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負け組勇者と残念魔王 25

 場所は一度、真勇人の地元へと戻る。さらに、時間も逆行してオリエが絶体絶命のピンチを迎える数分前。

 真勇人は右の甲をしばらく見つめていたかと思えば、その場からくるりと背を向ける。


 「どこへ行くの! マユくん!」


 状況の飲み込めない夢音は、焦りの色をその顔に見せる真勇人へと声をかける。

 真勇人は、そこで一旦足を止める。


 「オリエが、俺の助けを待っている。きっと、今すぐ行かないと間に合わない」


 「そんなっ……! 今すぐて言っても、いくらマユくんでも時間かかっちゃうよ!」


 背を向けていた真勇人は、夢音に向き直る。


 「それでも! それでも、行かないといけねえ! これは、きっと……俺の責任なんだ」


 覚悟を決めた真勇人の表情に夢音は一瞬だけ言葉を失う。

 再び走り出そうとする真勇人に、はっと気づきオリエは大声を出す。


 「ちょ、ちょっと待ってて! 今、お母さんに行って車を持ってきてもらうようにお願いするから! お願い、それぐらいは手伝わせて!」


 すがるような夢音の声色。

 真勇人は、真っ直ぐに夢音の顔を見ながらしっかりと頷いた。


 「――ありがとう、頼むよ」


 「うん! ちょっと待っててね!」


 ポケットから電話を取り出すオリエを見て、真勇人はじれったそうに空を見上げた。


 (くそ、今こうしている間にもオリエは……)


 決して、夢音が悪いわけではない。むしろ、状況も把握できないままで良くしてくれていると思っている。しかし、それでも真勇人はイライラとその場を何度もうろうろと歩く。

 やっと電話が繋がったようで話を始める夢音をチラリと見て、行き場を無くした視線は何かできることはないかと右の手の甲を見る。真勇人に訴えかけるように輝く印を見つめた。

 力は貸すくせに、大事なところでは活躍しない。そんな自分の右手が恨めしく思う。


 「お前も魔王の力の端くれなら、もっと気合入れて力を貸せよ。これじゃ、お前なんて飾りと一緒だ」


 相変わらず光ってはいるが、何と文句を言おうが答えることはない。

 焦ったからといってプラスにはならないことは分かってはいる。しかし、ここでじっとしているだけの自分が無性に腹が立ち、気が付けば舌打ちをしていた。

 怒りも焦りも、真勇人は一つのことを考えてからこその心の乱れだった。


 「本当に、何をやってんだ……。俺、魔王騎士なんだろ。だったら、力を貸せ。――俺はアイツを救うために、アイツの側にいなきゃいけないんだろ!?」


 義務なんかじゃない、流されているわけではない。

 真勇人にとって、勇者学園に入学して初めて自分で考えて決めたものだった。

 強く祈りのように目を閉じ、真勇人は強く願う。


 (俺をアイツの元へ連れて行ってくれ)


 思い浮かぶ、一人涙を流しもがき苦しむオリエの姿。


 (頼む……いや、連れて行け)

 

 少しずつ確実に手の甲の輝きは大きくなる。

 淡いものだった光は強く、ギラギラとした輝きに変化していく。もし、夢音は手の甲をまともに見ることができれば、その眩しさにしばらくは視覚という機能を失っていただろう。


 (酷く熱い、手が痛む。でも、今は俺のことなんて、どうだっていい)


 手の甲を灼熱の鉄板の上に押し付けたような痛み。常人ならば、悲鳴を上げているだろう。しかし、今の真勇人にとって、その感覚を『痛み』と感じても、そこから逃げ出すような『苦しみ』には繋がらない。

 受け入れ続ける、『痛み』を。


 「急にごめん、うん……うん……」


 今の距離以上に遠くに夢音の声が聞こえる。そして、真勇人の耳にはとうとうその声が聞こえなくなった。

 体が世界に消えていく、薄くなっていく。そこにいて当たり前だと思っていた体が、曖昧で不確かな存在になっていくのを真勇人は感じていた。事実、真勇人の体は赤い光へと体を変化させていっていた。

 少しずつ確実に、魔王を守る騎士としての自分を受け入れ始めた真勇人には、次に目を開けた場所がどんな場所か理解できた。


 (今すぐ、お前のところに行く。――オリエ、お前のところに)


 直後、光が弾けた。


 「ありがとよ、夢音。俺、行くから」


 花火のように不可視の赤い光が、舞い上がれば、真勇人の立っていた場所には誰の姿もない。

 夢音の耳に届いたかどうか怪しい小さな一言を残して、真勇人は主のところへと旅立った。


 「ごめん、マユくんお待たせ! すぐに……あれ……?」


 その場を和まそうと強引に作った笑顔を向ける夢音。しかし、そこには誰の姿も見当たらない。忽然と消した真勇人、夢音にはどうして彼が消えたのか理解できない。それでも、どこか直感的にオリエは感じていた。


 「せっかちは何歳になっても変わらないね、いつもこうなんだから……」


 小さく、にしし、と子供のように笑う夢音。頼もしいことを言う幼馴染の顔を思い出して、気が付けば笑っていた。

 そういえば、と思い出す。


 ――勇者なら、困っている人のところへ一瞬で行くんだからな! どんなに遠くても!


