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負け組勇者と残念魔王 29

 膨れ上がることを止めない強大な魔力。大きく高く、限界など知らないほどに増大していく。

 オリエの体はふわりと頭一つほど浮遊をする。ただ、それだけのはずが、オリエが体を浮かせるだけで漆黒の魔力が衝撃波となって襲う。激しい魔力の波に飛ばされぬように、真勇人も前方に右手を突き出して己の魔力で障壁を張る。

 突風の叩きつけられた時の窓のように、真勇人の張った魔力の壁がガタガタと揺れて音を立てる。


 「これが、オリエの真の力かよ」


 今の魔王騎士としての真勇人だからこそ、同等の力を発揮できるものの、勇者候補生のままの真勇人ならば間違いなく体は粉々になっていたことだろう。ただ、オリエが足を浮かせた。それだけの行動で。

 もしも、こんな状態のオリエが街に向かうなら、勇者でもない人間達は姿を見ただけで命を消耗してしまうだろう。いや、例え勇者だとしても、今のオリエを止められるほどの人物は今の時代になかなかいないはずだ。


 (どちらにしても、今の俺なら耐えられない。それなら、俺だって!)


 体のどこか先の方、さらに奥に広がる暗闇の空間。その闇の中に手を伸ばす、一度掴んでしまえば手の平からべっとりと離れないと錯覚してしまうほどの嫌悪感。それこそ、ヘドロの中に手を突っ込むような気色の悪さ。


 (これが、魔王の持つ魔力か……)


 オリエと繋がることのできる真勇人が伸ばしている暗闇こそ、オリエの内側の魔王の魔力。今の開け放たれたオリエの内側には、魔王騎士の真勇人には容易くのぞき見ることができた。

 今のオリエを止めるには、自分も同じく魔王に近づくしかない。力に溺れる前に、力を受け入れることこそが、彼女を止める方法だった。

 だから、彼はそれを世界に満ちる大気のように当たり前に吸収する。


 「はぁ……くぅ……!?」


 激しい動悸が、全身に負荷を与える。体内に流れる血液が沸騰し、自分が力を持つのか力が自分を動かそうとしているのかという境界も曖昧になってくる。

 何故だか、今の真勇人の心の中には、力の暴走をした少女を救った日のことを思い出していた。

 あの時もこんな苦しくて絶望的な気持ちになっていた。そして、そんな状況でも自分を救ってくれたのはオリエだった。あの時、オリエが自分に力を貸してくれなければ、あのままゴーレムに押し潰されて死んでいた。

 どれだけ強くなろうとも、自分の力で誰かを救うことはできないのか。誰も助けることはできないのか。


 (俺は、どこまで行っても、G組で落ちこぼれなのかよ!)


 前面に張る魔法障壁にヒビが入り、片手で作り出していたそれを両手で補うように再び障壁を作る。先程より頑丈になって、揺れることもなくなったが、足を動かすこともなく地面を滑るように距離を詰めるオリエを前にそれも長くは保つことはできないだろう。


 「オリエ! 俺の声が聞こえないのかよ!? お前は簡単に自分の力に飲み込まれるほど弱かったのかよ!?」


 オリエの顔が真勇人を見る。それだけで、真勇人の体は矢に射抜かれたように鋭い電撃が走る。錯覚なのかもしれないが、それでも魔王に近い存在になった真勇人にただそれだけでプレッシャーを与えるオリエは、同等とか近いとか言葉を超越した――紛れもない魔王だった。

 その目には感情はない、目の前に存在するオリエの中には、きっと真勇人としての意識もなく、魔王騎士としても見てはいないだろう。そう思わせるには十分過ぎるほど、オリエの目はどこまでも薄暗く底の深い闇を映し出していた。

 その顔を見た瞬間、脳裏を駆け巡るのは幼い頃のオリエの顔。

 あの頃は全然笑わない奴だと思っていた。それでも、最後に見せたあの泣き顔は自分達との時間をどれだけ大切に思っていたかが伝わる。

 気が付けば、もう進むことはないと思っていた自分の足は再び前に進もうとしていた。

 次に思い出すのは、学園で出会ったオリエの顔。

 表情の変化が乏しいのは変わらないが、昔に比べれば随分と変化が多くなったように思える。最初は分からなかった微妙な変化にも気づくことができるようになり、一緒に遊びにも行って、いろんな顔を見ることができた。それは、きっとオリエを知りたいと歩き続けたからこそだ。

 そうだ、泣いているあの子を救った時だって、ただ前進をしていただけなんだ。あの時だって、前に進もうとしなければ、抗うことも救うこともできなかったんだ。


 (……もう難しく考えるな。俺は、まだオリエの手を繋いでないだろ。オリエと繋がっている俺なら、絶対に救うことができるはずだ)


