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第1章 白い光を追って(3)

 木で作られた入り口の扉は上下に開閉するようになっていて、一本の丸太で支えられている。進入禁止という注意書きがどこにもないので、この中に入って構わないということなのだろう。

「お邪魔しまーす……」

 誰もいないことはわかっているが、ついそう言ってしまった。

 丸太を組み合わせてできた二段の階段を降りると、すぐそこには炉のようなものがあった。

(意外と広いんだな。それに、結構暖かいかも)

 きっと外気と同じかそれよりも寒いに違いないと思い込んでいた雪也は、竪穴住居の中がほんのり暖かいことに驚いた。炉で火を焚いていたらかなり快適なのではないか。

 雪也は住居の中を一周してみた。住居の掘り下げられた半地下部分の壁はやはり丸太が並べられていて、物が置けるようになっている。

(光が出そうなものって言ったら、この炉だけど、まさか誰かがここで焚火をして、それがたまたま赤外線で見えたなんてことはないよな)

 他を探してみるかと、雪也は竪穴住居の外へ出た。雪はさっきよりも強く降り出していた。

 そして、雪也が一歩踏み出したその時。

「助けて! あたしは行きたくない!」

 女性の声が雪也の後方から聞こえた。しかし、後方にはたった今、出てきたばかりの竪穴住居があるだけだ。周囲を見渡したが、史跡には雪也しか存在していない。

「誰か、いないの?! 助けて!」

 空耳ではなかった。はっきりと女性が助けを求める声が、この竪穴住居の中から聞こえてくる。

(なんか、ヤバい気がする)

 誰もいないはずの竪穴住居から声が聞こえるなんて、絶対におかしい。願わくは空耳であってほしい。けれども、女性の助けは切実に雪也の耳に訴えかけていた。雪也は恐る恐る再び扉をくぐって住居へ戻った。外の風がびゅうびゅう鳴り響いている。

「誰かいるんですか?」

 若い女性が何かに対して全力で拒否し、助けを呼び掛けている。どういう状況なのか自分でも全くわからないが、助けを求められて無視することなど、航空自衛隊の救難隊に属している雪也にはできない話だった。

「どうかしたんですか?! 返事をしてください!」

 呼び掛けると、また、助けてという声が聞こえた。しかし、雪也の声に対して反応している感じではない。雪也が目を凝らしてよく見ようとすると、一際強い風が入り口を駆け抜けていき、突然、住居の中が闇に閉ざされてしまった。

「えっ」

 しっかりと丸太で支えられていた扉が急に閉まったのだった。この間にも、あの女性の声は聞こえてくる。

(何なんだよ、一体……)

 まずは扉を開けて明かりを入れなければと、雪也は木の扉に両手をかけてぐっと押してみた。思ったよりも楽に開きそうだということがわかり、勢いで外れた丸太の支え棒を片手にとって扉の下部に当てる。

 ようやく扉が上がりきり、雪也はほっとして上半身を入り口から出して扉の支えを確認しようとした。

「嘘だろ」

 思わず口を突いて出てきた言葉は、虚しく空気を漂うしかなかった。粉雪の舞い散る宮畑遺跡の竪穴住居から這い出た雪也の目の前には、美しい紅葉に染まった森林が広がり、清らかな小川がゆるやかに蛇行しながら流れていた。


 史跡の景色と違うだけでなく、季節も異なっている。それ以上にあり得ないのは、周囲に見えていた工業団地の建物も、道路も、高さのある看板も全てがなくなっていたことだった。

 雪也が回れ右をして竪穴住居に戻ろうとすると、土葺の復元住居はまるで地面に溶けてしまったかのように跡形もなくなっていた。

「おい、誰かいるのか?! こ、ここはどこだっ」

 小牧基地にある救難教育隊にいた頃から、あらゆる事態に備えて訓練し、想定外の状況でさえも落ち着いて対処できるように心身を鍛えてきたつもりだった。しかし、たった今置かれた状況は救難隊でもどうすることもできない。竪穴住居を出たら、季節も場所も全く別のどこかに移動してしまった。これで冷静沈着に行動できる人間は自衛官だっていないだろう。

 とにかく、どこか道路に出てみなければ。雪也は周りが見渡せるような高台がないか探した。開けた場所に行けば地形がわかるはずだ。と、その時、聞き覚えのある声が森林の方で響いた。

「助けて! 誰かいないの?!」

「おい、何度も言ってるだろう。大鵥おおかけす村長むらおさがお待ちなんだ。今更、駄々こねても無駄だ」

 しわがれた男の声は初めて聞く。村長という言い方はちょっと変だ。どこかへ身を隠すべきか迷っているうちに、声の主たちが目の前に現れた。

 若い女が一人、彼女を囲むように男が四人いる。女は両腕を二人の男に掴まれて自由に身動きができない状態だが、何から何まで奇妙だ。洋服を着ていない。何も身につけていないというわけではなく、裾の長いTシャツのような服と白っぽい七分丈のズボンを着ているのだが、ぎょっとしたのは男たちが顔に青緑の刺青を施していることだった。

雪也と若い女の視線がぶつかる。少しきつめの眉に高い鼻、そして雪也を見て驚いたのか大きな瞳を見開いていた。

彼女もまたおかしな姿だ。ゆるやかに長い髪の毛を結い上げていて、大きな赤い櫛を挿し、胸元にも大きな緑色の宝石を下げている。白い腕輪を何重にもつけて、耳朶にはこれまた赤い丸い飾りが埋め込まれているように見えた。

「ねぇったら! 聞いてる? あたしをこいつらから助けて」

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