 昔の真勇人は、真面目な顔してそんなことを言っていた。

 今のこの状況は、紛れもなくアレだ。


 「すごいじゃん、本当の――」


 おかしくなり、我慢できなくなった夢音は腹を抱えて笑い出す。


 「――勇者みたい!」


 知ってから知らずか、彼の消えてしまった方角を見て、清々しい笑顔を夢音は向けた。



                 ※



 真勇人は、閉じた瞼を開く。


 「はは……うそだろ?」


 そう口にするしかない状況に立たされていた。

 確かに、オリエへの元へと連れて行ってくれと願いはしたし、送ってもらったからには文句は言えないかもしれない。それでも、これは悪意すら感じる。

 強い風に煽られ、全身を風が駆け回っていく。この状況に、真勇人は顔を青くさせる。

 何故ここまで、真勇人が恐怖を顔に出しているのか。その理由は、彼の転移した場所が原因である。


 「ここで、どうしろっていうんだよ――!」


 堪えきれず、悲鳴のような叫び声を上げる。――地上から遥か遠くの空の上で。

 真勇人は上空に立っていた。正確には、落ちているともいえる。それも、思考し喋ることもできるほどに、地上までの余裕を持つ高い高い上空で。

 唐突な浮遊感から抗うように足を動かしてみるが、さすがに魔王騎士といっても空を飛ぶことはできないようで、それこそヒモ無しバンジージャンプを経験しているようだ。

 これは一体、どんな状態なのだろうか。自問自答を行ってみるが、それは答えに導くことはない。そろそろ、着地の準備をするか、腹を括るかしないといけないのか、などと考え出した頃。


 「ん……」


 何か強い強烈な気配を感じる。

 はっきりと目にするという意味ではなく、あそこに何かいるというのを、体中に流れる血液、自分を保護しているであろう魔王騎士としての魔力の波が指し示す。


 (いる、あそこにオリエが)


 そこは、ちょうど自分の真下。

 落ちていけば、まず間違いなくオリエの前に到達することができる。

 このまま落ちていけば、自分は死んでしまうのではないか。真勇人の脳裏をそんな疑問が横切っていくが、それはみるみる内に迫るオリエ。ふと、少しずつオリエの周囲の光景も確認できるようになる。

 迫り来る地面、それ以上に真勇人は危機に立たされているオリエから目を逸らすことはできない。

 今の真勇人にははっきりと理解できた。オリエに迫る巨大な魔力の塊。それは、ある意味では人の殺意を掻き集めたように、酷く禍々しいものだ。そして、殺意の波動が焼き尽くそうとしている標的は、守るべき大切な存在。

 その瞬間、真勇人の中から、人としての疑問は消えてなくなる。


 「このままじゃ、間に合わねえ」


 漂うだけだった体勢を変える。頭を下に足を上に。上下逆さまなカタパルトに乗り込んだ戦闘機のような攻撃的な戦闘準備。そして、射出する動力の代わりに魔力の蓄積されていく膝を曲げる。

 右手の甲の魔王の印は熱く輝き始める。もう痛みはない、真勇人の心は十分にその魔力を受け入れていた。

 真勇人はイメージする。ぐぅと縮んだ膝はバネ代わり、伸びると同時に射出する自分は超高速の戦闘機。誰にも止められず、ただ目標へ向けて突き進む。限界まで膨れ上がった想像は、真勇人に力を与える。そして、真勇人は両足を思いっきり伸ばした。


 「行っけぇ……!」


 実在しない射出機から発射された真勇人は、落ちていく速度の何十倍ものの早さで空から地に落ちていく。

 自分が今、どれだけ異常なことをしているのか知りながらも、真勇人の心は落ち着いたものだった。

 オリエの元までたどり着くまでの所要時間、僅か三秒。


 (どうすれば、オリエを助け出せるんだ。このまま、あの集団に飛び込んで混乱させるか)


 残り二秒、苦しげに顔を歪めるオリエの顔が目に入った。その足元には、オリエの逃避を妨げるために足を掴む男子生徒の姿。


 (ダメだ。今のオリエは身動きがとれない。このまま、奴らのところへ行っても、オリエを見殺しにしてしまう)


 「オリエエェェェ――!」


 気が付けば一秒、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。これは、気のせいではないはずだ。


 (オリエが、俺を待っている! 迷うな、俺のすることはただ一つ。まずは、そこからだ)


