【2】巡り逢い、街角
※こちらは自分のブログに公開していたモノをまとめて再投稿したものになります。
第2章までは同様の再投稿したものになります。
佐藤孝志は卒業見込みの高校3年生。
進路を就職に決めていた孝志は製菓会社である『芦名製菓』に面接に行くも手応えを得られず
消沈したまま食堂で食事をしていると不思議な女性・エルザと出会う。
何故かプリンセスのようなドレスを着ていたが、不思議な母性を感じてうちに貯まる悩みをいつの間にかこぼしていた孝志。
連絡先のみを交換してその場を別れた孝志は1週間の時が経過。
通知は予想通りの不合格、履歴書の書きすぎで腱鞘炎を起こしていた孝志に少しの苛立ちが感じられ始めていた。
【2】巡り逢い、街角
《2013年1月 横浜市・自宅》
一週間後、芦名製菓からの合否通知が届いた。
結果は予想通りの『不合格』だった、丁寧に『お祈り』まで書いてある…
それから数十社に書類を送ったが書類選考の時点で落ちるものがほとんどで
なかには履歴書だけ送り返されてきたものもあった。
「…ハァ」
思わず俺の口からは溜め息がこぼれた。
しかし今履歴書が書ける状態ではなくなかった、書きすぎて右手が腱鞘炎になってしまったのだ。
包帯でぐるぐる巻きになった右手を睨みつけたくもなるが
睨んだところですぐには治らない、また溜め息がこぼれた。
【~…♪】
ケータイから人気アイドルの着うたが流れた。
基本的にはプリインストールされてる黒電話とかチャイムを設定しているが
分かりやすいように特定の人だけ着うたを設定したのだ。
俺はメールを確認しようと左手で携帯を操作した、メールを見るだけなら左手だけで充分だ。
送り主は…エルザさんだった。
あれから俺とエルザさんはメル友になった。
《右手、大丈夫?まだ痛いだろうけど安静にしてたらすぐ良くなるよ。お大事にね! エルザ》
文末に付いている絵文字がなんとも可愛らしい。
実は多忙な人だったのかなかなか電話は出来ないが、メールは必ず返してくれた。
エルザさんとのメールのやり取りが、いつの間にか俺の楽しみとなっていた。
「このまま篭っててもしょうがないし……外の空気でも吸ってこようかな」
外はまだ冬の寒さがあるが、今日は天気もよく日が出ている場所はあったかいだろう。
俺は着替えて最低限のものだけ持って外に出ることにした。
***
横浜駅の方まで出てきたものの、俺は当てもなく街中をぶらついていた。
最初はゲーセンにでも行こうか考えたけど、右手が包帯で固められていて
まともにボタンが打てないことに後から気づいた。
かといってマンガ喫茶に行くのもせっかく外に出てきたのだから避けたい。
「今の手持ちでも…豪遊はできない、な」
アパートを借りるときにバイト代3年分の半分ぐらいは使ってしまった。
実家からカップ麺とか現物支給はされるが仕送りは避けていた。
なんというか、本末転倒な気がして。
「……ん?」
ファーストフードでも買って帰ろうかと思った矢先、
目の前に見覚えのある、綺麗な巻き髪をした後ろ姿があった。
格好は外出用なのだろうか、控えめに落ち着いた薄紫色のパーティドレスだったが、もしや……
(舞踏会用ではないにしろ、ホントに普段からこんな感じなのか…)
「エルザさ…」
「クリーニング代、これでは足りませんか?」
エルザさんの目の前には核で退廃した世紀末にでもいそうな、
絶滅危惧種な感じのモヒカンの巨漢が3人いた。
…どうやらぶつかって自分たちが持っていたコーラが服にかかったらしい。
クリーニング代を渡そうとしているが拒否されてしまっているらしい。
「お金じゃねぇんだよぉ、お嬢さんよぉ…」
「誠意を持ってもらわねぇとなぁ…んん?」
「例えば、体で払うとかよぉ…ギャハハハ」
へへへと下卑た笑みを浮かべながらエルザさんの顔を覗き込むように周りを囲む。
周りの人間はビビって遠巻きに見てるだけか足早に通り過ぎるだけだった。
…あまり関わり合いたくない人種なのは、間違いないが。
