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負け組勇者と残念魔王 ⑯

 翌日の学園も次の日も、その週の教室でもオリエの姿を見かけることはなかった。

 内心、オリエに会った時にどんな顔をしていいか分からなかった真勇人は安心していた。同時に、相手を傷つけたことを自覚していた真勇人にとって、それは自己嫌悪の一つとなった。

 もうここに居たくない、ここから離れていきたい。

 一週間の葛藤をする時間は、真勇人にさらに逃げるという結果を与えた。

 金曜日の放課後。気が付けば、真勇人は地元へ帰えるための電車の中にいた。

 魔術を基礎に組み込み電気の力で動く六両編成の車両は、僅かに車体が宙に浮いている。全く揺れることのない静かな車両の中、真勇人は窓の外を見ながら思考をする。

 なんで、ここにいるのか。どうして、ここで迷っているのか。


 (オリエ、君と向き合うこともできない俺を許してくれ。……もう、俺が学園にいる意味もない。それに、俺はあそこにいることはできない。……勇者になんてなれないんだ)


 窓に反射して映る真勇人の顔は、非情に暗く、毎日の睡眠不足のせいで出来たくまがよく目立っていた。


 (ひでぇ顔しているよ。――でも、俺にはお似合いの顔だ)


 じっと濁った目は、自分の目を見つめ続けた。

 真勇人を乗せた電車は、ライトを点灯させれば薄暗い闇の中を進んでいった。



                  ※



 「――お前らのボスの居場所を吐け」


 同じく薄暗闇。しかし、真勇人違うのは、ビルとビルの隙間で一人の少女が男の体を足蹴にしながら強い口調で言っていた。ニット帽を深く被った少女は、壬生オリエ。

 足元の男は、この間の真勇人を殺そうとしていた男と同じ空っぽの目をしていた。

 先週から真勇人と別れたオリエは、この平穏を壊した敵を憎悪した。この間のニット帽を被り、自分を餌代わりに街を闊歩すれば、次々とゾンビ人間達が出てきた。

 最初の三日は空振りに終わったが、どこかで目撃したのを耳にでもしたのが、四日目からは多くの人間達が出てきた。どうやら狙いを定めはしていたが、持ち駒を増やす時間に費やしていたようだった。

 四日目は、敵を倒して弱点を探ることに使用した。そして今日、五日目の金曜日。既に敵の動きを把握していたオリエは、瞬く間に一人の男を捕獲することに成功した。

 男の逃げ出そうと地面を腹ばいに動く姿は、死に際の虫のようで酷く気色の悪いものだった。

 オリエは、本当に害虫でも見るような目で男を見れば、顔を近づけた。操っている人間に聞こえるように、はっきりと怒りを滲ませながら。


 「お前の狙いは私だ。言え、今すぐに言うなら、今夜の内にお前の命を奪いに行く」


 学園で見るオリエからは想像もつかないような、ドスの利いた声。

 足元の男はパクパクと唾液まみれの口を動かす。


 「なに。――っ」


 気配を察し、すぐさまその場から飛び退く。片手を地面につき、体を反転させれば着地をする。前方を見れば、ぞろぞろと建物の隙間からたくさんの人間達が顔を出していた。その誰もが、目の焦点が定まらない人間達ばかり。


 「力尽くで、聞けて言っているの?」


 地面を強靭な脚力で蹴れば、そのまま片足で壁を蹴り、空いたもう片方の足で目の前にいた敵に飛び蹴りを決める。

 鈍い音を立てて、崩れ落ちる男が立っていた位置に立つ。

 鋭い視線で目の前の人間達を睨みつける。


 「趣味が悪過ぎる。自分の手は汚さないで、他の人間達を利用して戦わせるなんて。――絶対に許せない」


 駆け寄ってくる大男を片手で投げ飛ばし、一人に拳を叩き込む。

 オリエは自分の願いのために、拳を振るう。


 (もう一度、真勇人と一緒に学園に通うんだ。そのために、コイツを絶対に倒す)


 オリエは望んだ平穏のために、その全身を血に染め続けた。



              ※



 無数に立ち並ぶビルはどれも無機質な冷たさを思わせた。その冷たさをより実感させるように、暗闇の中で浮かぶ夜空の光は弱く、地上の街の混沌とした明かりが空本来の輝きを失わせていた。

 いくつか並ぶビルの屋上に男は立つ。彼の目は下方向をねっとりとした視線で見つめる。そこには、操り人形と化した人間達との戦闘を行うオリエがいる。地上で戦っているオリエをうっとりとした目で見つめる彼は――ヨアキム・ハーメ。

