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負け組勇者と残念魔王 24

 まず最初にオリエに飛び掛ってきたのは、学園が一つ上の男子生徒。

 右腕が急に膨張し、大きくなったかと思えば、その腕はあっというま体毛に覆われ、その五本の指先には人の手ほどの大きさの爪が出現する。

 文字通り獣のような声を上げながら、男子生徒の岩を真っ二つにする爪の一撃がオリエへ向けて振り落とされた。


 「犬、キライ」


 寸前でその一振りを回避すれば、空いた横っ腹に蹴りをぶちこむ。ズブリ、と足がめりこむ感触に顔をしかめるオリエ。それでも、さらに強く脚部に力を込めて深く肉体に押し込めば、そのまま強く蹴り飛ばした。胃液を吐きながら、転がる男子生徒を横目で見れば、すぐさまオリエは次の行動へと移る。

 制服のスカートなど気にもせずに、その場でバク宙を行えば、先程まで立っていた場所に地雷でも仕掛けられていたかのように大きな火花が上がる。

 火の手が上がる場所から、距離をおいたオリエを追うように、火の玉が操り人形の群れから放たれる。

 一人の女子生徒が両手をこちらに向けている。どうやら、女子生徒がオリエに向けて火の玉を射出している様子。次々に放たれる火の玉を蝶のように軽やかに避けると、足元の拳程の大きさの瓦礫を掴む。そのまま、地面を転がり、水平方向に伸ばした腕を横に振り掴んだ瓦礫を女子生徒へ投げつける。


 「痣になるかもしれないけど、ごめんね」


 女子生徒の腹部に投げた瓦礫が直撃する。

 小さく声を上げたかと思えば、体がグラリと傾き、その場に倒れこむ。

 オリエはその姿にホッとすれば、両腕を翼に変化させた男子生徒に飛び蹴りをくらわせる。

 やはり、勇者学園の生徒だけあって、一度でも強い衝撃を与えることができれば、この魔法を解くことができるようだ。それが分かっただけでも、オリエにとっては勝機が見えてきたようなものだった。

 何十という勇者候補生を前に、同等以上の戦いを繰り広げるオリエを見ていたヨアキムは嬉しそうに口元を歪めた。


 「やっぱりいいな……オリエさんは……」


 自分の推しているアイドルでも見るような、片思いの異性でも見るような熱い視線を送るヨアキム。

 目の前のオリエは、魔術らしい魔術を使わずに、雷を放つことのできる勇者候補生の顔面に拳を叩き込んでいた。

 ヨアキムはその光景を見つめ、心の中で感想を漏らしていた。


 (夢のような時間だ……。僕と、オリエさんだけの二人っきりの愛を育む時間だ)


 心が満たされていく、今まで経験したことのない感情に浸り堕ちていく。

 ヨアキムにとって、魔王は敵でオリエは愛した人。それこそ、彼にしてみれば最高に興奮する状況だった。

 ヨアキムは魔族を殺めることを生きがいにし、オリエを欲することで人間らしい喜びを手にしていた。最もこの世界で関心のある出来事が同時に重なっているのだ。ヨアキムにとっては、この上ないほどの最高の瞬間だった。


 (生きている、僕は生きている。この世界で愛した人と、幸せな瞬間を共有しているのだ)


 痛くどこまでも彼にとって純粋な気持ち。決して、その気持ちが届くことはないし、理解することはない。しかし、ヨアキムにとってはそれこそが自分の欲望を加速させる材料にもなっている。

 視界の中で所狭しと駆け回るオリエを見ているとある違和感に気づく。


 「んぅ? 何故、何故なんだ」


 それは絶対にあるべきもの。それこそ、魔族という存在の象徴のようなものだ。

 その象徴を見ることを楽しみの一つにしていたヨアキムにとってみれば、それは今この瞬間で唯一の不満というものだった。

 腕を六本に増やすことのできる学園生の拳をくぐりぬけて、目にも止まらぬスピードでオリエはその倍の拳を相手の体に直撃させていた。

 オリエは、そこでふと足を止める。先程まで動き回っていた学園生達が、誰も動いていない。操られているせいか、瞬き一つ眉一本とも動かさないその大勢の人間達は非情に気味が悪いものだった。そして、この静寂を作ることができる唯一の人物にオリエは声を向けた。


 「どうして、急に動きを止めた?」


 息を上げることもなく立つオリエはヨアキムを見る。

 ヨアキムはおもむろに口を開く。


 「聞きたいことがあるんだ、オリエさん。……どうして、魔法を魔術を使わない? 魔王の末裔なら使えるはずだ、詠唱もなく固有能力という縛りすらもなく、思うがままに魔の力を使うことができるはずだろ。何故、それを使おうとしないんだ」


 オリエは目を逸らし、しばし考えるような数秒の間をおく。

 オリエにとって、それは隠しておきたいこと。しかし、ここまで知られている以上は、異常性の強い相手を刺激するかもしれない。悩んだ末、オリエはどこか怯えるような自信のないヨアキムの目を見返す。


