負け組勇者と残念魔王 ⑥
真勇人は目を覚ました。
暗闇。そして、人の影。闇の中にぼんやりと肌色が浮かぶ。その肌色は、ぐちゃぐちゃに歪んでいた。
「ここは……」
頬に温かい感触。真勇人の顔は濡れていた。
彼は涙を流していないし、ここまで玉になるような汗をかいた記憶もない。考えられるこの液体の原因は、他者の涙。
暗闇の中に薄く浮かぶその涙の理由を見つめた。
「なに泣いているんだ、オリエ」
流れる涙を拭うともせずに、真勇人の顔を揺れる瞳でオリエは覗きこんでいる。
オリエは、感情を表に出すことが少ない。そんな彼女が、ここまで気持ちを露にすることに真勇人は不謹慎だと考えながら新鮮に思っていた。
「……真勇人が死んじゃったかと思って」
「俺が死ぬわけ……あれ?」
体が思うように動かない。
安心させるために、腕の一つでも動かそうと思っていた真勇人は、自分の体の異変に気づく。
オリエは少し驚いたように口を開け、すぐに閉じる。そして、ゆっくりと首を横に振った。
「今は、まだ体の調子が戻らないだけ」
「でもな」
「大丈夫」
「だけど、この体勢のままていうのも、なかなか恥ずかしいぞ」
自分の状態に気づく。
真勇人は、オリエに膝枕をされていた。オリエの顔は真勇人の視界から反対の位置にあった。
未だに不安そうな瞳を前に、真勇人は口を閉ざす。代わりに、ある疑問を口にする。
「どうかした、真勇人」
心配事でもあるのか、そんなオリエの口調。
首は動くようで、頭に膝の柔らかな感触を心地よく思いだした頃に首を動かした。
「どうもこうもない、俺には一番聞きたいことがある」
途端、オリエは思い当たることがあるようで、表情を暗くする。
「なに?」
「――俺は死んだはずだ。どうして、生きている?」
真勇人の記憶には、確かに先程の不審者によって首をへし折られた過去があった。
あの時、自分の死を感じていた真勇人は、今ここに平然とクラスメイトの女子の膝に頭を預けている自分なんて想像できなかった。
最後の死の間際の、恐怖と絶望感は間違いなく本物だ。
「それは……」
オリエは見るからに狼狽をする。
「オリエ?」
しばらくの間、オリエは悩みの表情を見せる。
二度三度、胸の内を語ろうとするが、開閉を繰り返す。そして、意を決して、その可愛らしい口元を大きく開けた。
「――一度、死んでいる。だけど、生き返った」
「……そうか」
「驚かない?」
「まあな。一度、死んだからかもしれないが、あまりびっくりはしないな」
教えてくれ、真勇人は視線で言葉を促す。
オリエにとって、目の前の彼は非情に大切な存在だ。だから、彼女は彼を守りたくて大切にしたかった。――だから、彼女は行動で言葉で彼を守る。
オリエはうろたえていた表情を、無に近い涼しいものに変える。
「驚かないで聞いてほしい。貴方は、私の力で救われたの」
「オリエの力? でも、お前は確か無能力者だったじゃないか」
「本当は違う。私にも固有能力がある。その力は、死んだ人を生き返らせることができるもの」
「死んだ人を生き返らせる、だって? それ、本当なら凄い力じゃないか。俺、そんな力聞いたことないぞ」
こくり、と小さくオリエは頷く。
「だって、誰にも話をしたことないから。真勇人がはじめての人。……これ、ほんと」
こんな状況だというのに、オリエの「はじめての人」という言葉にドキッと跳ね上がる心臓を気にしながらも、真勇人は疑問を投げかける。
「なんで、誰にも話をしてないんだ。それだけの力があるなら、すぐにでもB……いや、A組にだってなることができたはずだ」
「実を言うと、私の力は使うために制限が多い。それに、これだけ珍しい能力だと、狙われる危険性がある。……と、父も言っていた」
視線は泳ぎ、どこかもじもじとしたオリエ。
真勇人は、オリエに訝しげ視線を向ける。
(コイツ、何か隠しているな……)
疑問はあった。だが、真勇人は、泣き腫らした瞼のオリエにこれ以上追及することはできないと判断した。
(なんにしても、オリエが俺を助けようとしてくれたのは、間違いないんだ)
真勇人はオリエの頭に手を乗せると、優しく撫でた。
「えうぅ」
嬉しいのか小さく奇声を上げるオリエに苦笑をする。
「なんにしても、助かった。ありがとう、オリエ」
疑問や不安は置いておこう。そして、とりあえず彼女には感謝の言葉を告げよう。
真勇人は、気持ち良さそうに撫でられるオリエを見ながら、そう思っていた。
先程まで襲撃者に操られて、背後で倒れている男のことなで忘れたオリエはなでなでを堪能し、真勇人はその顔に安心を感じていた。
これから、数分後。異常を察知した警備員がやってきたため、二人は大慌てで教室から逃げ出すことになる。だが、そんな未来を知らない二人は、ただただ穏やかな時間の中に浸っていた。