 大きな一歩を踏み出した時、真勇人の目から迷いが消えた。


 「――うおおおぉぉぉ!!」


 急激に踏み込んだアクセルのように激しい音を上げて、真勇人の背後で爆発が起こる。

 前方に障壁を張ることをやめて、真勇人は前に進むことだけに集中して走り出した。

 真勇人を中心とした竜巻は、オリエの持つ禍々しい魔力の中に突っ込んでいく。


 「オリエ! ずっとずっと、待たせてごめんな! こんな俺を、こんなダメな俺だってことを知りながら、側で見ていてくれたんだな!」


 近づくこともままならなかったはずの二人の距離は縮まっていく。

 ひたすら前に進むために、真勇人のまとった魔力は形を変えて一本の剣のように鋭利なものになる。それは真勇人が、前に進むことを想像し、ただそれを実行するためだけに作り出した魔力の刃。

 真勇人は意味のないことだと思いながらも、必死にオリエに呼びかける。


 「もう俺は、お前を忘れない! お前がどんな場所に行っても、どんな存在だとしても、俺はもう逃げたりしない! 絶対に!」


 真勇人はオリエに近づけば近づくほどに、自分が強大な力に飲み込まれていきそうだった。

 まりに濃密な魔力を放出オリエを前にして、真勇人の視界は一面の黒に埋まる。それでも、はっきりと真勇人には目の前にオリエがいることが理解できた。


 「腹、減ったろ? 帰りに飯でも食いに行こう」


 どこか気の抜けた顔を見せる真勇人。オリエを怒らせた日には、決まってこれを口にする。どんなに不満な彼女でも、これを言えばイチコロだった。

 そんな、オリエから発せられるもの。


 「――くっ」


 オリエの周囲から二本の光線が放たれる。

 真勇人の右肩、左足を貫き傷口を焼く。激痛に顔を歪めながらも、真勇人はオリエに手を伸ばす。


 「なあ、オリエ――」


 はあはあ、と激しく乱れた呼吸でオリエの肩に触れた。

 オリエは表情一つ変えず、


 「――やっと、お前に届いたよ」


 オリエが光線を放てば、真勇人の胸元を貫通した。

 心臓の鼓動の間隔が短くなるにつれて、自分の人として終わりを感じる真勇人。弱くなるリズムと一緒に、死を通してなるべく自分を魔の方向へ魔の方向へと近づく。

 もう間もなく死に至る状態だということを把握しながら、真勇人は強くオリエをその胸に抱きしめた。


 「今から、お前を救い出す。大切な人の破滅を待つだけの俺になんて、なりたくない」


 真勇人は考えた。

 オリエの魔力がただ流れ続ける状態なら、その受け皿になればいい、と。他の人間にも魔族にも、その代わりはできない。できるとすれば、世界でただ一人だけ、これこそ自分だけにしかできない役割。

 自分という存在を使い、オリエの溢れ出した魔力を全て受け止める。それが、真勇人の出したオリエを救うための答えだった。

 真勇人は己の全ての魔力を放出すると同時に、限界まで近づいたオリエの魔力を全身に流し込む。


 「――いやあぁぁぁぁ!!」


 オリエの悲鳴が周囲に響き渡す。

 オリエから放たれる漆黒の雷が地を焼き、降り注ぐ魔力の雨が残された瓦礫を溶かしつくす。何百発という花火をその場で爆発させたような激しい光のシャワー。

 放流される魔力を受け止めつつ、自分の体が自分ではなくなっていく感覚。今までの比ではない、何度もこの数秒間の間に死んでいるようだ。いや、事実何度も真勇人の心臓は停止し、消滅を繰り返している。

 オリエから流れ込む魔力が、真勇人の生命を強引に呼び起こすと同時に、オリエの吸収されることを拒む魔力が真勇人の命を奪う。そして、それを何度も繰り返す。

 真勇人は動かすことのできなくなった口の代わりに心で語りかけた。


 (大丈夫、大丈夫さ、オリエ。安心していいんだ)


 真勇人は自分が何なのか分からなくなるまで、オリエにずっと語りかけ続ける。


 (オリエ、もう大丈夫だから)


 「――」


 声が聞こえた。世界は真っ黒の霧に包まれ、耳は聞こえない。どこか遠くへ行ってしまったのか、自分の体のどの部分が正常なのか異常なのかさえも分からない。

 それでも、目の前の大切な誰かの口は動く。


 「真勇人……」


 オリエがそう告げれば、その瞳から光が消えて、ゆっくりと崩れ落ちていく。

 真勇人は完全に失ってしまった心の中、オリエの体を追うように、その体を傾けた。

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