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第5章 ふたつ星の誕生(9)

 家の中を煌々と炎が照らしている。眠りについたエナは、胸の上で手を組んで、幸せそうに微笑んでいる。

 雪也は一人、炎の側に座り、現代から持ってきたボールペンでメモ帳に文字を書いた。

 ――ユキヤ、エナ、コウ、レイ

 最後の二つは、さっき選び終わった双子のための名前だ。どちらも、光を意味する。

 朝になったら、エナに告げよう。二つの星が放つ光が、俺たちを照らしてくれるんだ。

 しかし、エナがその名前を知ることはなかった。銀色に輝く村を朝日が一層照らす頃になってもエナが目覚める気配はなく、起こそうと手を添えたエナの頬の冷たさが、その死を明瞭に告げていた。

 なぜ、という問いに答えはない。眠りに就くまで、幸せな笑顔を見せていたではないか。昼間も太陽の下で雪を踏みしめながら、赤ん坊をあやしていたではないか。

「……エナ! エナ、起きろよ。お寝坊さんだな。今日もいい天気なんだよ。また子供たちに会えるんだよ。エナ!」

 どんなに悲痛な声を上げて呼び掛けても、沢霧の巫女は花畑で昼寝をする少女のように微笑みを浮かべるばかりで、応えることはない。

 雪也は村長の家に走った。巫女が息を引き取ったことを話すと、アキとキララが大声で慟哭し始めた。

 この時代、妊婦や出産後の女が死ぬことは珍しいことではない。だが、彼女を失って悲しみや絶望を味わわない家族や村人はいないのだ。

 まして、エナは沢霧の巫女だ。村の安定と繁栄の支柱がこんなにも早く失われてしまうなんて。

「コウ、レイ、お母さんは星になったんだよ」

 母親と一度だけ対面した双子は何も知らずにすやすやと眠っている。雪也はその時になって初めて自分の頬を涙がつたっていることに気がついた。

 再び自宅に戻った。もしかしたら、エナが何事もなかったかのように起きて、あくびでもしているかもしれないという淡い期待は、やはり期待のままだった。

「エナ、ごめん。俺は君を助けられなかった。俺は勇士でも何でもなかったんだ……」

 既に村中が巫女の死を知り、騒いでいる。死は穢れだ。しかも、出産後の死でもある。

「ユキヤ、巫女を天に返そう」

 長いことエナの冷たい身を抱きしめていた雪也に、カケルが戸口から声をかけた。

「巫女と勇士の絆は絶対に消えない。君らの愛は必ず甦るんだよ」

 カケルもまた村長としてではなく、一人の男としてエナを愛していた。けれども、カケルは想いを封印し、あくまで村長の立場を貫いた。

 その態度に気づいた雪也は、エナをそっと横たえ、立ち上がった。カケルはついぞエナを手に入れることができなかったにもかかわらず、エナと雪也の絆を守ってきたし、今も絶望に陥っている雪也に手を差し伸べようとしている。

 でも、エナは戻らない、と雪也はつぶやいた。しかし、カケルは頭を横に振ってその考えを静かに否定した。

「この世の全てのものは、死と再生を繰り返すんだ。だから、エナはいつかまた俺たちの元に戻ってくる。そのために、きちんとエナを天に返さないと」

「……わかった」

「エナをここから出して、広場の中央で葬送の儀式を行おう。それから、今までの巫女たちが眠っている場所に埋葬しよう」

 二人が家を出ようとした時、外からアセビ爺がやってきた。穢れを最小限にするためか、精霊の血を振り撒きながら家の周りを歩き、それが終わると、戸口の前に立った。

「巫女の死、しかも、この偉大なる巫女は双子を産んだ。何もかもが特別だよ。だから、普通の埋葬ではいかん」

「でも、どうすれば……」

「それは勇士が考えることだよ。エナをどうやって天に返すか。お前さんなら、どういう方法がこの巫女に相応しいと思うかね?」

アセビ爺から難問を突き付けられた時、雪也は瞬間的にエナとの思い出を全部閉じ込めたいと思った。共に過ごした日々をエナが忘れないようにしたい、そのために、この家から離れた共同墓地に埋葬するのはなんとなく抵抗感がある。

「ふむ。この家を墓地にするということか」

「はい。それはダメでしょうか?」

「いや、そういう例は山ほどある」

 次に雪也が考えたのは、エナの魂を確実に天に返すにはどうしたらいいかということだ。

 土器の棺に納めて土に埋めるのは一般的な方法だが、それでは天というよりも大地に戻るイメージだ。

 魂が天に昇っていくには――。

 そうだ、焚き火だ。縄文時代に来てから何度も見た広場での儀式には、必ず大きな焚き火が設置されており、エナからこれは天と地を精霊が行き来できるようにするためのものだと教えてもらったことがある。

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