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負け組勇者と残念魔王 ⑮

 耳を疑うその言葉を聞き、真勇人はぎこちない笑みを浮かべる。


 「は……? ははは……。珍しいな、お前がこんな冗談言うなんて……。ジョークを言うなら、もっと面白いやつを教えてやるさ」


 「嘘じゃない。……真勇人も分かっているはず。自分の中にある力の歪さに」


 「そんなの、分かるかよ」


 「分かる。真勇人は、自分の中の勇者の力を感じている。それと同時に、得体の知れない力を感じている。……ううん、すぐにでも湧き上がろうしている」


 オリエは真勇人の胸元に手を当てた。

 初めて、オリエに触れられたことで、ゾッとする悪寒を感じた。うまく説明することはできないが、目の前のオリエが自分の知らない別の人間に、いや、全く別の存在に見えた。


 「何を言っている。そんなわけのわかんねえ力、感じたことねえよ」


 「勇者の力と魔の力は水と油。光と闇。決して交わることのない力。だから、真勇人は真勇人のままでいられる」


 はっきりとした説明をしないオリエに対して、真勇人は声を荒げた。


 「――いい加減にしろ! 最初から、ちゃんと教えてくれよ。この力のこと、オリエのことを」


 突然の大きな声を聞き、オリエは驚きの表情を見せる。しかし、すぐにオリエは目を伏せた。


 「ごめん、真勇人。教える、ちゃんと話をする。……少し長いけど、私の過去のことから教える」


 オリエは声のトーンを一段階落とすと、散らばった言葉をかき集めるように語りだした。


 「私にはお父さんとお姉ちゃんがいた。母さんはどこにいるのか生るのかさえ知らないけど、誰も教えてくれない。でも、私には二人がいてくれれば十分だった。……一応、真勇人には言っておく、二人が人を襲うようなことはなかった、もちろん私も」


 真勇人は、今のオリエの語り口を挟むつもりはなかった。それは、あまりにオリエの言葉が真に迫ったものに感じられた。

 オリエは言葉を続ける。


 「お父さんは、差別する人間が嫌いだったけど、争いも嫌いだった。そのため、お父さんは魔王の家系の人達から勘当をされたの。それでも、お母さんはいなくても人里から離れた場所で、三人で穏やかに暮らしていた。だけど、その頃の私にはお父さんがどれだけ必死になって、その穏やかな暮らしを守っていたのかを知らなかった」


 真勇人はオリエの言葉全てに、驚きを感じていた。

 魔王と血の繋がりがある魔族が生きていることにも驚きで、もしこれが勇者達に知られれば、こぞって退治に向かうだろう。勇者達に刃を向けられるオリエを想像して、胸の奥がチクリと鋭い痛み発生させていた。


 「幼い私は、使い魔や従者から買ってきてもらった本で外の情報を知るようになった。その頃の私には、人間の住む世界が、とても輝いて見えたの。たくさん見たいものがあり、いろんなものに触れたいと願い続けた。あまりお父さんにワガママを言ったことのない私は、何日も何ヶ月もお願いしてやっと人間のいる街へ行くことを許してもらえたの。……それからお父さんの従者であり使い魔である、魔王騎士と一緒に人の住む街へと向かった」


 耳にした単語を聞き、気が付けばそれを口にした。 


 「魔王騎士? それ、さっきも言っていたな」


 「……魔王騎士は、魔王の血族が従者として契約した者のことを言うの。ただの使い魔や従者とは違う。真勇人の感じている力は、私の魔王としての恩恵を受けているから自分の域を超えた力を発揮できる。普通の従者や使い魔なら、契約の際に分け与えた力が上限になる。しかし、魔王騎士は魔王から無尽蔵に魔力の供給ができる存在。それは、世界で唯一魔王の一族でもないのに魔王の力を扱える存在と言えるの。ただ、これには一つだけ弱点があって魔王が生きている限り一人しか契約できない従者になる」


