もう一人の契約者
続きです。
第二章 もう一人の契約者
目の前の全てを奪う炎が空鷹をかわすように逃げていく。
左右に割れて通り過ぎているのだ。他ならぬ目の前の少女によって。
「姫紗か?」
いや違う。姫紗は今もまだ美海の目の前にいる。なによりこの後ろ姿は姫紗ではない。彼女の長く美しい銀髪はそこにはない。
あるのは金。
主張するかのようにその金の二つの線は舞っている。風に弄ばれて、踊るように。
その子は金髪の少女だった。
長いその金髪を頭の両端で結ぶというやや幼い髪型をした少女だ。
「誰だ……。お前」
「……固体名紫。識別番号84番よ」
『乙女の聖域』を展開した少女は振り向くこともなく、どこか冷めた声でそう名乗った。
それはまごう事なく乙女の聖域であった。激しい炎を難なくかき分け、使用者を傷つけることは決してない。
だが同じ能力を使用する契約猫が他にもいるのだろうか。この【ゲーム】に詳しくない空鷹には判断できない。
「へー、便利な能力じゃん」
自分が使用している能力を、その少女はまるで他人の物のような口振りで評価する。実に不思議な物言いをする少女だ。
「運がいいね、君。あたしが助太刀してあげる」
意味がわからない。突然現れて、いきなり助けて助太刀を申し出るなど理解出来ない。
「理解できないって顔してるね。まぁ、君を守ったことで敵ではないことは理解できるよね?」
「ああ、確かに敵ではなさそうだ」
「そしてあたしにとってあの美海って女は敵なの、敵の敵は味方。故に君とあたしは味方オーケー?」
敵の敵は味方。確かにそういう言葉はある。あるが、それが実際現実でもそうであるかと考えるとそうだと断言はできない。
「分かった、信じる」
だが空鷹は目の前の少女を信じることにした。
「いい判断よ」
そして炎の壁が消える。目の前の少女は激しい炎の攻撃から確かに空鷹を守りきったのである。
視界が晴れたそこには絶望し、悲しみと後悔に苛まれていた姫紗の姿と恍惚に頬を赤く染める美海の姿があった。
しかし、こちらを確認した瞬間に姫紗は驚愕から喜びの表情に変わり、そして美海は落胆の表情を見せた。
そして姫紗の表情から感情が消える。
「……私のマスターを狙いましたね」
「【ゲーム】のルールに契約者を攻撃してはならないなんてないわ。これは正当な攻撃よ」
「私のマスターを攻撃した」
「だから何? 勝つために手段なんて選んでいられな――」
「私のっ、マスターを、貴方は、攻撃、……したっ!」
そして爆発する。
姫紗の怒りがこれ以上ないほど明確に溢れ出した。
「絶対に、許さない」
攻撃的意志となってそれは全て美海に向けられる。
そんな姫紗の真横に一人の少女が駆け寄る。
「紫よ。君のご主人様の許可をもらい君と共闘するわ」
姫紗は見向きもせずに頷くだけでそれに答えた。
契約者が認めたというのならば契約猫である姫紗に文句はない。黙って従うだけである。なにより、今は目の前のこの卑劣で残忍な女を破壊すること意外は考えられない。
踏み込みからの一閃。
今までのどの剣速も超えて真っ直ぐと美海の首を狙う。
しかし、容易くかわされてしまった。
構わない。かわされようが、受け流されようが、弾かれようが、その体に剣を叩きつけるまで振るうことをやめないと決めた。
故に全力で剣を振るい続ける。
「そんな無謀が続くわけがないわっ」
そう叫びながら滅茶苦茶に剣を振るい続ける姫紗の隙に、的確に大剣を滑り込ませる。
「させないっ」
それは姫紗に直撃する筈だった。しかし、高密度の熱エネルギーがそれを邪魔する。
加圧され限界まで凝縮された炎の塊である、それは先ほど美海が生み出し姫紗の攻撃を弾いたそれに他ならない。
「私の炎が何故?」
「これだけで驚いてもらっちゃ困るわね」
