真勇人の机の横に立ち、ぬっと顔を近づけていた。


 「なんだか、ずっと遠くを見ていたので、何事かと思いまして」


 流暢な日本語で話をするヨアキム。

 こちらに向ける笑顔では、どこか作り物のようにも見えるほどに、よくできた笑い顔だった。


 言い訳するのもみっともないように思えて、真勇人は正直に言う。


「あー……すいません、考え事をしていました」


 目元を大きく曲げて、ニコニコと完成された笑顔を見せるヨアキム。


 「正直ですね。何か面白いものでもあるのかと、気になったものですから」


 「いえ、特別には……」


 G組の面々の視線が真勇人に集中する。

 嫌な目立ち方に恥ずかしくなり、ヨアキムから目を逸らす。


 「学生時代は、いろいろ物思いに耽るものです。しかし、授業中だということをお忘れなく」


 最後まで、底の知れない笑顔を残し、再び黒板の前に戻るヨアキム。


 (まったく、いきなりなんなんだよ)


 心の中で毒づいたことを気づかれたかのように、オリエは背後の真勇人へと首を傾ける。


 「怒られた」


 小さな声でそれだけ言えば、再びオリエは顔を前へと戻す。

 真勇人は、考えていても仕方がないと壇上に立つヨアキムに意識を向けた。

 さて今から授業に入るのかと思ったが、手に持った教科書を机の上に置いた。そして、前のめりになりながら両手を机に突いて、深い青の瞳を大きくさせた。


 「今日は僕の最初の授業ということなので、僕という人間のことを知ってほしくて、これからは最も僕の興味のある話をしようと思います」


 美形にしかできないような、はっきりとした笑みを見せるヨアキム。


 「この世界の魔族について、どう思いますか。……君はどう思う」


 前の席に座っていた一人に声をかけた。

 前方の席に座っていた男子生徒も、もともと授業にやる気を持って受けていたわけではないので、突然の出来事に慌てて席を立つ。


 「え、えーと……わ、私達、勇者の敵であり、人類の敵です?」


 やはり劣等性で、たどたどしく話をする。

 これは怒られるか、とクラス全員が身構える。しかし――。


 「――大正解です。そうです、僕達の敵なんです」


 ――嬉しそうに頬を緩めた。


 「確かに、人型の魔族は魔物達と違って会話もできれば人に近い思考も持っています。それだけ聞くなら、僕達勇者と何ら変わらない存在。人の形をしながら、強大な力を持つ僕達と同じだと言う人達もいます。同時に、彼らの共存を訴える人間達も少なからず増えています」


 しかし、と言葉を続けるヨアキム。


 「それは、正しいことなのでしょうか。魔族は、魔王と魔物達と一緒に人類の絶滅ギリギリまで追い詰めた過去があります。それは消せない、そして今もなお、人類を手にかける魔族は山のようにいます。考えられますか? 当たり前に生活していたら、突然現れた異形の怪物に捕食される。バリバリモグモグムシャムシャゴクンゴクン。頭から、丸呑みなら、まだ幸福な方ですよ。そして、彼らを指揮している上位の存在が……誰か分かりますか、近衛君」


 いきなり呼ばれたことに戸惑いながらも、真勇人は席から立ち上がる。


 「……魔族、ですか?」


 ヨアキムは満足そうに頷く。反対に、座れるような雰囲気じゃないことを感じ取り、真勇人は短く返答するだけのはずが疲れた顔を見せる。


 「嬉しい回答です。そう、どれだけ我らと近いと言えても、結局は人類を殺し尽くそうとした魔王の一味。皆さん、よくお聞きください。例え、魔族が私達と同じように生活していたとしても、奴らは一切合切、滅ぼしてください。油断すれば、魔族は僕達を殺そうとしている。ほら、すぐそこにでもいるかもしれませんよ。ねえ、近衛君」


 ヨアキムの視線に君の悪さを感じていた。

 まるで心の中をじろじろと覗き込まれるような、いやらしさを思わせた。


 (なんだ、この先生。やたら、声をかけたがるけど……何かしたか、俺)


 「そうかもしれないっすね」


 「気のない返事だねえ」


 挑むような目の奥の輝きを感じ取り、真勇人は少しムキになりながら返事をする。


 「先生がどう言おうと現実感がないから、分かりませんよ。俺はまだ一年生ですし、なんせここは」


ヨアキムは真勇人より先に口を開く。その意図は、彼の発言を直接的なものに変えるために。


 「――G組、だからですか」


 はっきりとした発言に、真勇人は眉をぴくりと動かして苛立ちを覚える。一部のクラスメイトも、表情を曇らせていた。

 真勇人やオリエのように、自分が落ちこぼれであることを認めて状況に妥協している人間もいれば、未だにG組になったことを不満に思う人間がいるのも事実だった。あえて、G組でこの手の話題をあえて持ち出す教師に、真勇人は少なからず怒りを感じていた。


