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100番目の契約

続きです。

 第一章 100番目の契約


 千和空鷹は微睡みを振り払い、よろける足でなんとかベッドから立ち上がろうとした。

 普段ならば寝起きは良いほうであったが、前日の夜更しがかなり効いているらしく目覚めはすこぶる悪い。

 短く切り揃えられた髪は普段から自然と立っているのだが、寝癖がついた今のそれは爆発したかのような髪型となっている。

 身長は同世代では平均以上で、体はスポーツをやっていないにも関わらず良く引き締まっていてまるでボクサーのような体型だ。

 彼の筋肉には無駄がなく、柔軟性と持久力を兼ね揃えかつ瞬発力に秀でている。

 顔は整っているのだが、残念ながら鋭い目付きと暗く不機嫌に見える表情が全てを無駄にしていた。

 誰が見ても怖い。そんな顔をしている。

「……誰だ。こんな時間に」

 ドアをノックする音に苛立ちながらも渋々空鷹は玄関に向かって歩きだす。

 普段ならば数秒とかからない距離が長く感じてもどかしい。

 この訪問者さえいなければ空鷹は夜更しした分の睡眠を取り戻すために、この怠惰な朝を貪るように寝て過ごせるというのに。

 インターホンが故障して鳴らないことに気付いてノックするのは構わないが些か力が強すぎる。

「そんな激しくノックされたら近所迷惑だろうが、苦情来たらどうすんだまったく」

 そんなことをボヤきながら空鷹はようやく玄関に辿り着く。

 扉を開けたら美少女が立っていて、「もう朝だよ。こんな時間まで何してるのっ? はやく学校に行くよっ!」とでも言ってくれればまだ機嫌も改善されるのだが。

 そんなわけもなく、目の前にいたのは四十半ばの加齢臭漂うおっさんであった。

 それも真夏の熱気と日差しで汗を滴らせている所為か体臭が酷い。朝からこんな一撃を見舞われては正直吐いてもおかしくはないと思う。

「宅急便です。千和空鷹様のご自宅で間違いないでしょうか?」

「あ? ああ、そうですけど」

「ではここに印鑑をお願いします」

 空鷹は首を傾げる。

 そもそも空鷹の家に訪問者が来ることはほぼない。一人暮らしでボロアパートに住んでいるわけだが、空鷹の悪名は近所に広く知れ渡っておりセールスマンですら訪問を躊躇う状態なのだ。

 そんな彼の家に宅配物。

 可能性としては誤配達か、千和の家から送られてきた物だろう。

 あの夫婦がそんな気の利いたことをするはずもないが、妹ならば有り得なくはない。

「あのぉ……」

 黙って宅配物を睨み続ける空鷹を不審に思ったのか、宅配人が非常に困った声をあげていた。

「印鑑ね、ちょっと待って」

 空鷹は印鑑を玄関脇に飾られた小物入れから取り出すと、指定された場所に押して荷物を受け取る。

「ありがとうございましたー」

 そして去っていく宅配人。

 去っていってから気付いた。今更遅いことだが、これは見逃せない事実である。

「……差出人不明だぞ、この宅配物」

 空鷹はその宅配物であるダンボール箱を抱えながら少し考える。

「そのまま捨ててやろうか」

 悪質な贈り物とも限らなくはない。というか怪しい雰囲気しか醸し出していない。そんなダンボール箱をどこの物好きが開けようか。

 しかし好奇心が勝ってしまう。

「よし、中身を確認するか」

 引き出しからカッターを取り出すと空鷹は器用にダンボールの口を解体していく。ちなみに彼の住む家は築ウン十年のオンボロアパートの一室で、古く狭いため軽く手を伸ばせば大体の物は出すことができる。

「よし、んで中身は……と。……………………はっ?」

 すやすやと気持ちよさそうに寝ている綺麗な毛並みの猫と、一台の携帯電話機。

 それが箱の中身だった。それだけであった。

 実に拍子抜けである。いや、予想外といえば予想外ではあるのだが。

「匿名の送り主から猫と携帯電話のプレゼント? 組み合わせが謎過ぎてむしろ笑うわ」

 基本的に物怖じせず行動する空鷹は携帯電話を手に取ると電源を付けてみる。付けてみようとするが携帯電話に反応はない。

「あれ、壊れてんの?」

 重量感や作り込みから言って偽物やおもちゃなどではないと思うのだが。

 手元の携帯らしきものをよく観察する。

 色は黒。ボタンの無い今時流行りの画面タッチ式だが、見たことのない機種な上にメーカーロゴもない。

「つまんねぇ……」

 興味が完全に尽きてしまったので、空鷹は手にあるそれをそこらへんに投げ捨てると次は寝ている猫を抱き寄せる。

 起こしてしまうかと危惧したがどうやら猫に起きる気配はない。この猫が図太いのか野生というやつの欠片さえも残らず全て捨ててしまったのかは分からいないが、何の反応もない携帯電話より興味を惹かれることに間違いはない。