不敵な笑みと共に紫は片手に持ったナイフから大量の炎を放つ。それはどうみても美海と同種の能力であった。
「くっ……、何故?」
美海は混乱した。
先程の炎を防いだのは恐らく『乙女の聖域』だ。しかし彼女が今使用しているのは間違いなく『咲き乱れる炎』である。
自分の能力だ。見間違えるはずもない。
能力を二つ持っている。そんなことがあり得るのだろうか。
「何者?」
「素直に応えるわけがないじゃない。それに、あたしに気を取られている暇なんてあるの?」
「はぁああああああっ!」
紫の生み出した炎を掻い潜って姫紗が鬼神の如き気迫で肉薄する。
美海も大剣で応戦するがその怒涛の攻めには防御が続かない。反撃しようにも紫の存在が邪魔で思い切って大剣を振りかぶれない。
「まずは能力の分からない貴方から消すっ」
そう決めた美海は姫紗の怒涛の連撃を間一髪で捌きつつ攻撃目標を紫に定める。
「喰らいなさいっ」
大剣を振り払い、斬撃状に圧縮した熱の塊を放つ。
「『万象の鏡』発動。対象は姫紗、能力は『乙女の聖域』」
そう呟いた次の瞬間には彼女の周りに鉄壁の空間が完成していた。紛れもない乙女の聖域の絶対防御である。
そしてそれは斬撃状に圧縮された炎の塊を難なく防ぎきる。
「……なるほど、他人の能力を使う能力ね」
「ご明察。あたしの万象の鏡は対象にした契約猫一台の能力をコピーし、無制限に使用できるの」
悠長に能力の考察をしている場合ではない。この間も耐えず姫紗の猛攻はとどまる事を知らず続いているのだ。
美海の表情が曇る。どう冷静に考えても不利であった。
形勢は完全に悪い。即席のコンビ故に付け入る隙もありそうなものだが、どうやら後から参加したコピーの能力の契約猫は援護に手馴れているらしい。
付け入る隙がない。
あくまでも姫紗を前に出し、そして隙を見つけては邪魔にならない程度に援護する非常に厄介な相手であった。
そして流石Aクラスだけあり姫紗単体も決して油断できるような相手ではない。他の相手を気にしつつ倒せるようなレベルの相手ではないのである。
ただでさえ厄介な絶対防御という能力を持っているのだ。
「これは撤退する他ないわね」
「絶対に、破壊するまで逃がしはしないっ!」
強い意志でそう叫ぶ姫紗だが、美海がその視線を一瞬空鷹に向けただけで体が硬直する。
そして体が自由になった次の瞬間には体が勝手に後ろに飛びずさり、そして空鷹を守れる位置まで下がっていた。
「素直ないい子ね」
美海のその言葉でようやく姫紗は今の視線が囮であることに気付く。気付くものの、もう遅い。
美海が大剣を地面に突き刺すと、その周辺の地面から大量の炎が天を穿つように吹き出して視界を覆う。
十数秒それは続いて、そして視界が晴れた頃には美海の姿はどこにもなかった。
「すみませんマスター。逃げられました」
「あ、ああ……」
怒涛の出来事の連続に生返事しかできない。自分の脳の処理限界を余裕で超える出来事が立て続けに起きているのである。それも当然のことだろう。
しかし驚きの出来事はそれで終わりではなかった。
「大丈夫だったかい? 千和君」
聞き覚えのある声に振り向くとそこには馴染みのあるクラスメイトの顔があった。
眼鏡以外あまり特徴のない、なかなか記憶に残らないタイプのどこにでもいる目立たない少年である。
「明智……か?」
「そう、君のクラスメイトでかつ君と同じ契約者である明智清春だよ」
「なに……? お前もこの変なゲームに参加しているのか?」
「自分の意志じゃないけどね。紹介しよう、僕の契約猫の紫だ」
清春の紹介に応えるように金髪の少女は頭を軽く下げる。
「紫よ。よろしく」
「千和空鷹だ。よろしく頼む。あー、で、こいつが……」
視線で姫紗を指しつつ、どう言ったものかと悩んでいるとその隙に姫紗が自己紹介を始める。
「千和空鷹の契約猫、姫紗です。よろしくお願いします」
