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負け組勇者と残念魔王 ⑬

「そ……そんな……」


 ゴーレムの大群に飲み込まれていく真勇人の姿を見ながら、弱々しく声を上げるオリエ。

 やっと見つけて連れて来た頼みの隣で母親も泣き叫ぶばかりで、今のオリエにはその声すら届くことはない。土の塊の中に飲み込まれていく真勇人の後姿から目を逸らすことができなくなっていた。

 消えていく、守ろうとしていた彼の姿。

 壊れていく、失いたくない幸福の象徴。

 流れる冷たい汗、オリエは喉を鳴らして飲み込んだ生唾の音で意識を取り戻した。 


 (……このままには、させない)


 オリエは悲痛な面持ちで膝を曲げて、崩れ落ちる少女の母親の隣から大きく前方に三歩踏み出す。

 真っ直ぐな瞳で、ゴーレムの群れを睨む。既に、その群れの中には真勇人が埋もれた後だ。


 「――我、壬生オリエの名の下に命ずる」


 オリエの真っ赤な目がルビーのようにギラリと輝く。

 真勇人のいる方向に、オリエは真っ直ぐに右手を伸ばす。伸びた五本の指先が、点々と淡く赤い光が灯る。淡い光は、手の平に集合する。


 「世を華と呼ぶなら、我は魔風。世を海と呼ぶなら、我は魔熱。いずれも魔剣で、魔槍で、魔窟。存在など彼方に無意味、例える名など最早意味はなし」


 集合した淡い光は軌跡を変え形を変えた。手の平の中で、光は記号に変化する。手の平の中には、いくつもの棒線が蛇のように絡まっていく。よく見てみれば文字や記号にも数字にも見えるが、そう判断することが可能な人間はこの世界にいない。だが、壬生オリエにはそれが文字として呪文として認識できた。

 ――魔族の契約の印を真勇人へ向ける。淡い光が、再び強く輝く。


 「全は我、個も我。しかし、器から注ぐのは従者のみ。――我、盟約に従い魔を託さん!」


 一度、目を焼くような大きく強い光をオリエの手から放たれる。

 伸ばした右手を下ろして、その手の平を見つめてみれば、先程までの印は消失していた。

 その手の平を握り締めれば、こちらに気づき鈍足で迫り来るゴーレムを見据える。オリエが見ているのはそれだけではない、さらにその先のただ一人の人物。彼に向けたものは、この状況を覆し、そして彼の世界を壊すもの。


 (ごめんなさい、真勇人)


 後から何度でも責めは受けるし、後悔もするだろう。だが、それでもオリエは真勇人を救うという道を選んだ。それがどんな修羅の道だろうと、彼を救うと決めていた。


 「……ごめんなさい」


 またもう一度、今度は口にして謝る。

 前方で、轟音と共にゴーレムの体が粉々に吹き飛び、何十もののゴーレム達があっという間に本来の土の姿へ変わっていく。舞い落ちる砂の中、全身に砂の雨を受ける真勇人の姿を見つめた。

 腕が折れ、足を潰され、まともに歩くことすら不可能だった真勇人の体は元通りの無傷な姿を取り戻していた。どこか変わったところを探すなら、衣服に付着した血痕ぐらいだろう。


 「真勇人、お願い」


 不思議そうな顔をして、自分の体を見る真勇人に対してオリエは言う。

 これからだと、オリエは思っていた。自分の判断が、どのようになるのか。目の前の幸せを壊す覚悟はまできていない。それでも、今の彼には、ただ生きていてほしいと願う。

 真勇人の握った右手の背部、そこにはオリエが手の平に出現させていた魔族の印が赤く輝いていた。


                 ※



 二度目の死、真勇人はそう思っていた。

 ゴーレム達に押しつぶされて、死を覚悟したその直後。今までに感じたことのない強烈な力が湧きあがってくるのを感じた。

 あまりに重過ぎるゴーレムの群れ、ピクリとも動こうとしない。それどころか、力を入れなければいけない腕もない。足腰も立たない。……そのはずだった。

 持ち上げようと思いさえすれば、簡単に頭上は軽くなり。力を入れる腕は当たり前に伸ばすことができ、それをいとも容易く支えるための足が真っ直ぐと伸びる。当たり前に立ち上がり、体は自由に動くことができる。

 軽く持ち上げたつもりだった。それこそ、何も乗っていない薄い板でも押し上げるような、単なる行動の一つ。思考するだけで、真勇人の体は自由になった。


 「俺は……」


 視界の外れにオリエが見えた。


 (オリエ?)


 オリエの口が動く。――う、し、ろ、とその口は三回動く。


 「後ろ?」


 振り返れば一体のゴーレムが拳を振り上げていた。

 一撃を受ける。防御をしようと両手を胸元に構えようと持ち上げるが、違和感に気づく。

 先程よりも重く殺傷力の強い土の拳、さらにスピードも早く鋭いものになっている。だが、今の真勇人から見てみれば、非情にゆったりと遅く、まるでコマ送りでも見ているようなおかしな感覚。

 防御なんて必要ない、ただ殴り進むだけだ。


 「――どけ」


 ゴーレムの脇腹辺りから抉り取るように、横薙ぎに拳を振るう。ゴーレムの体は横一線に半分に砕き裂かれる。そのまま風に流れていくゴーレムの破片達を背に、次のゴーレム、また次を軽く打ちつけて崩していく。

 先程までとは違い、全力で拳を振るうことはない。ただ、迫り来る敵を小突くだけでいい。触れれば体の一部が壊され、ゴーレムは移動することもできないまま結果崩れ落ちていく。

 蹴らなくてもいい、大きな動きで回避しなくてもいい。微細な動きで十分にゴーレムの攻撃は避け、ドアでもノックするように軽く手の甲側で叩けば土塊に変化する。


 (この力はなんだ? まるで世界が変わったみたいだ。ゴーレムはあまりにも、弱過ぎる。攻撃も遅い、触れば紙みたいに崩れる。……こんな、土の塊。障害物にもならないな)


 最後の一体を崩壊させれば、足首までの高さのいくつもの小さな山を踏み越えて進む。

 土の山に触れる。今度は、少し力が必要になった。グッと手を押し込めば、連鎖するように周囲の土もバラバラと崩れ始める。

 穴の中、泣いていた少女は泣き止んでいた。その代わり、唇は震え、顔は白さを超えて青くなっているように見える。


 「……あ」


 力に酔っていた自分に気づき、慌てて少女の元に駆け寄る。

 少女を抱き抱えれば、確かな温もりを感じた。


 「良かった、ちゃんと生きている」


 ホッと安心した呼気を出す。

 立ち上がれば、小さなゴーレムが足元に出現していた。


 (この子、まだお母さんに嫌われていないかと心配しているのか)


 真勇人は、少女に意識してなるべく優しい笑顔を作り、瞼を落とすその顔に笑いかける。


 「……心配しないでいい。お母さんは、絶対に君を嫌いにならない。捨てたりしないよ。……誰よりも、君のことを大切に思っているんだ。――ほら、聞こえるだろ?」


 二人の足音、オリエと母親が真勇人に向かって真っ直ぐと駆けて来る。


 ――カナちゃん!


 あの映画館で会った時のように、母親が少女を呼ぶ。

 それが聞こえたのか、少女は目元から一筋の涙を流せば、小さなゴーレムは崩れると風に乗り流れた。

 その時、真勇人の右手の魔族の印は完全に消え失せていた。

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