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負け組勇者と残念魔王 ④

 時刻は既に夜の九時前。陽は落ち、空は暗い。どんよりとした星を隠すほどの厚い雲は見上げる人を不安にさせ、家路に着こうとする人達の足を急かす。

 一部の学生を残し、ほとんどの学生は既に帰宅している。もしくは、部室や運動場で帰宅の準備をしているところだ。

 そんな中、真勇人は学生カバンを抱えながら、校門への道をとぼとぼと歩く。その姿は、まるで迷子のような哀愁を漂わせている。

 精神的にも身体的動作としても小さくなった体は、今日何度目かのため息を吐く。

 あの後、能力測定に参加していないことを担当の先生に言いに行くと、反応は予想外のもので、むしろ逆に謝ってきた。


 ――こっちの書類漏れがあったみたいで、学園側のミスが原因でもあるんだ。


 むしろ、気づかなかった自分達が悪い、と先生が謝ってきたので。


 ――いえいえ、そんなことはないです。こっちも、うっかりしていました。すいません。


 社交辞令のような簡単な謝罪な言葉を並べる真勇人の心の中は、罰を受けなくても良くなりそうだと安心感が充満していた。

 再び先生が謝り、いえいえ、と真勇人が言う。これを二度、三度繰り返す。こちらも悪いのに、それでも自分の非を声を大にして謝罪を告げる先生に好感を覚えるが。

 真勇人には、既に罰を受けなくて良い時点で、早くこの時間を終わらせることしか考えていない。だが、後に尾を引かせるわけにもいかないので、一応の謝罪の形を示しておく。

 さあ、そろそろ、こちらが引いて社交辞令を終わらせようと思った矢先。


 ――そこまで言ってくれるなら、悪いけど……測定の片付けの手伝いをしてもらってもいいかい? 遅くなるから、学生寮の方には連絡しておくね。


 少し申し訳なさそうに言う先生の表情に頬が引きつるのを感じながら、真勇人は心で渋々、顔は笑顔で頷いて返した。

 そして、先生の言う通りに遅くなったため、こんな時間に校門から出ようとしている。


 「もう、今日は早く寝よう……」


 心底、疲れた声で言う。

 校門手前の一定の間隔で左右に続く外灯を見ながら、今日の片付けのことを思い出していた。


 (オリエもさっきまで待っていたみたいだけど、もう帰ったのかな。明日もアイツに朝飯を持っていかないと……あ)


 あることに気づき、慌ててカバンの中を探る。


 (ない。ない。ない……)


 探しても探しても、カバンの底を突いて見ても、中身をひっくり返しても、目的のものが見当たらない。――オリエに渡したタッパーが無くなっている。

 オリエから、タッパーを返してもらった記憶はない。考えられるとしたら、自分の机に入れてくれているか、オリエが自分で机の奥にしまって放置しているかのどちらかだ。

 そのどちらの予想も、確実にやらなければいけないことは一つだ。


 「とりあえず、教室に戻るしかないか」


 今日は不幸な日だ。

 なんて心の中で呟き、さらに深い人の恐怖感を増長させるような暗闇へ向けて歩き出した。

 真勇人の不幸が、これだけで終わらないことを知らずに。



                 ※



 校舎の暗闇の中。

 無数の影が動く。この学園の用務員や生徒など、数はざっと見ても二十名以上。

 目は焦点が合っておらず、口からは唾液を流し、どの人間も両腕はだらりと垂れ下がる。――その姿はまさしく人形そのもの。渡り廊下でひしめき合うその人形達の前方には一人の女子生徒。

 学園の制服は着ているが、顔は見えない。その理由は、黒いニット帽を深めに被っているからだ。普段は被ってはいないが、この異常な集団の気配を察した辺りでカバンから取り出して被った。

 追いかけられていた彼女は勇者学園の生徒であることを利用して、校舎内に入れば、異常な彼らも撤退するのではないかと甘く考えていた。

 学園内に入れば逃げるどころか、数は増えて入り込んだ廊下の通路は両側が集団によって塞がれている。今なおも、じりじりと両側の集団は距離を詰めてくる。

 女子生徒は、舌打ちをした。


 「……結界か」


 先程から、この周辺には誰も近づかない。いくら暗くなったからといっても、警備の人間や実践経験のある先生が気づいて、ここに向かってきてもおかしくないはずだ。

 これだけの異常に来ない理由。それは、この空間が元の空間から切り取られた結界。魔法で作られたもう一つの世界。そこに女子生徒と集団が閉じ込められた。そして、理由はそれだけではない。


 「――勇者の仕業か」


 勇者学園の中で、これだけのことを起こしても、誰にも止められない。

 それは、学園の関係者。さらには、勇者として、それなりの力を持った者だ。

 一体、誰からの攻撃なのか。今のところ、判断ができない。……判断はできないが、彼女には狙われる理由はすぐに理解できた。


 「っ……!」


 背中側に立っていた男が、女子生徒に飛び掛ってくる。

 半歩飛んで、軽い身のこなしで男を避ける。直後、反対側からは男子生徒が飛び出してくる。

 脇をくぐり抜けて避けてみるが、次から次に集団は女子生徒に襲い掛かってきた。

 女子生徒は風の中をひらひらと舞う紙きれのように、伸びる腕の中をするりくるりとくぐり抜けて行く。ただ、回避していくだけでは、埒があかないことに気づいた女子生徒は横の壁を蹴り上げて、空中で反転して男の頭にカカトを落とした。

 女子生徒の体重の何十倍ものの重さの乗った一撃を受け、不恰好な体勢で廊下に頭を強打した男は、鼻から血を流して動きを止めた。

 目の前で集団の内の一人が地面に伏せているというのに、他の人間達は何事もなかったかのように再び襲い掛かってくる。


 「全員操られているの。……もういい、私が会いに行くから」


 女子生徒は疲れたように言えば、集団の中に飛び込んでいく。そして、乱戦の中で、圧倒的な力でその集団を制圧していった。

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