そして勝手に空鷹の契約猫だと名乗り出る。
確かに間違ってはいないのだが腑に落ちないことには違いない。まだ空鷹自身状況についていけてない事もあるが、基本的にまだ彼女を自分の契約した猫だと認めてはいないのである。
「偶然通りかかってよかったよ、結構ピンチだったみたいだね」
「ああ、……どうして俺を助けた?」
「偶然見かけた契約猫同士の戦い。基本的に関わらないつもりだったけど、見かけたのがクラスメイトでその上ピンチなら流石に見過ごすのは僕の良心が痛むからね。思わず助太刀に参じた訳さ」
なるほど確かにそれが見知らぬ相手ならばともかく、見知ったクラスメイトならば空鷹とて見過ごすのは心が痛む。
「なんにせよ助かった。ありがとう」
「お礼なんていいよ、僕は当然のことをしたまでだから」
「いやでも助かったのは事実だ。お前がよければ少し家に寄っていかないか? 茶くらいは出すぞ」
当然のように空鷹は自分の家に呼ぶことを提案する。
普段ならば有り得ないことだったが、助けてもらった恩があるうえに同じような境遇のようなので聞きたいことも沢山あった。
「でもお邪魔じゃないかい?」
「一人暮らしだから家には誰もいないし、ボロいアパートで悪いがゆっくりして行けよ」
「……それじゃあお言葉に甘えて失礼させてもらうよ」
そして焼け野原となった道を後にして、空鷹と明智の二人はそれぞれの契約猫を連れてボロい階段を上ってボロいアパートの一室に入る。
部屋の真ん中に置いてあるちゃぶ台を囲うように三人を座らせると、空鷹はお湯を沸かせて温かいお茶を振舞う。
「すまん、来客なんてないからな。茶菓子の用意はない」
清春にお茶を渡すと空鷹は座り、聞きたかった質問をぶつける。
「いきなりで悪いが少し聞いていいか?」
「僕に答えられることなら」
少し思案すると空鷹は簡単なことから聞き始める。
「明智のところにもこいつらが箱に詰められた状態で宅配されたのか?」
「そうだね。送り元の書いていない箱に宅配で僕宛てに、中は一匹の猫と携帯電話だった」
「やはり俺と同じか。じゃあ百人全員同じ状況で送られてきたと考えていいんだろうな」
実はこの質問はそれほど気になる質問ではない。本題を聞く前の軽い準備運動のようなものであった。
故に、空鷹は本当に聞きたかった質問をぶつけてみる。
「このゲームって一体なんなんだ?」
「………………」
その質問に明智は困ったように黙ってしまう。
姫紗も紫も真剣な様子で明智が何を言うかを待っているようだ。
「実は僕もよく分からないから、その質問には答えられないけど。百人に一千万円を渡すということは少なくとも現時点で十億円以上の金が動いていることになる。どう考えても大企業が絡んだ国家プロジェクトだと思うよ」
「国……、ときたか」
「秘密裏に行うにはあまりにも大事すぎるしね。そしてさっきあれだけ暴れていたのに、警察も消防車も動かない」
そういえばそうである。
人気のない道とはいえ、あれだけ姫紗と美海が大暴れした上に能力で炎まで派手にぶちまけていた。
お蔭でアパートの前の道は焼け焦げ、まるで爆弾が投下されたかのような光景になっている。
にもかかわらず、警察は来ないし消防隊も駆けつけない。
目撃者がいないはずがないのに、だ。
「確かにおかしいな」
「だろう? 実は支給された携帯のアプリケーションにルールの詳細が載っているんだけど、気になって調べてみたら戦闘時の目撃者の通報は揉み消されて、記憶を消されたり嘘の情報で誤魔化したりされるらしい。おまけに【ゲーム】に関する通報は警察も消防隊も動かないように決められているんだ」
「そんなことが可能なのか?」
「可能か不可能かで言えば可能なのだろうね。だって実際実現されているんだし、それだけの力を持った何かが計画した企画に僕らは巻き込まれたんだろうね」