 オリエの目は真っ直ぐと真勇人を見ている。


 「それが、俺か……?」


 「うん、瀕死の真勇人を助けるためにはそれしか方法なかった。今更、どうしようもないこと……だけど、ごめん」


 オリエの発言には現実感がなく、ただただ胸の奥底に重たく濁ったものが渦巻くような良くない感覚。


 (そんな、俺は……人間じゃなくなったのか……)


 真勇人は魔王の末裔だからこそオリエは自分を救うことができたと考えていた。そして、その為の代償が自分が人で無くなることになるなんて、考えもしていなかった。信じ難い、しかし、信じるしかない現実に今まで経験したことのない眩暈を覚えた。


 (だけど、今は)


 自制の利かない自分を強引に抑え、必死に声を絞り出す。


 「……すまん、魔王騎士の話はまた後で聞く。――中断していた話を続けてくれ」


 オリエは真勇人の苦しみを自分の痛みのように感じていた。それを悲しい表情にだけ見せて、言葉を続けた。淡々と話をすることが、まるで自分の義務かのように。


 「続ける。……街に出た私は、たくさんのものを見て、多くのことに触れることができた。そして、友達もできた。……最後には喧嘩をしてしまったけど。それでも、一度行けば、満足するはずだったものが、結局は思いを募らせることになってしまった」


 「だから、勇者になろうと思ったのか」


 切なく笑うオリエ。


 「ううん、その時の私は、人の世界に憧れはしても勇者になろうなんて考えてはいなかった。もう一度、またここに来よう。そう思いながら、私はお父さんが待つ家に帰った。……そこで、悲劇が起きた。正確に言うなら、もう起きた後だった」


 一層、声を重くさせた。


 「――家が灰に変わっていた。お父さんのお母さんの姿もなく、何もなくなっていた。騎士と一緒にしばらく探したけど、二人はどこにもいない。三日かけて調査し、魔術の形跡から勇者が私の家族を奪ったことは間違いないのだと、騎士から言われた。騎士は、仇はまだ遠くに行ってないと言い、復讐をするために勇者達を追いかけた。……それ以降、戻ってくることはなかった」


 真勇人はオリエの話を聞きながら、ヨアキムの授業を嫌でも思い出していた。

 魔族は敵、そうヨアキムは言っていた。しかし、オリエの話を聞けば、まるで自分達が魔族……いや、魔物と呼べるほどに醜い存在に思えた。

 何も喋る言葉の浮かばない真勇人は、再び口元を動かし始めたオリエを見ることしかできない。


 「一人、すぐに帰って来ると言った騎士を待ちながら灰になった家でうずくまっていた。魔王の末裔と言っても私は子供だった。……三日経てば、ひもじい気持ちで死にかけた子供がそこにいた。何度も父を呼び、姉のことを思った。……そんな子供が、死を覚悟した時。私を救った人がいた」


 「魔王騎士が、戻ってきたのか」


 「違う。――女の勇者が助けてくれた。傷ついた私を抱きかかえ、治癒魔術をかけ、お腹いっぱいに食事を食べさせてくれた。その人の名前が、壬生ラツキ。彼女は何も言わず、放心状態の私を家に連れて帰り、傷つき生きることすら放棄しようとして私を一生懸命に守ろうとしてくれた。……そうして、私を救ってくれたの」


 少しだけ重たい口調が明るくなった。


 (そうか、オリエは本当にその人に救われたんだ)