 オリエを救うために、抱きしめるために、守るために、受け入れるために両腕を真っ直ぐ伸ばした。


 「真勇人ぉ――!!」


 カウントゼロ。

 力いっぱいにオリエを抱きしめれば、まるで碇でも引っかかっているかのように重たいオリエの体。コンマの速度で視線を足元に向ければ、先程の男子生徒が視界に飛び込んでくる。オリエの足首を掴む彼の腕は、おかしな方向に曲がり、その腕のあらゆるところから血痕が見られる。

 真勇人は苦々しげな表情を一瞬浮かべれば、容赦なく男子生徒の腕を、未だに宙に漂う右足で蹴り上げた。


 (すまん、俺には守りたいものがあるんだ)


 骨が折れる音。何重にも重ねた紙をいっきに破りするような、複数の音が響き渡る。男子生徒の腕を支える骨が完全に砕け散る音だった。

 緩んだ隙を狙い、そのままオリエと一緒に地面を転がる。直後、抱き合う二人の背後を球体状の魔力の塊が横切っていく。背後、魔力が弾け、竜巻のような爆発が二人を襲う。殺人的な風を受け、二人の体は廃墟の瓦礫を転がり、下の階層まで落ちていく。

 手応えもなければ、予期せぬ来訪者に邪魔されたことを知ったヨアキムは悔しそうに頭を抱えて、髪を掻き毟った。


 「くっそぉ! ちくしょう! なんでだよぉ……なんなんだよ!」


 既に廃墟には一階と二階の境界はなく、高く積もった瓦礫の上にヨアキムとその軍勢が立つ。ヨアキムは、爆風に吹き飛ばされた二人を探そうと辺りを忙しなく見渡す。

 巨大な瓦礫が、横になる二人の姿を隠すように突き刺さっている。その影の中で真勇人は悲鳴を上げる体を強引に起こして、自分の胸元で驚きのあまり表情を固くするオリエへと声をかける。


 「だ、大丈夫か……。オリエ?」


 右肘で自分の体を支えつつ、瞬き一つしないその顔を見つめた。


 「どうした、おい」


 どこを見ているかも分からない人形のような目は、そこで初めて命を貰ったように真勇人の顔へと動く。


 「どうして、どうして……。助けにきたの?」


 泣いているのか、その目がざわざわと揺れる。

 面と向かって聞かれれば、真勇人ははっきりと答えられなくなる。たくさんの伝えたい言葉があるはずなのに、真勇人の口から発するものは、決意でも願いでもなく、彼がずっと言わなければいけないと思っていた言葉。


 「ごめん、オリエ。この間のこと、謝りたくて、ここまで謝りきたよ。……昔のことも、本当にごめん。オリエを傷つけちまったことをすっかり忘れていた」


 「思い出したの……? そうか、きっと私と契約したから……」


 一度、瞳の奥に嬉しさが混じる。それでも、すぐに視線を逸らした。

 オリエは言葉を続けた。


 「いや、謝るのは私の方。真勇人の辛い記憶を強引に思い出させ、記憶も操作した。……そんな私は、貴方の友達になれない。いや、なってはいけなかったの」


 苦しそうに過去のことを謝罪するオリエ。過去だろうが未来だろうが、彼女にとっては同じ罪なのだ。

 真勇人は腰を起こし、倒れていたオリエの体を起こす。


 「そんな悲しいことは言わないでくれ。……それなら、どっちもどっちてことでいいだろ。俺も悪くてオリエも悪い。もう、それでいいじゃないか」


 「でも、私は――」


 言ったことを否定するように、自責の言葉を発しようとするオリエの頭に手をおく真勇人。オリエは喉元から出ようとしたことは、とっさの出来事に飲み込んでしまう。


 「もう何も言うな。オリエは俺と友達でいたい。それは、俺も同じだ。それでいいじゃねえか。……友達だった俺達が、偶然に魔王でたまたまそれを守る騎士になってしまったってだけの話だろ。オリエは俺をたくさん助けてくれたけど、俺はまだ何もお前を助けちゃいねえ」


 オリエの表情は動かない。人よりも人形に近い、無表情。それでも、一つ、二つと頬を涙が流れていく。


 「こんな、私を許してくれるの?」


 よしよし、と頭を撫で、真勇人は満面の笑みを見せた。


 「許すもなにもないって。俺はもう謝らないから、オリエももう謝るな」


 うんうんと何度も頷くながら、目元をごしごしと擦る。

 真勇人は満足そうに頷けば、気が狂ったように「どこだ! どこだ!」と叫ぶヨアキムの声が耳に届く。


 「話なら、後でゆっくりとしようぜ。――まずは、あの耳障りな奴をぶちのめすところから始めるぞ」


 オリエはこくんと頷く。目元に残る涙を真勇人は、その指先で拭う。

 真勇人の優しい動作に、頬を赤くする。


 「うん、真勇人となら、絶対に負けない」


 オリエの表情には、迷いはない。

 数分間までの、ただ憎しみだけに心を燃やすオリエではなくなっていた。  

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