 「――私は魔法や魔術は使えない」


 しばらく、さらに静かな時間が訪れる。

 驚きで声が出ないのなか、パクパクと口を動かしていたヨアキムはゆっくりと喋り出した。


 「な……なにを言っている。僕を騙そうとしてもそうはいかないよ、君達のような魔王の力を持つ存在は、面倒な生贄も魔法陣も精霊召還も気の操作も必要ない。呼吸をするように魔力を操ることができるはずじゃないのか!? 嘘をつくことができないはずだ、君の父親は自在に魔を操ることができていた!」


 オリエはヨアキムの言葉に一瞬に、向けていた視線の意味を変える。その目は、非難するように見つめている。


 「貴方、私の家族を奪った一人なのね……。それなら、知っておいてもいいよ。……あの日、父と姉を失ったショックで私は魔法らしい魔法が使えなくなったの。昔のように何度使おうと思っても、力を使おうとした瞬間に過去の記憶が蘇り、心が魔法を使うことを拒もうとする。……使えるとしても、使い魔との契約ぐらい」


 「冗談だろぉ……」


 ヨアキムは驚愕の表情を浮かべて一歩後ずさる。

 オリエははっきりとした動きで首を横に振った。


 「冗談でも嘘でもない。真実よ、貴方は私の魔法を見ることはできない。それに、そんなものなくても、貴方は私が絶対に倒す」


 ヨアキムの中のオリエという少女は、魔王の力を操るところまで含めて完成形だった。それが、全てひっくり返された。彼の考えた美少女からはかけ離れた存在なのだと、はっきりと告げられた。

 狼狽するヨアキムは、混乱する意識の中で、最も分かりやすく取っ付きやすい思考にたどり着く。

 ――裏切られた。ヨアキムはそう判断した。


 「裏切り者め……裏切りだ、これは……裏切りぃ」


 オリエの周囲で足を止めていた学園生が動き出す。頭を抱えるヨアキム周囲に集まれば、全員がその手をオリエへ向けて構えた。

 彼らの手の中には、次第に様々な色の魔の塊が集結していく。

 遠距離攻撃のできる固有能力を持つ者は、その手に炎や氷や雷を。使えぬ者は、詠唱を唱えたり魔力を発生させることのできる魔法陣を描いたりして、前方にただ純粋に人を殺す為だけの巨大な魔力の玉を発生させる。


 「危険。急がないと――」


 足が重い。自分の足首をガッシリと掴むうつぶせの男子生徒が目に飛び込んでくる。力いっぱいに足を動かそうとするが、離れることはない。この生徒はきっと筋力強化系の固有能力の持ち主。しかも、操られることで能力のリミッターが外されていた。

 腕を血まみれにしながら、なおも動きを止めようとする男子生徒を見て顔をしかめるオリエ。


 「裏切りがぁ! 僕の純粋を奪った裏切り者めぇ!」


 目を血走らせながら絶叫するヨアキム。

 周囲の空間を歪ませながら大きくなる魔力の塊。背後の生徒達を見れば、爪が割れている者、鼻から血を流すものと自身の肉体の限界をとっくに超えていることは明白だった。


 「くぅ……!」


 オリエの脳裏に浮かぶの一人の顔。

 最後だから、せめて最後だからと、一番言いたくて伝えたくて話したくて語りたいと思った言葉を口にする。いや、オリエにとっては口にしてしまったという方が正しい言葉。


 「――たすけて、真勇人」


 オリエの声を掻き消すように、ヨアキムは発射の合図を叫ぶ。


 「――消えろおぉぉ!! ゴミがあぁぁ!!」


 そうして、体を焦がすような魔力の塊がオリエに向けて放たれた。

 決して早くはない速度で真っ直ぐに迫る球体。それは、周囲の壁を壊し、地面を抉り突き進む。一度包まれてしまえば、体は一瞬で飲み込まれてしまうだろう。それだけに巨大な殺意の塊ともいえた。

 オリエは、心の中で再び彼の名前を口にした。

 助けてほしいとか、守ってほしいから、とかではなく、彼のことを考えていたいと思った。


 (……真勇人)


 目を閉じ、グッと歯を食いしばるオリエ。魔力を扱うことのできないオリエにとってみれば、防ぐことはきないただ受け止めるのみだった。

 真勇人。彼女が信じ続けたある祈りは、彼女の望まぬ形で現実へと変わっていく。


 「――オリエエェェェ!」


 まるで天からの声。神が下した恩恵。

 運命が絶えたと思っていたオリエの耳に聞こえたのは、絶望を押し潰す希望の声。


 「真勇人ぉ――!!」


 守りたい人の名前を叫ぶ真勇人の声と愛したかった人の名前を呼ぶオリエの声が轟いた。

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