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第3章 黒い泉の謎(2)

 自分の話ばかりのエナが珍しく、雪也のことを話題にした。歩き回って暖かくなったせいか、エナの頬はほんのりと赤く健康的だ。

「誰かのことを守るのが勇士って意味なら、そうとも言えるね。俺は百里救難隊って言って、航空機の事故や災害で救助が必要な人を助ける仕事をしてるんだ」

「ひゃくり? こうくうき?」

「百里は地名。沢霧の村よりもずーっと南にある場所。航空機っていうのは、いくつもの村の人たちが入れるほど大きな箱で、鳥みたいにものすごく速く空を飛ぶものだよ」

「そんなに大きなものが飛ぶの?! それはあなたの世界の巫女の力?」

「いや、自然の力かなぁ。ま、とにかくそんなのが落ちたり、海で船が難破したら助けが必要だろ?」

 エナだけでなく、ミウも二人の間に丸まって耳をそばだてて雪也の話に聞き入っている。目の前を野ウサギが駆けて行ったが、ミウは休憩中とばかりに知らん顔だ。

「ユキヤはどうやってそんな大変な状況で人を助けるの?」

「俺も別の航空機に乗って、レーダーで遭難地点や人を探す。レーダーは、そうだな、君が精霊と交信してお告げをもらうのと似てるかな。俺はそのレーダーを操作する係だよ」

 これがいつもの合コンだと、地味な機上無線員など一気に女の子たちの関心と視線を失わせてしまうのだが、エナは違った。すごいじゃない、と言いながら雪也の腕を掴む。

「あなたも精霊と交信できるってことね! なんでもっと早く教えてくれないのよ」

「いや、あのさ、特殊な道具がないと俺は交信できないんだ。残念ながら、沢霧の村どころかこっちの世界にはその道具はないし、どうやっても作ることができない。……がっかりさせてごめん」

 期待を裏切って、機嫌を損ねてしまっただろうかと思ったが、エナは別にいいわと言った。

「どのみち、あなたの世界では精霊と交信して、救いを待ってる人を見つけることができるんでしょう? それに、雪也は沢霧の村の誰よりも強いわ。だから、あたしのことをちゃんと守るのよ、いい?」

「守ってるさ。それより、俺が元の世界に帰れる道を示してほしいんだけど。できるって言ってたよね」

 雪也の最大関心事項はそこだ。ただ白い光の謎を追って福島県に遊びに来たようなものなのに、いきなり縄文時代に飛ばされてしまったなんて何の罰ゲームだ。

 エナはめんどくさいと言いつつ、首から下げた翡翠の大珠を握り締め、集中し始めた。そして言葉とも言えない音を発生させながら天を仰ぐ。

 一体どうなるんだろうと、息を殺して見守っていると、信じられないことが起きた。

 白い光がエナの掌に包まれた翡翠の大珠から溢れでてくるではないか!

 そして次の瞬間、エナはいやーっと空を切り裂くような苦痛の叫び声を上げた。それから意識を失いかけ、エナは体勢を崩し、身を引いて見ていた雪也は咄嗟に両腕を差し出した。

「エナっ! 大丈夫か?!」

 肩で息をするエナは思わず雪也にすがり付いた。雪也の帰るべき道を見ようとして、精霊と交信しようとしたのだが、そこで自分の中に入ってきた精霊は予想外の、そして残酷な情報を巫女に与えた。

「何か見たの?」

「……何も」

「え、でも」

「巫女が見てないと言ったら見てないのよ!」

 エナはぴしゃりと雪也をはねつけた。自分と異世界から来たこの勇士の間に起こること、そしてその結末を今ここで口にすることは決してできない。

 精霊が見せた世界は絶対だ。だが、それを回避することができたら……。運命に逆らうことが果たして可能なのかどうか、運命を提示し、従うことを使命とする巫女のエナにはわからなかった。

「もう、今日は村へ戻ろうか。力を使うのは、大変なことなんだね。ごめん」

「そ、そうよ。軽々しくあたしの力を使おうなんて考えないで」

 エナは立ち上がり、一人でさっさと歩き出してしまった。ミウが心配そうにあるじの後をついていく。


 黒い泉はなかなか見つけることができない。冬が厳しさを増していくと、雪で身動きがとれなくなり、活動範囲が大幅に狭くなるからだ。男たちは狩りに出掛けても、女たちは集落から出ることはしない。

 柴犬によく似たミウだけが、雪がわずかに積もった広場を嬉しそうに転げ回っている。

「今年の冬はいつもよりも楽だ。食糧は十分確保されているし、雪も少ない方だからな」

 きんと冷えた外気だが、太陽が高く輝いている日は本当に清々しい。しかし、カケルの次の言葉が雪也の顔を曇らせた。

「私たちの妻のことだが……」

 雪也が勇士として迎えられ、村長の二人の妻を共有してもいいと言われた日から、アキとキララの存在は雪也の悩みの種だった。

 アキは少しふくよかで睫毛が長く、村長の第一夫人に相応しくてきぱきとしている。キララはアキよりも背が高くすらりとしていて、土器の模様付けがとても上手い。

 普段、二人とは仲良く会話をするものの、「妻」として接したことはなかった。アキもキララも雪也を慕ってくれてはいるらしいが、縄文時代の女の子とどう付き合えばいいかわからないし、やはり他人の妻を抱くには越えがたい壁がある。

「どうして彼女たちを受け入れてくれないんだい、ユキヤ? 気に入らないのか?」

 ミウに干し肉をあげながら、カケルは尋ねた。

「えっと、いや、そういうわけじゃなくて、俺がいた世界は妻を共有することは普通はしないもんだから……」

「妻は必ず一人ということ?」

「まぁ、普通はね」

「じゃあ、ユキヤの世界にユキヤの妻が待ってるのかい?」

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