話が非常に大きくなっていてついていけていない。
しかしここで呆然と思考停止しては意味がない。仕方なく空鷹は頭を必死に動かして質問を続ける。
「ただあたし達としては、あまり戦闘は目立った場所ではしたくないのよね。理由はよく分からないけど、多分そういう刷り込みをされているんじゃない」
「私も人の多いところで戦うのは気が進みません。こう……、本能的に」
紫も姫紗も戦いで目立ちたくはないというのは共通しているらしい。
「あの美海って奴については何か知らないのか?」
「嫌な奴」
空鷹の質問に間髪入れず答えたのは紫である。
何か彼女に私怨でもあるのだろうか、紫の声には刺が含まれておりあからさまに非常に不機嫌な態度をしている。
「実は僕らも彼女に襲われているんだ。契約し始めの頃にね」
「なんとか撃退したけど、あたしもご主人様も危うくやられるところだったのよ」
どうやら美海という契約猫とその契約者はいわゆる初心者狩りを率先して行なっているらしい。
「あっ、やられるで思い出した。そういえばあの女、躊躇うことなく俺を攻撃しやがったがこれは【ゲーム】なんだろ? 反則じゃねぇのか?」
「実は反則じゃないんだ。携帯のルールのどこを読んでも、契約者の身の安全に関する規約がない。つまりこの【ゲーム】は契約者を攻撃することを勧めてないけど、守る気もさらさらないらしい。とんだクソゲーだよ」
「おいおい、このトンデモバトルに巻き込まれて死ぬ可能性もあるってことなのか?」
空鷹の疑問に明智は暗い表情で黙って頷いた。つまり、そういうことなのだろう。
「マジかよ……」
一千万円だの五億円など軽々しく扱うような組織が企画した【ゲーム】は、参加した契約者の命すら軽々しく扱うらしい。
「ふざけんな、俺は自分で意図して【ゲーム】に参加した訳じゃない。棄権する」
「僕もそう考えたんだけど、棄権する方法についても記載されてないんだ」
「だったら携帯を自分で破壊するまでだ」
思い立ったら行動は速い。空鷹はポケットから例の携帯電話を取り出すと、そのまま叩き壊そうと試みる。
「だめっ」
しかしそれは必死の形相で飛びついてきた姫紗に止められる。
「邪魔すんな、クソネコ」
「クソネコでも構いません。お願いです、やめて下さいっ!」
華奢な体に似合わず姫紗の腕力は思った以上に強い。力ずくで引き剥がそうにもなかなか思うようにいかず、空鷹は一先ず携帯を破壊することを諦める。
「千和君」
「空鷹でいい」
「ええと、なら僕のことも清春でいいよ。それで空鷹君」
「なんだ?」
「携帯を壊すかどうかは彼女と話してから決めるべきだ」
「何?」
彼女と言われて空鷹は姫紗の顔を見る。……そこには今にも泣きそうな顔で、必死に空鷹の腕を掴む少女の姿があった。
「おいおい、携帯一台で何でそこまで泣きそうになる?」
「それは私とマスターの絆です。それが私とマスターを繋いでいる契約の何よりの証なのです」
意味が分からない。
この携帯はただの参加資格であり、【ゲーム】における便利ツールではないのだろうか。
他にもっと特別な意味と役割がある。姫紗の口ぶりにはそういう意味合いが含まれているように思える。
「俺は一千万なんていらない。五億にも興味はない。こんなくだらない【ゲーム】にも興味はない、記憶なんざ消されて結構。自分からリタイアする道を選ぶ、それに何か文句あるか?」
「ヘタレ」
それは紫から放たれた言葉であった。
そして聞き流すにはあまりにも空鷹の神経を逆撫でするセリフでもある。
「もう一度言ってみろ」
「何度でも言うわ、このヘタレ」
「上等だ。表へ出ろ」
「落ち着いてくれ空鷹君、それに紫も彼を挑発し過ぎだよ、謝って」
清春に宥められるが、怒りは収まらず空鷹と紫は睨み合いを続ける。
「悪かったわ。本当のことを言って」
