プロローグ
崩壊した黒く巨大な城。本来は、尖った無数の屋根を天へと伸ばし、魔法の結界を張った黒いレンガをいくつも積み上げた頑丈な要塞とも呼べる巨大な城。
しかし、今の城の姿は、まるで頭の上から食べられてしまったかのように、右斜め半分がパックリと欠けていた。
三日月型に変化してしまった原因は、ある人物達との戦いが原因である。そして、その戦いは現在最終局面に突入していた。そこが何のための部屋だったのか分からなくなるほど、瓦礫だらけの城の中心地で二人の男が対峙する。
世界は揺れ、空は鳴き、この空間で生きる者達は世界が変わろうとしていることを肌で感じていた。
世界と世界の戦争の終止符が打たれようとしていた。
「魔王おおおおおおおおおおお!!」
黒髪に短髪の男は右手に淡い青の光を灯すと、地面を蹴った。
その手の輝きは、溢れる出るほどの魔力の塊であると同時に、彼の持つ力の形の証明。
「勇者あああああああああああ!!」
向かい合い反対側にいた黒い肌に金髪の男は、右手に赤い光を灯すと、地面を蹴った。
男の輝きも同じく魔の力。それでも、その世界は純然たる破壊の光。それは、男の存在意義でもある。
みるみる内に距離を詰める男と男。常人が十数秒もかかる距離を、男達はたったの一歩で距離をなくす。そのままの勢いで二人の高速の拳が交錯し、次に眩い閃光が周囲を照らしていく。
地面が抉れ。何百キロもあるはず瓦礫が空へと噴き上がり、世界を光で覆うのではいかと思うほどの輝きが満ちる。
人によっては長いと感じる時間、満ち溢れた光は収縮し、拳を突き出したままの二人。
恐ろしいほどの静寂が世界を包み、先程までの爆発音や瓦礫の崩れる轟音、攻撃の際の炸裂する音。
世界中が一斉に騒ぎ出したように音の嵐の後に突然出現した静かな時間。
――ドサッ。金髪の男の体が崩れ落ちた。
目元を隠す前髪をかき上げる力もない金髪の男は、世界をつい先程まで恐怖のどん底に突き落としていた存在。――魔王。
倒れそうになる体を超人的な精神力で堪えきり、荒い息を何度も繰り返す男は――勇者。
敵であることを義務付けられた二人は、己の持つ魔力の全てを使い果たし、宿敵との決戦を終えた。
「……殺せ。早く、俺を殺せ。そうすれば、世界は――」
勇者は魔王の顔をジッと見つめて、肺に空気を送り込み吐き出す。それを二度、三度繰り返して、真っ直ぐな視線で魔王を見る。
「魔王、俺から提案がある。聞いてくれ」
魔王は勇者の視線を、疲労の滲む表情で見返した。
これが勇者と魔王の戦いの終わり。そして、この戦いは新たなの始まりの序曲――。
※
1980年。あらゆる都市に異世界の扉が出現した。
扉とは呼ばれたが、全長五百メートルにもなる巨大な建造物が空に浮かび上がった。出現した五分後、扉からは何百ものの魔物が吐き出された。――世界中でその魔の物は、モンスター、クリーチャー、化物、その時代は多くの人が様々な名称で呼んでいた。そして、その全てが正解であると同時に、その名前を持つものは名前通り――災厄を運ぶ存在。
次々に出てきた魔物達、個性溢れる異形の怪物達に対抗する手段のない人類は自分達の生存圏を奪われることになる。
人類は残った力を振り絞り、謎の建造物に対して、人間達はその時に用いることのできる全ての攻撃手段で扉への武力行使を行った。しかし、それを壊すことは叶わなかった。
その扉は、扉の形をしているが物体ではない。戦闘機が特攻をすれば、立体映像の中を通るように通り過ぎる。決して、触れることのできない、魔物を世に送り出すだけの視認ができる穴がそこにあるだけ。――その頃には、異世界の扉は魔界の扉へと名前を変えていた。
人類は絶望的な状況に、死に方を考えるだけの思考すら残らなかった。
絶望の中で生き続ける状況に、諦めずに立ち向かう勇気を持つ人間達がいた。そして、その勇気は大きな力になった。――五人の勇者が出現した。
危機的な状況で異能力、魔法の力に目覚めた五人。
彼らの超常的な身体能力と各々が持つ強大な力で戦況は覆り、絶望しか見えないと思っていた人類に希望を与え、奪われつつあった勢力圏を覆し、人類の勝利は目前に迫っていた。
しかし、彼の前に強大な障害が出現する。――それは魔王。
全ての魔物達のトップに君臨する最強の最悪の存在。魔王を倒さなければ、何も終わらない。
いくつもの都市を開放した彼らの前に魔王は立ちはだかる。
一人の力は時間を止めることができた。しかし、時間を止める彼の勇者の力は後一歩のところで足りずに魔王の結界を壊して倒すことはできなかった。
一人は自然の力を自由に扱うことができた。火、水、土、風、電気、光、闇。彼は知り得る属性を全て使い攻撃を行った。しかし、魔王も知り得る属性を全て扱うことができ、勇者の使う属性の弱点になる属性で反撃を行うことで、勇者を撃退した。
一人は絶対的な防御を行うことができた。ありとあらゆる攻撃を確実に防ぐことができる異能の力。結界を張り、魔王を密閉空間に閉じ込めることに成功したが、魔王は呼吸をせずとも活動ができ、さらには結界の中で溜め込んでいた力を放出し結界破壊。唯一の攻撃方法も破られ、勇者は敗北。
一人は、直接その手で触れた生物を操ることができた。それは、魔物達も例外ではない。神話に出てくるような最強の魔物達を味方につけて魔王と戦った。しかし、魔王は全てのモンスターの弱点を知り尽くしていた。全ての魔物の特性を知っていた魔王の前に勇者は地に伏せた。
最後の勇者。彼は、死を殺すことができた。概念である死を、彼の感覚で殺すことが可能だった。ただ、使いどころが難しく、失われそうな命を救う、どちからと言えば、治癒能力に特化した勇者であった。一番、戦闘に向かないと言われていた勇者。その予想を裏切り、彼は魔王を倒す。
魔王は死そのものと呼べる存在だった。何かを殺すために世界から産み落とされた生物。既に魔王は、魔物というものを超越して死という災厄そのものだった。普通の勇者では倒せない、だが、最後に残った彼だけは魔王の弱点そのものだった。
命懸けで、彼は魔王との一騎打ちに勝利し、魔王を滅ぼした。
後に、『魔封印戦争』と呼ばれることになる戦いは人類の勝利で終わり、世界は平和を取り戻した。――はずだった。
その後も魔界の扉は存在し続け、モンスターを吐き出し続けた。
最初に出現した時のように、何百という数は出ないものの永続的に現れる魔物への対策へ頭を抱えた勇者達。
一人の勇者が提案をする。
魔物を倒すための勇者を養成する学園を作ろう、と。
魔物を操ることのできる勇者が舵をとり、魔物達から魔法のことを学習、研究して、自分達以外の魔法を使える勇者を生み出すことに成功した。
その成功をきっかけに、学園を勇者の一人が戦争で身につけた魔法の力をより多くに受け継がせるために勇者養成学園を各地に開校した。
――時は流れ、三百年後。
科学技術の発展は大戦から百年で止まり、それから先は魔法の技術が発展した世界。
魔法による科学、魔術が一般人の九十九パーセントに浸透して八九年が経過。
物語は、魔術暦八九年。ある落ちこぼれクラスの一角から始まる。