 オリエの口調と比例するように、何故だか真勇人は複雑な気持ちの中で確かな嬉しさを感じていた。


 「その人に憧れたから、勇者学園に……?」


 「真勇人、本当に不思議そう。……だいたいは、そんな感じ。あの人の背中を追っていたくて、私は勇者になろうとしているのかもしれない。……ううん、この話は今はいい」


 オリエの言おうとしていることが分かり、真勇人は話題の缶を開けるかのように声を上げた。


 「もう誤魔化すなよ、なんで俺は死んだ?」


 気が付けば、真勇人の声はオリエを責めるように強いものになっていた。それに、当の本人は気づいていない。


 「おそらく、私を魔王の末裔、もしくは魔族だと気づいた勇者のせい。私を狙っていたはずそいつは、関係のない真勇人を……殺した……の……」


 はっきりとした言葉に気が狂いそうになる。

 酸素が足りなくなったように小刻みになる息。真勇人は、オリエの苦しみの表情を見ることもない。


 「――俺は、オリエに巻き込まれて死んだのか」


 何か言おうとするオリエ、だがどの言葉を彼の前では虚無になると気づき、口を閉じた。


 「そして、俺が魔族になっちまった……。勇者になるどころか、人間でもないのか……はは……」


 乾いた笑いが漏れる。先程のとは比べものにならないほどの周囲の空間まで乾燥してしまいそうなほどのカラカラの喉で出した笑い声。

 オリエは真勇人に詰め寄り、彼の両腕をその両手で掴んだ。


 「違う、真勇人。貴方が貴方である限り、真勇人は人間だよ。勇者にもなれるよ」


 出来損ないの映画でも見ているような光景に、真勇人は奥歯を噛んだ。


 「――簡単に言うんじゃねえよ!? 俺は、勇者で、人で……!」


 幼い日の自分は勇者に憧れ、勇者の才能と分かった時は、この世の春が来たように嬉しく思えた。

 夢を折られ、それでもG組で学生としてやっていこうと思ったのは、壬生オリエの存在。真勇人にとっては、希望とも呼べる人物。――それが、絶望を運ぶ使者だった。今、目の前の存在は希望になることはない。あの日、憧れた存在は、自分とはかけ離れたものだった。

 真勇人にとって、最も深く心に刺さったのは彼女は魔王の末裔という事実。

 どれだけ固有能力がないと言われても、オリエならそんな現実を乗り越えてくれると思っていた。情けない話だが、それに自分を投影していた。


 (オリエは、最初から遥か天高くの存在。俺は、騙されていたんだ。きっと、見下されていた。……オリエは俺にとっての希望じゃなかった)


 真勇人は心配そうに瞳を揺らすオリエの両腕を全力で振り払った。


 「俺は勇者になりたかったんだ! ――誰も、魔族になんてなりたくねえんだよ!」


 言ってしまった。真勇人は、振り払ったせいで尻餅をつくオリエの顔を見て後悔をした。


 「ま、真勇人ぉ……」


 尻餅をついたオリエが震える手を伸ばす。求めていた。真勇人の優しさを。

 そこで笑えるほど、真勇人は大人になることはできなかった。


 「魔王騎士、ていうのもやめるよ。……やめれるのか?」


 虚ろな目の真勇人は、普段からは信じられないほどの冷たい声を出す。

 オリエは、大切な彼のためにできることは何でもしたいと思った。そして、今回も何でもしよう、背負えるものなら背負うと決めた。

 オリエは半泣きの笑顔を見せた。


 「……だ、だいじょうぶ。魔王騎士、やめられるようにしとくね」


 悲しいまでの作り笑い。誰が見ても分かる、無理して作った笑顔。しかし、現在の心の曇った真勇人の目には、オリエの表情の変化なんてまともに見ることはできなかった。


 「……なるべく、早くしてくれ」


 じゃあな、と短く言う。真勇人はオリエに背中を向けて歩き出す。


 「――真勇人ぉ」


 小さな声がさらに小さくなる。それでも、真勇人の耳には完全に届く距離。


 「もう俺に関わるな」


 オリエにトドメを刺したことを真勇人は知っていた。

 最高なデートの最後に、最低な捨て台詞を吐いた真勇人は、背後で聞こえる泣き声から逃げるように死に物狂いで走り出した。

 身勝手な絶望から逃げるように。

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