「てめぇ、謝る気なんかねぇだろ」
「ないわ」
「……っ」
殴りかかりそうになるが空鷹は大きく溜息を吐くと、深呼吸を軽くして頭を冷やした状態で姫紗に話しかける。
「どうして携帯を壊すことにそんなに反対する?」
「マスターが棄権すれば私は【ゲーム】の参加資格を失ってしまいます」
「別に他に99人も契約者がいるんだろ、そいつに貰われればいいじゃねぇか。出来ないのか、清春?」
「ルール上は可能だよ、携帯電話で契約猫の受け渡しは出来る」
「嫌です。マスター以外に私のマスターはいません」
空鷹の提案に姫紗は断固として反対する。それはとてつもない意思を感じさせる強さで、説得してどうこう出来る様子ではなかった。
「じゃああれか、お前は俺にこの意味不明な【ゲーム】に参加しろって、そういうのか」
「はい。必ずマスターは私が守ります。この命に換えても。マスターが棄権する場合は私が壊れる時とそう誓います。マスターは絶対に安全です」
返答に困る。何を言われても空鷹に参加の意思はないのである。
「これだけ言われてもまだ不満なの? 本当にどうしようもないヘタレね」
「喧嘩売ってんのかてめぇは」
「さぁね」
済ました顔でお茶を飲む紫には腹が立つが、いちいち相手にしていたら話が進まないので無視をすることに決める。
懸命な判断だろう。
「僕も空鷹君の気持ちは痛いほど分かる。僕も同じように棄権しようかと悩んだからね」
「そうなのか?」
「当たり前だよ。軽い気持ちで【ゲーム】に参加したらいきなり美海に襲われて、命を狙われて……、普通だったら棄権したくなる」
「だよな」
「でも考え直した」
強い言葉で清春はそう答える。その意外な意思の強さに空鷹は脅かされた。
「どうしてだ」
「理由の一つは記憶を失うことが怖かったこと。もう一つは紫を見捨てるようで可哀想だったこと。最後に、一千万円という夢のようなリアルに感化されて、五億円という数字に目が眩んだこと」
「随分と欲望に忠実なんだな」
苦笑するように照れた清春はお茶を飲んで一息ついてから、真っ直ぐと空鷹を見つめた。
「僕は君と同じ思いだ。だけど君ほど思い切り良く携帯なんて壊せないし、はっきりと五億なんて必要ないとも言えない。でもそれでいい気がするんだ」
「聞いてばかりで悪いが、理由を教えてもらっても構わないか?」
「もちろん。これだけの大きな事象を動かせるような企業相手に、その意図から逆らうような行為は危険すぎると思うんだ。だから積極的に参加するわけでもなく、かと言って逆らうこともせず様子を見るのが得策だと、そう考えたんだよ」
確かにそれは利口な判断と言えるのかもしれない。
しかし、空鷹にも言い分はある。
「日本全国に百人しかいないのに、この街には少なくとも契約者が三人もいて、そして一人は超好戦的なんだぜ? 様子見なんて悠長に構えている余裕はあるのかよ?」
「だから僕は……、いや。僕らは幸運なんだ」
「幸運? 不幸の間違いじゃないのか?」
「いいや、違う。僕らは間違いなく幸運だ。何故ならば君と僕は協力出来るんだから」
目から鱗とはこのことだろう。清春の一言で空鷹にも彼の言わんとしようとしていることが瞬時に明確に理解できた。
それほど単純なことで、しかし確かに盲点ではあった。
「君も僕も【ゲーム】に積極的ではない。でも共通の敵がいる。おまけに【ゲーム】開始以前からクラスメイトとして面識もある。これほど協力しやすい相手もないだろ?」
確かにそうだ。この【ゲーム】の特性上味方が作りにくいのは明確だが、こと空鷹と清春の場合はそれに含まれない。
しかし、積極的に参加しない様子見の協力関係とは具体的にどういうものなのか。その疑問を聞く前に清春から説明が始まる。
「美海に対して同盟を組もう。同盟の内容は簡単だ。情報は共有すること、互いに攻撃を行わないこと、そして一番重要なのがどちらかが美海に襲われれば片方を助けること」