 自分の学園の生徒が血を涙を流しながら戦っているというのにヨアキムは全く別のことを考えていた。

 彼の思考の中、それは学園の在り方について。そして、それに関する彼の過去。

 彼にとっての学園というのは、真勇人とは違う意味で無意味なものに思えていた。

 勇者として戦ってきた彼は、既に二十年は戦っているベテランだった。年齢は既に五十前だが、外見年齢は二十前半にしか見えない。それは、彼の持つある固有能力アシミレイションパペット〈吸収操作〉によるものがその一因となっている。

 〈吸収操作〉。魔族、人間関係なく。生命エネルギーや魔力を吸収して、自分の力の一部に変える。そして、その力で年齢を維持することで若さを保ってきた。さらには、吸収した生物を自在に操ることができた。今、オリエを襲っている人間達はヨアキムの力の影響を受けた者達だった。

 そんなベテランである彼にも学生時代というものが確かに存在した。その頃から、特殊な固有能力のこともあり、人との壁を感じることの多かった。

 能力測定があれば気味悪がられ、魔物のようなあだ名を付けられた。――ヴァンパイアと。

 勇者とは、孤独こそが強さだ。脆弱な群れなど必要ない、真の勇者とは己の力でかき集めた軍勢こそが真実なのだと。だから、彼は己の力で己の味方を増やして戦い続けた。満たされない気持ちは、彼の心を歪んだものに作り上げていた。当の本人も気づかぬ内に。

 数年、第一線で戦い続けた彼は、ある極秘任務を与えられる。それは――魔王討伐戦。山奥の住んでいる魔王の一族を根絶やしにするというものだ。

 真夜中の襲撃は無事に成功し、後は持てる力と手駒を使い魔王を攻撃。あまりの戦闘の激しさに気を失い、目が覚めれば既に戦闘は終了していた。

 焼け野原で目覚め、日付表示付きの腕時計を見る。既に三日が経過していたことに驚きつつ、周囲を見回せば灰に染まる地面。


 ――僕は、生きているのか。


 自分の生存を確認し、空腹であることも忘れて生きているという喜びを肺いっぱいに吸い込む。ふと、もう一人の気配に気づく。

 敵か、魔王か、それとも。力の備蓄が僅かなことで臆病風に吹かれるヨアキムは身を小さくさせた。

 少女が一人、灰に染まる地面の上で泣いていた。

 魔王の娘である――幼い日のオリエがそこにはいた。魔王には、もう一人娘がいたのか。しかし、どこから見てもただの少女。それこそ、ただの迷子の子供にしか見えない。

 立ち上がる力はなく、その少女の姿を見つめ続ける。可愛く跳ねた毛先、小刻みに揺れる黒髪、柔らかな白い肌、潤んだ目は嗜虐心を煽る。


 ――可憐だ。……僕のモノにしたい。


 ヨアキムは確かにその少女に興奮をしていた。立ち上がり、よろよろとおぼつかない足取りでオリエの方へ歩き出す。

 触れたい。その一心が感情に波紋を呼ぶ。

 ヨアキムに特殊な性癖はなく、同世代の女性との関係もないわけではない。しかし、今までの価値観が全て粉々に砕かれるほどに、その少女に惹かれた。

 ただただ、情欲と嗜虐と――激しい愛憎。

 今この空間に立つのが自分と、目の前の少女だけだと思えば、まるでこれは世界が自分に送ってくれたプレゼントのような錯覚を受ける。そんな感情が異常だと気づかないまま、ヨアキムはオリエへと向かう。

 泣き続けるオリエには、ヨアキムの足音は届かない。その気配も察することはできない。


 ――あと少しだよ。


 ヨアキムは愉快そうに声を殺して笑う。――直後、肩を掴む痛みと背後からの声。


 ――おい、そこの下衆野郎。オリエに、近づくんじゃないよ。


 そして、女の声を最後に世界がひっくり返る。

 殴られたと気づいたのは、彼が目を覚ましてからのことになる。

 それからたくさん泣き、たくさん欲する自分が生まれた。

 傷の癒えたヨアキムは、それからずっと捜し求めた。オリエという名前をヒントに、あの日見た麗しい少女を捜し続けた。

 ある時、勇者学園の新入生名簿の中に壬生オリエという名前を見つけた。

 確信はなかったが、運命を一人ヨアキムは感じていた。

 壬生オリエ、壬生オリエ、壬生オリエ、何度もその名簿の名前を擦り続けた。おそらく、彼女が魔王の娘であることは間違いがない、それを公にするつもりはない。ただ彼が求めるのは、壬生オリエそのものだ。

 そして、今。彼の頬は卑しくも赤く染まる。


 「オリエ、いいよ。その顔、その顔だよ。君はいいよ」


 ゾクゾクとした背筋を走る快感にヨアキムは表情に喜色を見せる。

 最後の一人を殴り倒すのを見て、ヨアキムはその場から背を向ける。


 「まだまだ、まだ見ていたいな。君を、君を、見ていた。愛しているよ、僕のオリエ」


 そう口にすれば、口元から唾液が垂れているのに気づき、じゅるりとそれをすすった。

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