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負け組勇者と残念魔王 ③

 真勇人は昔の出来事を思い出していた。

 G組になったことを知らされた時点で、入学当初の熱意は消えうせ、やる気のない自分だけ残った。

 他に別の学校に入学することなんて考えていなかった。それには、特別な理由はない。第二志望、第三志望という発想は入学前の自分は考えもしていなかったのだ。当たり前に勇者になり、雑誌やテレビで騒がれるヒーローになると夢想していた。

幼い日からの憧れの存在になることばかり考えていたが、事実上の役立たずであるG組だ。そして、合格を知らせる掲示板には、四十名ほどの学生のG組の番号が張り出されていたが、五月になった今も退学を悩む生徒が何人もいる。

 中学の友人には笑われ、ほとんど飛び出すようにでてきた実家には帰ることもできない。

 入学してしばらくは学生寮でもG組だというだけで馬鹿にされ続けた。その先にあるのは、やさぐれる日々。

 怒られることもなく、だらだらと寝坊して通学することが日常化した頃、入学してから最初の能力測定の日。

 もしかしたら、まだ上に上がれるかもしれない。

 淡い希望で挑んだが、まともに訓練もやらなかった真勇人の能力測定は散々な結果だった。

 沈み込んだ気持ちの前に現れたのは、G組も能力持ちでさえも超えられない壁を越えていくオリエの姿だった。無能と言われ続ける人間が、見下す人間を超越するその姿に心が躍った。

 元よりオリエという存在は、その容姿から目立つ方ではあったが、彼女が彼にとっての学生生活の中心になったのは、それからだった。

 どのような感情か真勇人にはうまく説明はできないが、確かに彼女の姿に希望をのようなものを感じていた。

 相変わらず、無気力なことは変わらないが、遅刻と授業をサボるような真似は彼女との出会い以降はやめることにした。

 それから一週間ほどして、真勇人は科学の授業で行われた魔法薬の実験で泡を吹いたオリエを真っ先に保健室に運ぶことになる。

 オリエと友達になりたかったからずっと目で追いかけていたのかもしれないな、と今更ながら真勇人は思う。

 保健室の先生が治癒魔法の使える先生だったので、五分もしない内に元気を取り戻したオリエ。


 「どうして、あんなものを食べたんだ?」


 先生が用意してくれた水をガボガボ豪快に飲んでいたオリエは真勇人を見る。

 一度、訝しげに見るが、敵意がないと判断したのか口を開いた。


 「……お腹空いていたから」


 「は……? おなか……? ダイエットでもしているのか」


 急にもじもじとするオリエ。

 この頃の真勇人の中には、オリエに対してお金持ちの令嬢のイメージが未だに残っていた。

 

 「――貧乏だから。うち」

 

 どちらかといえば、無表情のことが多いオリエだが、その白い肌を僅かに赤らめた。

 なんだか、真勇人は彼女に恥ずかしい思いをさせた気がした。

 どうにかこの顔を喜ばせたいと思った真勇人の口からは、あっさりとこの提案が出てきた。


 「もしも、またお腹が減って困ったことがあるなら、俺が飯を食わせてやるよ」


 おぉ、とオリエはその目を輝かせた。

 キラキラとしたその目を見ながら、これはえらい提案をしてしまったかもしれないな、と思った。

 事実、毎日困っているので、毎日食事を提供することになるのだが……不思議と後悔はなかった。

 これが、真勇人とオリエの出会い。

 


                  ※


 (オリエ……あれ……?)


 記憶の中の思い出に浸っていれば、視界がやたら広いことを知る。気が付けば、自分の周囲には誰もいない。過去の記憶を見つめていた思考は、眼前に広がる光景へと意識を向ける。

 そこには一人、運動場を見つめながら、ニヤニヤしていた真勇人がいるのみ。


 「あれ、あれれ、あれれれ!?」


 慌てて立ち上がり周囲を見回すが、先ほどまで座っていた集団は見当たらない。まるで、自分だけが突然どこかに瞬間移動をしてしまったかのような錯覚を感じる。ちなみに言うなら、先程まで測定をしていたオリエも影一つない。


 (まさか、俺……)

 

 「――なにしているの、真勇人」


 その声に振り返れば、頭一つは低い位置さから真勇人を見るオリエ。真勇人の脳裏に嫌な予感がよぎる。


 「あ、あのよ、聞きたいことがあるんだが……」


 オリエは不思議そうに首を傾げた。


 「なに」


 「他の奴ら、知らないか」


 「他の男子?」


 「そうそう、そうだよ!」


 考えるようにオリエは、視線を泳がせて、しばらく真勇人の顔を見てから口を開いた。


 「たぶん、教室」


 教室、という言葉に真勇人の心臓が跳ね上がっていく。

 まさかまさか、という気持ちが湧き上がる。

 真勇人は、それでも認めたくないと、さらに疑問をぶつける。


 「きょ、教室か……。能力測定の途中のはずだよな」


 そして、そこで初めてオリエは眉を顰めた。

 コイツ、何を言っているのだ。訝しげな視線が、真勇人に突き刺さる。


 「なにを言っている、真勇人。――能力測定、終わったよ?」


 終わった……終わった……終わった……。オリエの言葉が脳内に響き、少しずつフェードアウトしていく。

 よろよろと倒れこみ、四つん這いの形になった真勇人。

 顔は思いっきり下を向き、足元に生い茂る雑草がサラサラと風で揺れる。その程度の風でさえ、今の真勇人にとっては弱りきった心と体を吹き飛ばせそうな気がする。

 ここまで真勇人がショックを受けるには理由があった。

 能力測定をサボるような生徒には、罰が与えられる。授業をサボっても、先生の評判や成績に影響を与えることがあっても明確な罰を与える先生は少ない。だが、この学園の目的である次世代勇者の発掘というのは不良と見なされ、厳しい罰を受けなければいけないのだ。

 しかも、それは学園町が決めたり、サボった能力測定の担当の先生が決めたりと、はっきりとした罰が決まっていない。だが、一つだけいつも決定していることは、勇者学園の生徒というポテンシャルを生かした罰になるのだ。

 常人では決してできるはずがない、広大な敷地を持つ学園の掃除を一日でやるように言われたり、先生の助手として危険な魔物の生息地で出向いたり、はたまた人手不足の学生寮の食堂の手伝いを一ヶ月させられる、などなど。

 他にもあるらしいが、入学して半年も経ってない真勇人にとっては、それが知り得る限りの罰だ。それでも、真勇人とっては得たいの知れない罰をやらされることになるのではないか想像するだけで、クラクラと眩暈が襲う。

 オリエは中腰になると、真勇人の顔を覗きこんだ。


 「真勇人、体調悪い?」


 「……気分は悪いかな」


 オリエは落胆する真勇人の肩に手を置いた。


 「がんば」


 頑張れ、という意味だろう。

 真勇人は、なんだか無駄に切なくなってきた。


 「おう、頑張るよ」


 弱々しく言えば、さらに深く肩を落とした。

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