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負け組勇者と残念魔王 ⑨

 それから間もなくして、日曜日。

 学園の前で待ち合わせをした真勇人は現れたオリエの姿を見て、呼吸が止まりそうになった。

 オリエの私服は、真勇人にとっては非情に新鮮なものだった。

 ブラウスのシャツの襟元には藍色のリボン、淡い色のラッフルスカートが風に揺れる。右手に持つオリエから見ても小さなバックには、フリルとリボンがついており、その服装を際立たせた。


 「準備完了、行こう。真勇人」


 「お、おう」


 二人の向かう先は学園近くの映画館。

 オリエは過去に一度も映画館で映画を見たことがないらしい、映画一人分というのは学生にはなかなか高くつくお礼だったが、それ以上の対価を払っているオリエに対してというなら、とても安いお礼だった。

 学園の近くは、学園の前にはこの街一番の大通りがあり、暇のある学生が喜びそうな店が軒を連ねていた。事実、真勇人も真っ直ぐ学生寮に帰ることもなく、ゲーセンでコインを浪費し、本屋で立ち読みをすることに放課後を費やすことが多かった。

 この都市は、学園を中心にできている。確かに、勇者学園という場所が世界から見ても特別な場所だという理由もある。勇者がいなければ、この世界は存在することができないのだから。しかし、理由はそれだけではない。この街からそう遠くない位置に、魔界の扉があるのだ。

 勇者を教えることのできる者は勇者だけだ。ここには、自然と勇者が集まることで結果的に、多くの勇者を抱えることになる。皮肉な話だが、これほどまでに危険で、これほどまでに安全な都市は、勇者学園がある土地だけだった。

 そのため、流通の動きも激しく人の行き来も多いこの街は自然と発展し、学園を中心とした日本有数の都市となっていた。

 あまり人の多いところには行かないのか、人通りの多い道に出るとキョロキョロと周囲を見回すオリエが目に付く。


 「遠い?」


 「遠くないさ、もうすぐ着くよ」


 心配そうなオリエに笑いかければ、あっという間に到着した。

 休日だということもあり、映画館の中はチケット売り場まで両手では数えられないほどの人達が列を作っていた。


 「すげえ混んでるな、オリエは何か見たいものでもあるのか」


 オリエはある一点を見ていた。そのことには、最初から気づいていたが、あえて気づかないフリをしていた。仕方がない、そんな気持ちで声をかける。


 「アレ、見たいのか」


 こくり、とオリエは頷く。その目は相変わらず、一点――子供向けのアニメ映画のポスターを見つめていた。

 正直、真勇人は子供達の中で映画鑑賞をするのは素直に恥ずかしいと考えた。オリエには遠慮してもらおうかと、隣を見れば、キラキラとその瞳が輝いて見えた。


 (嬉しそうにしやがって……。ま、いいか)


 「それじゃ、チケットを買って来るから、ちょっと待っといてくれよ」


 「えうぅ」


 街中よりも心配そうな奇声。

 毎回毎回、構っていても仕方ないので、真勇人は不安なオリエをその場にチケットを買いに向かった。

 ――数分後。

 無事にチケットを二枚手にして、向かった先はオリエを座らせていた椅子。


 「……今度は、何を見ているんだ」


 オリエは真勇人に気づかず、また一点を見つめていた。それは、さっきの映画のポスターとは違う別の場所。視線をたどってみれば。


 (ああ、なるほど)


 思わず心の中で納得してしまう。

 売店の上、ポップコーンの看板を見つめていた。


 「あれ、食べたいのか?」


 「……食べたいけど、食べたくはない」


 どうやら、オリエなりに気を遣っていることを真勇人は察した。


 「気にすんな、今日は俺がお前にお礼をする日なんだ。また買ってきてやるよ」


 「えうぅ」


 「……また、そのリアクションか。すぐ戻って来るから、待っていろ」


 そして、また――数分後。

 ポップコーンに加えて、ジュースも買ってきた。今度は、ちゃんとオリエの二つの目は俺が来るのを待ち望んでいたようだった。

 歩み寄れば、タイミングを計ったように映画の開園の合図を知らせた。


 「オリエ、すぐに始まるわけじゃないから、そんなに慌てんなよ。ゆっくりでいいから、行くぞ」


 オリエは、緊張した面持ちでコクリと頷く。

 椅子から立ち上がった直後――。


 「――きゃぁ」


 小さな悲鳴。

 目の前には、立ち上がるオリエのブーツに手に持ったジュースをぶちまけた少女の姿。尻餅をついた少女の年齢は、小学校低学年ぐらいだろう。困惑の表情を浮かべていた。

 やれやれと思い、二人に近づこうとする。


 「大丈夫?」


 歩みを止める。

 オリエは、腰を屈めて少女の服の埃を払っていた。

 少女に目立った汚れはなく、どちからといえばオリエの方が酷い有様だ。

 汚した当人の少女も少女で、立ち上がりはしたものの悲しそうに顔を低い位置にしていた。


 「……だいじょぅぶ」


 不安そうに声を上げた。


 「良かった。――あ、真勇人、ちょっとこっち」


 手をパタパタと動かして、自分のところに来るようにジェスチャーをする。

 少し早歩き近づく。


 「それ、貰う」


 真勇人が何かを言う前に、オリエがジュースを手に取る。容器のフタを開けて、中身を覗き込む。それは、少女がこぼしたオレンジジュース。


 「お姉ちゃんは、大丈夫だから。……これ、あげる。ジュース飲まないと楽しさ少なくなるよ」


 不安そうな少女の両手に握らせれば、少女は複雑そうな顔を浮かべた。

 

 ――カナちゃーん。


 カナちゃん。耳に届いた言葉に反応する少女。どうやら、親が一人で行動している娘を心配して探しに来たようだ。

 オリエは、真勇人の方に歩み寄れば、手を引っ張り歩き出す。


 「行こう、真勇人」


 優しいオリエの姿に嬉しくなり、笑いかける。


 「おう! 行こうか」


 映画の列に並びながら、オリエは真勇人に弱々しい声をかける。


 「汚くなっちゃった」


 オリエの履いていたブーツどころか、太腿の方まで濡れていることが分かった。とりあえず、真勇人は自分の持っていたハンカチを渡す。

 受け取っていたハンカチで、自分の足元を拭きながらも相変わらず心配そうで。

 オリエの表情には、どちらかといえば一緒に歩く真勇人のことを気遣っての部分が垣間見えた。


 「汚れが気になるようならまた次の上映時間にずらしてもらうさ。……もしも、俺のことを気にしているようなら、それも問題ない。オリエが、誰かを気遣っての結果なら、むしろ……なんていうか、凄く誇らしいと思うよ」


 このまま戻ったら、さっきの少女が自分を見て責任を感じてしまうのではないかと考えていたオリエは、真勇人の言葉に救われた気持ちになった。


 「感謝する、真勇人」


 「どういたしまして」


 手を握ったままだということも二人は忘れて、映画の列で恥ずかしそうに両者は顔を逸らした。

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