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負け組勇者と残念魔王 ⑫

 真勇人は余計なことを考え出す前に、恐怖を乗り越えるように地面を蹴った。

 遠くから眺めていたら、ゴーレム達は今すぐにでも襲い掛かってくる圧迫感を与えていた。しかし、近づいてみれば、ゴーレム達はほぼ棒立ち。近づいた真勇人に反応して、腕を持ち上げようとする。だが、真勇人からしてみれば、非情に遅く――鈍間だと言えた。

 まず初めに、なるべく戦闘を行わず女の子のところに行けるかどうかを試してみる。

 あまりに遅すぎるゴーレムの肩に足をかければ、次のゴーレムまで一気に足を伸ばす。そして、次のゴーレムを足場に、頭の上を踏み越える。川に浮かぶ石畳を飛ぶように、ゴーレムを踏み台に飛び越えていく

 距離を詰めれば、自分の三倍以上は大きさのある土の山が見えてくる。


 「行けぇ――!」


 接近し、地面のゴーレムを両足で蹴り、一気に土の山に飛び乗る。

 手で触れてみれば、思った以上に土は柔らかい。がっしりと土を掴めば、半球体の山から体が転がらないように前のめりに体を密着させる。真勇人の体を土で汚れさせるが、今の彼にはそんなことなど気にもならない。

 顔中を土まみれにしながら、その山の底にいる少女へ呼びかける。


 「みんな、外で待っているぞ! 早くそこから、出てくるんだ!」


 山の中から、か細い声が聞こえた。声の方向を求めて、耳を押し付ける。


 「……いやぁ」


 確かに少女の声。しかし、その声は涙にまみれている。弱々しい声は、言葉を続ける。


 「おかぁさん……私を……すてたの……? なんでぇ……私を……いらないのぉ……? ……私のこと、キライになったの? ――たすけて」


 「なっ――!? ……ぐぁ!?」


 無防備だった足首を足元のゴーレムが掴む。

 力の制御ができていないせいか、足首は電流が走るような激痛が襲う。今まで経験したことない痛みに驚いた体から力が抜けると、ゴーレムは容易く真勇人の体を放り投げる。

 高く跳ね上がった体は、背後の壁に叩きつけられた。真勇人のぶつかった壁面には亀裂が走り、彼の体が受けた衝撃をものがたっていた。


 「いってぇ……。なんだ、これ……」


 朦朧とする意識。乱れた息を整えつつ、痛む体を起こす。


 (こんな痛み、初めてだ……。いてぇ、なんで……俺、こんなに痛い思いをしているんだ)


 理解できない激痛に悩まされながらも、気が付けば真勇人は再び立ち上がっていた。

 真勇人自身、何で自分が立ち上がれるのか。何で、立ち上がれたのか分からない。

 歯を食いしばり、足腰に力を入れてゴーレムの群れへ歩き出す。

 何で、歩き続けられるのか。――答えは、分からない。

 何で、逃げ出そうとしないのか。――答えは、知らない。

 何で、戦おうとするのか。――それは、知っている。

 視線の先、少女が泣いている。あの山の中で聞こえた声は、確かに泣いていた。


 「……めんどくせえけど、前に進むぐらいはできる」


 小さかった歩き。次第に歩幅は広くなり、力いっぱい走り出していた。

 接近して近づけば、手前のゴーレムが真勇人を捕捉する。ゴーレムに顔はないが、その体は確実に接近する真勇人に狙いをつけていた。


 「――どけえぇ!」


 思いっきり振り上げた拳は、真っ直ぐに伸び、ゴーレムの胴体を打ち砕く。一体をただの土に変えれば、次の一体、また次の一体を、拳で蹴りで粉砕していく。

 常人なら、素手でゴーレムの相手をすることなんてできない。だが、真勇人は勇者としての才能を持つ一人。勇者学園に在籍する一人である彼は、劣等生だ。……しかし、劣等生の一人だとしても、勇者の中の劣等生だ。勇者は唯一、魔を狩る力を持つ人間を指している。

 ――彼は間違いなく、勇者だ。


 「くっ――」


 苦悶の表情を浮かべる真勇人。

 両手の拳が切れ、血を流し、骨を見え隠れさせる。同時に、ズボンは既に自分の血液で汚れ、歩く度に、そのまま倒れてしまいそうなほどの痛みが走る。前のめりに倒れてしまえば、真勇人にとって楽な話だった。