清春の提示する同盟には隙がなかった。
細かく指定しない分理解しやすいし、揉め事が起きないよう配慮もされている。
何より互いにメリットしかない上、積極的に参加することなく様子見に撤することが出来る。
「同盟相手は俺でいいのか?」
「実は同盟相手を探して歩いていたら君を見つけた。そう言ったら信じるかい?」
「なるほど、だから助太刀してくれたのか。疑わねぇよ、逆に納得した」
断る理由もない。
そう決めると空鷹は改めて清春に手を差し出す。
「その同盟、受けるよ。改めてよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく。空鷹君」
そして二人は固く握手を結んだ。
それから互いの連絡先も交換する。
ふと、変な視線を感じて空鷹はその視線の先を追う。と、そこには紫が居た。
言葉に形容しがたい視線である。
それは不快感。嫌悪感。それを含みながら優しさを含む、そう……。
それは間違いなく憐れみの視線であった。
1
「私はあの男が嫌いです」
清春と紫が帰って開口一番、姫紗はそんなことを呟いた。
「同盟組んだその下の根も乾かんうちに物騒なこと言うなよ……」
「組んだのは私ではありません。マスターです」
確かにそうだが、そう不快感露に同盟相手を嫌ってもらっては同盟に支障が生じる可能性がある。
「お前が嫌うのは勝手だが、その個人的な感情で同盟を破るような真似はやめてくれよ」
「善処します。私はマスターの契約猫ですから」
なにやら、彼女は空鷹の契約猫であることに誇りらしきものを持っているらしい。そういえば美海に空鷹を馬鹿にされたときも尋常ではなく怒っていた気がする。
もっとも、空鷹を直接狙われた怒りには遠く及ばないが。
「………………………………って」
「はい?」
可愛く首を傾げている姫紗は普通に、それはもう当然のように空鷹の部屋に居座っていた。
「俺はお前が家にいることを認めたわけじゃねえぞ」
「では猫を飼うというのはどうでしょう? 食事は取りませんし、下の世話も必要ありません。完璧な愛玩動物です」
「い、ら、ねぇ、よっ」
「ですが、私は契約猫としてマスターをお守りするために常に近くにいなければなりません」
頭を抱えたくなる。
確かに美海に襲われる恐怖から言えば、姫紗に傍に居てもらうのはあながち悪いことではないのである。
しかしそれを認めてしまえばそれを理由にこれからもずっと居座られる気がしてならない。というか間違いなく姫紗は居座るだろう。
「……分かった。妥協しよう。飼い猫としてならこの家に居てもいい。だが本当に飯も下の世話もいらんのか?」
「肯定します。姫紗はアンドロイドですから食事をとりません。故に排泄も必要ありません」
「何で動いてんの、核融合とか言うなよ」
「違います。普通に電力です。太陽光発電で動いています」
「マジで?」
「肯定します」
しかし太陽光発電は効率が悪く、太陽光エネルギーの電気変換率は十数%だとか聞いたことがある。そんな効率の悪さでこれだけの機械が動くのであろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのか姫紗は自分から補足の説明を始める。
「姫紗は最先端技術の結晶ですから、積まれている発電機も規格外の性能です。効率は九十%を超え、また必要電力も非常にエコです」
そう言いながら姫紗は空鷹の携帯電話を手に取ると、とある画面を開いて空鷹に見せる。
そこにはこう書かれていた。
契約猫の充電について。
充電は太陽光によって行われます。基本的に最大充電で一週間ほど稼動しますが、それは猫姿の場合で人間の姿でいた場合は三日程で充電が切れます。
