負け組勇者と残念魔王 ⑪
人波を掻き分けて向かった先。そこには、目を疑うような光景が広がっていた。
「なんだ、あれ……」
大きさは二メールほどだろうか。土でできた人型の怪物が、次から次に地面から顔を出し、その体をずるりずるりと引きずり出せば二本の頑丈そうな腕と太い二本の足を持つ人の姿を形成する。
土の巨人の怪物の姿は、人間の頭ぐらいの大きさの岩を強引に押し付け合って作り上げたような岩石の塊。積み木で人を作ろうと思ったが、積み木がなくて仕方なく岩石で作り上げた歪な形。
今も数を増やし続けている土の怪物は、既に十体は道を塞ぐように広がり続けている。
「ゴーレム」
オリエが小さく口にする。オリエの顔にも、確かな焦りの色が見えた。
ゴーレム、真勇人は教科書の一文でしか聞いたことのない言葉に心臓が大きく跳ねる。
勇者学園の生徒なら、教科書で一度は目にしたことがあるほどにメジャーな魔物だった。魔物という存在でありながら、土の魔術に長けたもの、またはそれに関する固有能力を持つ者なら多くの人が一度は作ったことがある存在だ。
ここに、魔界の扉はない。もしも、この原因を起こしたものがいるとすれば、それは勇者。
「真勇人、あそこを見て」
オリエの指差した先。
ゴーレム達の大きな体が立ち並び、その奥には小さな人影が見えた。
「あの子、映画館の……!?」
見覚えのある服装に驚愕の声を上げた。先程、映画館でオリエとぶつかった少女がそこで泣いていた。
顔を両手で押さえて、膝を曲げて体を小さくさせる肩が震えていた。増え続けるゴーレム達は、少女を中心に彼女を守るようにさらに数を増やし続けていた。
「女の子から、魔力を感じる。でも、この感覚……力が暴走を起こしているのかもしれない」
「オリエ……? お前、魔力を見ることができるのか」
魔術を使用し、それを確認することはできる。だが、それを実体のない魔力エネルギーで認識できる人間は名のある勇者でも多くはない。それをあっさりとやってのけるオリエに疑問を向ける。
「ぁ……うん。でも、なんで、あの子……」
「なあ、オリエ。この騒ぎを聞いて勇者がやってきたら、どうなる?」
真勇人はオリエに聞きたいことがあった。しかし、後で聞いても問題のない疑問は目の前の少女の泣き声で掻き消された。
少女の周囲の土がコンクリートを突き破り、大きく盛り上がる。盛り上がった土は少女を包み込むように、高く伸びていく。
「交渉が通じないなら、武力行使。……きっと、あの子も無傷じゃ済まされない」
表情を暗くするオリエ。土の山の中に飲み込まれつつある少女の顔は、世界の終わりのように絶望に満ちていた。
真勇人は思考する。
普通に考えれば、街に起きた問題を鎮圧する保安勇者や学園の先生を待つのが一番だ。大人しく、自分たちもどこか安全なところで身を隠す。そこで待っておけば、きっと問題は解決する。
オリエと二人で、今回は仕方がなかったと話をするのだ。自分達が正式な勇者じゃないなら、どちらにしても無理だった。と、最初から諦めていた俺達が会話をして茶を濁す未来を想像する。
(そう、どちらにしても、今の俺の力じゃ……。俺は、どうせ無能なんだ)
地面を見つめる真勇人の顔は暗く沈んだものになる。
「――真勇人」
「な、なんだ……?」
オリエの鋭い声に顔を向ける。
「真勇人は、どうする」
真っ直ぐなオリエの目は、強い人間が持つ確固とした輝きを感じさせた。
真勇人は自分が飲まれそうなほどの素直な、勇者として、の眼差しを受けたことで一瞬言葉を失う。
「どうした、真勇人。……どうする、時間がない」
もう一度、問う。
どうする、と。当たり前のようにオリエが告げた。
その時点で、真勇人の中から、逃げる、という言葉が消えた。
「オリエ――」
真勇人は思考をやめた。自分としての、考えを。
やめていたものを考え直す。それは、勇者としての思考を。
勇者としての、自分の行動を考える。
「――オリエは、あの子の親を探してきてくれ。残ったあの子は、俺がなんとかする」
オリエは一歩、真勇人へと歩み寄る。
「真勇人、それは危険」
「そんなの分かっている。……でも、俺はオリエにも傷ついてほしくない」
もしかしたら、オリエの方がゴーレムの相手をした方が良いのかもしれない。それでも、真勇人自身の人を守りたいという気持ちがオリエを危険に晒すことは良しとしなかった。
オリエは真勇人の表情から強い意思を読み取った。
「――うん、真勇人の気持ち分かった。……きっと、あの子の家族も探している。そう遠くにはいないと思うから、必ず見つける。すぐに、探して連れて来るから」
オリエは心配そうに、真勇人に詰め寄る。
真勇人は、オリエの中から心配を吹き飛ばすように意識してはっきりとした笑顔を見せる。
「おう、頼むよ。オリエが戻って来る前に解決しているかもしれねえぜ」
オリエは真っ直ぐに真勇人の顔を見る。
「……無理しないで」
後ろ髪引かれる思いで、オリエは真勇人から背を向けて走り出した。
さすが運動神経が抜群なだけあって、あっという間に遠ざかっていくオリエの姿を満足そうに見送る。
見えなくなった後、土の山の中に泣き続ける少女の方向を見つめた。気がつけば、ゴーレムの数も先程の倍は増えている。
怖い、怪我をするかもしれない……下手したら、死ぬかもしれない。
震える心と怯える体に鞭を打ち、真勇人は、心の中を恐怖が埋め尽くす前にゴーレム達の群れの中に駆け出した。