 真勇人は、基本的には楽を選ぶ性格だ。

 入学前には努力もしたが、基本的には苦しくない道を選び続ける。

 例えば、二つの道があるとする。一つの道が、遠回りだが楽な道。もう一つの道が、短距離で辿りつけるが困難な道。だが、真勇人はそのどれも選ばない。……楽で短距離になる道を探す。望んだ道がなければ、もう道など歩かない。

 今、彼が選んだのは、困難で遠い道。しかし、それは誰が選んでも困難だが、正しい道。

 彼は、今この瞬間だけは、間違いなく少女を救うために立ち上がった勇者だった。


 「どけ! ぶっとべ! 弾けろ! 消えろ! 壊れろ! ――オラァ!」


 土の山のすぐ前。先程、自分を投げ飛ばしたゴーレムを血まみれの拳で殴り砕く。

 血に濡れた手で、土の山に全力の右ストレートを放つ。休みなく、左、右、左のコンビネーションからの蹴りを放つ。

 土の山は揺れ、少しずつその壁を壊して、内側で涙を流す少女の姿が見えて来る。


 「そこから、出てくるんだ! 安心してくれ、誰も君を一人になんてしてない! そんなところから、出てきて一緒にお母さんを探そう。俺も手伝うから!」


 体育座りで身を小さくさせる少女は、真勇人をおどおどとした表情で見上げる。


 「ほんと? ……いっしょに、探してくれる……?」


 「ああ、本当さ。さあ、一緒に行こう。きっと、君のお母さんも探している!」


 穴の中に手を突っ込み、外に出ようとしない少女に自分の手の平を広げて見せた。おそるおそる、少女は真勇人の伸ばした手に一度触れ、そしてそれを掴もうとする。


 「――ぁ。……いやぁぁぁ――!」


 少女は伸ばした手を引き、両手で自分の頭を掴むと絶叫。真勇人と女の子の間に突然出現した土の壁によって、弾き飛ばされるように真勇人の体が宙に浮けば地面を転がる。


 「なんで……そうか……」


 真勇人は、少女の状況について思考した。

 暴走をするといっても、人間の体には限界がある。ある程度力を出し尽くしてしまえば、嫌でも休止してしまうのが人間の体。

 しかし、未だにはっきりとした正体の分かっていない勇者の固有能力については未知数だ。それは、ある意味では得体の知れないものが体の中に存在しているとも言える。

 おそらく、今の少女の状態は、休止を選んだ体が得体の知れないものによって操られている状態。そして、その得体の知れない力は少女という本来は操るべき存在を失い、垂れ流している状態になっているのだ。

 真勇人は額の汗を拭う。


 「このままじゃ、あの子死んじまう……」


 固有能力の制御に慣れていない体に、暴走。そして、力の垂れ流し。……このままの状態が続けば、確実に少女は自分の力に命を奪われることになる。


 (まだ、足は動く。まだ、呼吸もできる。……行ける)


 真勇人の心の中には、諦めも後悔もない。ただ、前に進む力のみ。何も考えずに、その足を再び動き出そうとするが――。


 「――くっ。……離せ!」


 ゴーレムが右腕を掴む、振りほどこうとするが、腕が動こうとしないことに気づく。足を持ち上げて、キックを決めようとしても、ゴーレムはピクリとも動かない。


 (しまった……。腕や足に力がはいらねえ)


 限界を超えていたのは、少女だけでなく、真勇人も同じだった。

 腕に感覚がないのは、血を流し過ぎたから。

 足に力が入らないのは、肉体が彼の精神に追いつけないから。

 周囲のゴーレム達も、少女の制御下から完全に離れたため、増殖はやめて、攻撃的になっていた。近くの木々を薙ぎ倒し、休憩用のベンチを壊す。

 真勇人の近くのゴーレムも、そのゴツゴツとした硬い体で真勇人の体を強く押さえつける。一体がのしかかれば、次の一体、また次の一体と、ゴーレムが動けば動くほどに身動きのできない真勇人を苦しめた。


 (オリエ、ごめん。どうやら、俺はここまでか……)


 最後に勇者らしいことができた。自分に相応しい最後だった、何度目かの諦めの言葉を心の中で呟く。


 「――真勇人ッ!」


 つい最近どこかで聞いたような、鬼気迫る自分を呼ぶ声。


 「あ……?」


 声のした方向にはオリエが立っていた。そして、その隣には三十代後半と思われる女性の姿。きっと、少女の母親だ。

 オリエは真勇人の名前を呼び、母親は娘の名前を必死に呼ぶ。泣いた顔は、娘の面影と重なり、真勇人には申し訳ないと思う気持ちが溢れる。

 真勇人の意識は遠く、暗闇に沈んでいく――。

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