充電は猫姿でのみ行われ、半日ほど猫の姿でひなたぼっこすれば最大まで充電さられます。(天候により充電の速さは上下します)
基本的に猫姿の方が電力消費は少ないので、普段はなるべく猫の姿でいさせてこまめに日向ぼっこで充電させて下さい。
また、戦闘時は激しい電力消費となり場合によっては数時間で充電が切れる場合もあります。
充電が切れた場合、強制的に猫の姿になります。その状態で日向に当てれば猫は回復します。人形のまま充電が切れた。日向に置いても回復しない。その場合は当社にご連絡ください。
TEL―※※※―※※※※―※※※※
「と、いうわけです」
何故か誇らしげに胸を張る姫紗をシカトして空鷹は携帯を奪い返す。
「ここに書いてあることが全て本当なら、オーバーテクノロジーもいいとこだぜ。火力発電所も原子力発電所もお役御免じゃねぇか」
「その通りです。確かにこの技術が一般に広まれば発電所の廃止は有り得なくもないでしょう」
「……疑問はそれだけじゃねぇ。武器とか服もだ。猫姿になって服は消えるし、人姿になったら服着ているし。武器は突然出てくるし」
姫紗は空鷹のジャージを着ている。
そして彼女が猫の姿になった時にそこにあるべきジャージは消えていて、そして人の姿になった時には普通にジャージを来ていたのだ。
どう考えても物理的におかしいだろう。
武器が突然現れたことについても理解が出来ない。
「その技術については発言する権限を姫紗は持っていません。が、言える範囲で説明すれば姫紗達のようなアンドロイドは皆、物質を分解登録して保管しそして復元する機能が付いています。武器も服もそれで分解保存し必要な時に復元しているのです」
「そんな技術あったら公表されていていいと思うんだが……」
「技術とは常に一部の人間の間で進化するものです。その他大勢は十年以上遅れた技術を最新技術として認識しているのです」
「十年未来であってもこんな技術は有り得ないと思うんだが」
「それについての発言は姫紗には権限がありません」
言えないだけで知っているらしい。
どうやら姫紗というアンドロイドの個体の脳内、この場合は記憶メモリだろうか。そのブラックボックスには世界がひっくり返る程の技術が詰め込まれているのだろう。
今までの話が全て本当であると仮定した場合だが。
「取り敢えず分かった。もうめんどくさいからお前を飼い猫として飼う」
「理由はともかく、ありがとうございます」
半分納得、半分不満そうな顔の姫紗を軽く無視しつつ。空鷹は自分の晩御飯を準備する。
準備するとは言ってもお湯をかけて待つだけではあるが。
疲れ果てている上に元気もないので今日はカップ麺だけにしたのである。
質素な晩御飯を済ませたあとはアパートから徒歩十分程度の場所にある銭湯に向かう。
余談だが、銭湯の男湯にまでついて来そうになった姫紗を引き離すも、猫の姿になってまで中に入ろうとしたのには驚いた。
ゆっくりと銭湯で疲れを癒やし、軽く散歩して家に着く頃には空は完全に暗くなっていた。
そして就寝前に空鷹は姫紗に切り出す。
「で、寝床だが……」
「どこでもいいですよ。猫の姿で寝るので場所は取りません」
そう言いながら姫紗は一瞬で猫の姿に変わると、優雅な足取りで自分が丸くなれるような場所を探し始める。
「便利なもんだな」
「みゃー」
どうやらやはり猫の姿では会話は出来ないようである。
「邪魔になんないなら好きな場所で寝ろ。明日はお前の服を買いに行くぞ」
「にゃ?」
可愛く首を傾げる姫紗に説明が面倒なのでそのまま無視し、空鷹は布団を敷き始める。
布団を敷き終える頃には姫紗も寝床を確保できたらしく、電気を消して空鷹は就寝した。
就寝してから一度だけ少し目が覚めた。理由は不自然な温もりだったが、特段気にすることもなくそのまま眠りについた。
2
目が覚める。