 「ええ、そうです。俺達は、G組ですよ。このクラスは、ほとんど勇者になれる者はいない。そんな俺達は、魔族と相対することなんてないですよ」


 肯定する。真勇人は、授業にも目標に対しても無気力だが、現実は受け止めていた。

 ヨアキムは面白そうに口元を歪めた。少しだけ、美形の中の歪な悪意を感じさせた。


 「近衛君、面白いですねえ。僕、少し気に入っちゃいそうですよ」


 「……席に着いていいですか」


 「あ、その前に一ついいですか。僕が言いたいのは、身近に魔族のような存在が入り込む可能性があるということを言いたいかったのですよ。……そうだねえ、例えば、近衛君の前の席の麗しいお嬢さんとか。その場合、近衛君は彼女から命を狙われることになるんだ。あぁ、おそろしいぃ……すぐ近くで、知識を高め合っていた学友と殺しあわなければいけないなんて。それが、勇者の使命なんですから、しょうがないですよねえー」


 わざとらしく、まるで舞台役者のように身振り手振り話をするヨアキムの目は、前方のオリエを見つめていた。


 (この先生は、オリエを魔族と言いたいのか?)


 オリエの肩が小さく震えていた。魔勇人の方からは、どんな顔をしているのかは分からなかったが、それでもヨアキムに対して何らかの良くない感情を抱いていることが伝わってきた。

 すぐさま、返事を返す。


 「コイツが、魔族なんてことはありえません。――先生、冗談でも言って良いことと悪いことがあるはずですよ」


 視線がぶつかる。好奇の目と怒りを含んだ目。そして、ヨアキムは肩をすくませて笑みを作る。


 「――なーんて、冗談ですよ。みなさん、びっくりしたでしょ! みなさんも、G組だからとか考えずに勇者候補生なんだという自覚を持ってほしくて、怖い話をしちゃいました! ……ほんと、ゴメンナサイ!」


 両手をパンと叩き合わせて、深く何度も頭を下げた。

 緊張状態だったG組の教室が、ヨアキムのコミカルな動きで少しずつ柔らかいものに変わった。

 真勇人は席に腰掛けながら、未だに左右に頭を下げまくるヨアキムを落ち着かない気持ちで見ていた。これ以上考えても仕方ないと、得体の知れないヨアキムから視線を変更する。

 別の不安要素、オリエを見た。先程の彼女は、どこか怯えているようにも見えた。オリエは、いつもマイペースなのだが、こんな彼女から感じたことのない違和感は真勇人には初めてのことだった。


 (授業が終わったら、オリエに声かけてみるか)


 密かに考えて、ただただ毒気の抜けた授業に耳を傾けた。



                   ※



 授業が終わり、教室から出てくるヨアキム。

 来た時よりも軽い足取りで、廊下を歩き出す。


 「こんにちはー、先生!」


 「次の授業、先生が代わりにしてくださいよー」


 「先生、あのぉ……恋人はいるんですか」


 次から次の寄って来る女子生徒をうまく避けながら、彼の頭の中には、G組のある二人の姿が思い浮かぶ。


 (本当に、面白いな。やはり、追いかけてきて正解だったか)


 心の奥底で、これからの自分の行動が次の段階に入ろうとしていることを考えるとゾクゾクと気持ちを高揚させた。

 ふと、一人の女子生徒がヨアキムの前に立ちはだかる。


 「ねえ、先生! さっきの質問に答えてくださいよ!」


 「質問?」


 「彼女ですよ、カ、ノ、ジョ!」


 やかましい子供だ、ヨアキムは優しい笑顔の裏側でそう思う。

 そんな感情など、相手に感じさせないように、それっぽく考えるように視線を泳がせれば、ヨアキムは女子生徒を視界の中央に定めた。


 「今は恋人はいませんね。ちなみに、募集もしてまえん。だけど――」


 「だけど?」


 女子生徒は期待と不安の入り混じる目でヨアキムを見る。

 この女は何を期待しているんだ、と半ば呆れながら返答する。


 「――今、凄い夢中になることができたんですよ」


 そう言えば、ヨアキムは大きく口元を歪ませて笑った。

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