エルザさんはどんな表情をしているか解らなかったが、
口調はハッキリとしていて怯えているような様子はなさそうだ。
むしろ、状況がよく解ってないんじゃないのか?というほどのほほんとしていた。
「ですから、クリーニング代のご提供を……あ、請求先をご提示した方がいいですか?」
「ズレた事言ってんじゃねぇぞ、このアマァ!!」
「脳みそまるごと消毒されてぇのかぁ!?」
すごい剣幕でがなり立てて、一人がエルザさんの腕を掴もうとした。
エルザさんも女性にしては背の高い方だが、屈強な男の腕力には敵うはずがない。
「おい、やめ…」
咄嗟に止めようと割り込もうとした、その時。
「ふんっ…よっと」
「なぁっ!?」
掴んできた手の肘に手刀を当てて、緩んだ隙に相手の背中に回して締め上げた。
反撃を出せないようにしっかり背後から頭を引っ張って。
…どうみても一朝一夜で出せる動きではなく、流れるように相手を拘束していた。
「あら」
「イ゛デェ゛ェ゛ェ゛」
「なんだぁこのアマァッ!やる気かぁっ?!」
掴もうとした男は腕をひねり上げられ情けなく喚いていた。
予想外の事態に驚いてもう一人も組み付こうとするが、
エルザさんは捕まえた男を転がし、組み付こうとした男に体勢を低くして突っ込んでいき
背後から腰を抱え込むと内側に脚を引っ掛けて転ばせた。
…昔、友人の家で遊んだダンボール大好きな潜入工作員のオッサンのゲームで
『軍隊式格闘術』という格闘モーションがあった。
その動きによく似ていた。
「…そろそろ、痛い目を見ないと解りませんか?」
エルザさん残る一人に視線を向けるが男は顔面蒼白でガタガタ震えていた。
勝てる訳がないと、そう悟ったのだろう。
「こ、コイツ……プロか!?」
「なんのプロかは解りませんが……お金を持ってお引き取り願えますか、
婦女暴行でお巡りさんのお世話になりたくなければ、ですが」
…エルザさんはにっこり微笑んでいた、背中に鬼のようなオーラを背負って。
「ず、ずらかれ!!このままだと殺られちまうぅっ!!」
「ひぎぃぃぃ~!」
「ま、待ってくれぇぇ…」
三人は涙目でみっともなく走り去っていった…
「あ、お金忘れてます……ん?」
「…ど、どうも」
「「………」」
俺とエルザさんのあいだに冷え切ったビル風が流れ込んでいた。
***
「えへへ……変なところを見られてしまいましたね」
エルザさんは恥ずかしそうに体を縮こませていた。
俺とエルザさんは駅前のカイザーバーガー(通称:カイバ)に来た。
聞いたところによると昔習っていた護身用のコマンドサンボにハマって
かつては全国大会の常連だったらしい……巨漢3人を一蹴出来たのも頷ける。
「……やっぱり変、かな?」
「そ、そんなことないですよ!最近は テコンドーとかキックボクシングとか
やってる人も多いですし…ちょっと意外だなと思いましたけど」
不安げにみつめてくるエルザさんに俺は慌てて弁明した。
実際、エクササイズの名目で習っている人は多いから嘘は言っていない、
不意にエルザさんが俺の右手に手を触れた。
「…包帯、まだ取れてないんですね」
「三日くらい休めば大丈夫だって、大した事ないですから」
優しくなでる手つきに直接手を触れられている訳でもないのに、ドキドキした。
…こんな綺麗な人とお近づきになってるんだよな、今までじゃあり得なかった。
「ねぇ、孝志君」
エルザさんが唐突に緊張した面持ちになった。
「はい?」
「その…私と、お友達になってくれる?」
「え?」
突然の申し出に俺はひどく驚いた、というのも……
「俺とエルザさん、もう友達じゃないんですか?」
「え…」
「だって、メールのやり取りもずっと続いてるし、
こうやってカイバにだって一緒に来てるじゃないですか。」
エルザさんは目を見開いていた、よほど驚いているのだろう。
俺としてはちょっとショックだったけど
…メールのやり取りして、ご飯も一緒に食べに行けるのって、友達だよな?