空鷹は夜更しさえしなければ、目覚ましを利用しなくても毎日同じ時間に自然と目が覚めるタイプの人間である。
不思議と睡眠時間六時間程で必ず目が覚めるのだ。故に休みの日や早く寝すぎてしまった日は二度寝をするである。
そして昨晩は0時付近に寝たので現在は朝の6時と予測できる。あくまでも体感での話ではあるが。
ゆっくり朝食を取り、着替えて登校するには十分すぎる時間である。
しかし空鷹には登校する意思はない。月曜日なのにも関わらずだ。
原因は現在空鷹の布団の中にいる少女にあるのだが。
「……って、はぁぁぁぁぁぁあ?」
驚きのあまり近所迷惑を考えずに大声で叫んでしまう。普段の空鷹ならば考えられないような失態である。
「な、なななな、何でお前が俺の布団で寝てんだよ。それも俺の横でっ!」
何を思ったのか何が狙いなのか意味が不明だが。なにやら姫紗は人間の少女の姿の状態で、いつの間にか空鷹の布団に侵入して抱きつくように寝ていたのである。
「ふぁあ……、あっ、おはようございます。ますたぁー」
「おはようございます。じゃっ、ねぇよっ!」
「??? こんばんは?」
「挨拶の時間帯を指摘してんじゃねぇよ。おはようございます。で合ってる。俺が言いてえのは、なんでてめぇが俺の布団の中に居るんだってことだ」
「……あったかそうだったので」
「理由になってねぇよ。そもそもそれなら猫の姿でいいじゃねぇか」
寝起きで頭が回っていないのか、やや頓珍漢な受け答えの姫紗に空鷹は呆れ気味に頭をがりがりとかく。
意味がわからない。行動が読めない。対応が出来ない。
空鷹の今の心境を箇条書きで表すとそうなる。それ程までに姫紗の行動は奇妙奇天烈なのである。少なくとも、空鷹にとっては。
「はやく布団から出てけ。邪魔なんだよ」
「ぬくぬくから抜け出せないです」
布団から可愛らしく少しだけ顔を出した姫紗はこれまた可愛らしくそう言うが、そんな媚びるような仕草で意見を変える空鷹ではない。
「いいから早く出てけ、蹴り飛ばすぞ。お前は猫かっ……。猫だなぁ………………」
自ら墓穴を掘る空鷹。どうやら彼もまた寝起きで頭が回っていないらしい。
「じゃあもう俺が出る。お前はそのまま布団で寝てろ、捨ててやるから」
空鷹は布団ごと丸めて姫紗を捨てるつもりなのだ。
「本気ですか?」
「俺はいつも本気だ」
「今すぐ出ます」
そう言うと姫紗は布団から這い出るように出てくる。まるで脱皮する蝉のようである。
硬い幼虫時の殻と言う名の布団を破り、姫紗の柔肌がどんどんあらわになる。
うなじから肩、とても綺麗な色白の肌が見える。そして肩から背中の綺麗なラインに目を奪われる。膨らみ始めの発育途上の小さな二つの丘も少しだが視界に入った。
そして彼女のお尻が見えたところで、姫紗の頭上から空鷹のゲンコツが振り下ろされた。
鈍い音と同時に姫紗は悲鳴をあげて床に蹲る。
「痛いです。マスター」
「お前、俺のジャージはっ?」
「寝苦しいので脱ぎました」
「じゃあ全裸か? 馬鹿じゃねぇのっ、お前、全裸で一晩中俺に抱きついていたのか!」
「肯定します。しかし、姫紗は馬鹿ではありません」
頭が痛くなってくる。
この姫紗とかいうポンコツアンドロイドには情緒、羞恥、道徳などの常識が絶望的に抜け落ちているらしい。
不良品もいいとこである。
「俺の安眠を妨害したいのかコノヤロウ。だったら残念だったな、こちとらぐっすり熟睡だぞバカ野郎」
「それは良かったですね」
「普通に受け取るな、皮肉だボケ」
重要なことに空鷹はようやく気付いた。
この猫型アンドロイドには常識などが微妙に欠けているらしく、それらを教えて学ばせるのも契約者の大切な仕事の一つらしい。
面倒なことこの上ない。
大きく溜息を吐いた空鷹は、どこまでも憂鬱そうな表情で呟いた。
「前途多難だな……、こりゃ」