「…じゃ、じゃあ…お願いがあるんだけどいい?」
「はい」
「敬語とか、エルザさんって言うの…やめよ?お友達なんだからさ」
見ると照れくさそうに俯いて人差し指をちょんちょんと合わせていた。
…年上だと思うんだけど、良いのかな?
……お友達と言われてちょっとガッカリしたのは、俺も年頃だからだろう。
「わかった。じゃあ、敬語はなしな…エル、ザ…」
「……ふふ、私も遠慮なくするね。孝志君」
エルザは嬉しそうに微笑んで傍らのレモンティーを飲んでいた。
なんとなくくすぐったい、気恥ずかしい感じがするけど
少し心の距離が縮んだような気がした。
***
「あ、ちょっとごめんね」
俺はエルザとカイバで話をしているとエルザのスマホに着信が来たようだ、
取り出したスマホは薄い桃色のホワイトチョコレートを模したカバーだ。
……たしか、芦名製菓のキャンペーングッズだったはず。
姉も応募していたからよく覚えている…そういえば、エルザと出逢ったのも芦名製菓だったな…
どうして芦名製菓に出入りしているのだろうか?
店の外でエルザはまだ誰かと電話しているから、戻ってきたら聞いてみよう。
「…ごめんね、これから待ち合わせに行かないと」
「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「なにかな?」
「俺が面接に行ったあの日も、芦名製菓に居たよな?
スマホのカバーも芦名製菓の応募グッズだし…」
もしかしたら、芦名製菓の……社長令嬢?
そうだとしたら俺のような一般家庭の男と話をしていたらまずいのではないか。
不意に言いようの知れない不安がよぎる、なぜこんなに不安なのか。
「……実はね、知り合いなのよ。社長と」
「え?」
「だから色々と融通を利かせてくれるのよね、新作のモニタリングさせてもらったりとか。
お洋服も私の趣味だから…ほら、ゴスロリって流行ってるじゃない?」
エルザはニッコリと笑っていた。
……なぜだろう? 違和感を覚える返答だったが、
本人がそう言っているのだからきっとそうなのだろう。
それにしても芦名製菓の社長は相当寛大な人なんだな、
面接官はマフィアみたいな人だったけど……
「じゃあ、今日はこれでお別れかな…お話してくれてありがと」
「どういたしまして…じゃあまた、今度はどこか遊びに行こう」
「…うん…あ、そうだ」
エルザは思いついたように持っていた可愛らしいピンクバッグの中をあさって、なにかを探していた。
見つけると手に取って俺に差し出してきた。
「これ…最近出たやつなんだけど、これ食べて元気になってね」
バッグの名から出てきたのは芦名製菓の出した新商品『Kiss』だった。
芦名製菓がバレンタインまでの期間限定で出しているお菓子で、
甘いものが苦手な人でも食べられるように甘さを抑えた、しっとりした口溶けのチョコレートだ。
パッケージもシックな茶、金、白のアーガイル模様なのでよく目立つ。
「これから忙しくなっちゃうから……ちょっと早めのバレンタイン?」
くすっとお茶目にウィンクする彼女にドキっとした。
…なぜこんなにもドキドキとするのだろうか、不思議でしょうがなかった。
そう思っているうちにエルザは席を立った。
「じゃあ、またね」
そう言って手を振りながら彼女は店を出ていった。
…次は……いつ会えるんだろう。
***
数分後。
エルザは黒塗りの乗用車に乗り込んでいた。
ひと目でそれがVIP御用達であるとわかる高級車だった。
「ごめんね、わざわざ迎えに来てもらって……混んでたでしょ?」
「多少混んでましたが…たまたま近くに来ていましたので」
申し訳なさそうに眉を下げるエルザに運転する男は目線を正面に向けたままぶっきらぼうに返答する。
「全く…暴漢に襲われたと聞いて冷や汗を掻きましたよ、今後は街中に出るときにSPの2人くらいは付けて欲しいですね」
「嫌よ、そんなことしたら逆に目立っちゃうわ。お気に入りのドレスだって我慢してるんだから…」
拗ねた子供のようにエルザは唇を尖らせる。
「はぁ……身内の心配をするのは当然ですよ。――――――なのですから。」