「メスか……」

 持ち上げながら股間を見て性別を確認する。特に意味はないが何故かやりたくなる行為のひとつである。

 次の瞬間、やかましい電子音が部屋中に響き渡る。それもとんでもない音量だ、近所迷惑レベルの騒音である。

 空鷹はその音に驚いて手を滑らせてしまった。そう、それは偶然である。手を滑らせ重力に従い落下した猫は偶然空鷹の顔目掛けて落ちていき、それまた偶然猫の口と空鷹の唇が触れたのである。

 相手は猫だ。例えそれがファーストキスだったとしても動揺も高揚もない。

 動物相手に過剰反応するような行為ではないし、動物相手に発情するような特殊な性癖も持ち合わせてはいない。

 だが、……それは相手が猫の場合の話である。

 それが人間相手であるのならば話はまた違ってくる。当然のことだ。

 そして今、目の前で空鷹と唇を合わせているのは紛れもなく人間の女の子であった。

 女の子とキスをしている。その事実を理解した瞬間、空鷹の鼓動は一気に高まる。

『契約が完了しました』

 携帯電話からそんな無機質な電子音声が響く。

 そして銀色の美しい髪が視界に入る。まるでおとぎ話に出てくる登場人物のような美しさのそれはどこか作り物めいていた。

 急激に劇的に空鷹の脳は回転を始める。

 状況を整理し始める。が、思うようにいかない。当然だ、このような想定外想像外の出来事に対し冷静に観察し判断できる人間など変人以外の何者でもない。

 思考停止し動揺のみが頭だけではなく体さえも縛り付ける。

「誰だお前?」

 搾り出すように出てきた言葉がそれだった。

 空鷹の目の前には全裸の女の子がいた。全裸である。布切れすら身につけていない完全な裸である。

 それだけでも動揺する理由には十分だが、かなり整った顔をしている美少女なので動揺に拍車がかかっている。

「識別番号100番、個体名【姫紗】です」

 整った顔に感情を伴わない表情で彼女は無機質にそう答えた。まるでそれが義務であるかのような無感情な声に多少のイラつきを感じた。

「姫紗? それがお前の名前なのか」

「肯定します」

「何で裸なんだ?」

「初期装備に衣服は登録されていません」

「……意味不明なんだが」

 姫紗はとても綺麗な蒼色の瞳をした美少女だ。年は恐らく十四歳から十六歳辺りだと思われる。

 整った顔立ちで渋谷でも歩こうものなら数分でスカウトに声を掛けられることだろう。

 髪型は腰まで届くストレートで燦然と輝く銀色である。その色も相まって幻想的というのだろうか、とても浮世離れした印象を受ける。

 少女を観察する空鷹の背後で再びけたたましい騒音が鳴り響く。発生源は勿論例の携帯電話であった。

「メールの着信だと?」

 画面にはメールを着信しました。と完結に表示されており、それを開くように携帯電話に促されている。

 嫌な予感しかしなかった。

 それを開くことはパンドラの箱を開けることと同じような気がしたのである。

 それでも空鷹は携帯電話を手に取り、画面を数回タッチしてそれを開いた。

 そこにはこう、記されていた。


 おめでとうございます。

 約一億二千分の一を引き当てて、あなたは見事【支配者】を目指す資格を手に入れました。

 続いてこの【ゲーム】におけるルールを提示します。

 1、携帯電話の破損は失格を意味する。

 2、己の【契約猫】の破損は失格を意味する。

 3、【ゲーム】のことをそれと知らぬ第三者に教える。または助けを求めた場合は己の【契約猫】によって強制的にそれを阻止される。

 4、【契約者】には必要経費として一千万円が与えられ、その使用方法は契約者に一任され、またその経費に関する返済責任は一切求めない。

 5、このメールから三十日間を1stステージとし、その間に以下の条件を満たさなければ失格とする。

 (1)【猫】と契約し、その使い手として覚醒すること。

 (2)契約者として【契約能力】を覚醒させること。

 (3)他者の【契約猫】を破壊または携帯を破壊し、一人以上を失格にさせること。

 (4)三十日間以内に2ndステージに辿り着くこと。

 6、失格の際は企業により【ゲーム】に関する全ての記憶を消去されるが、その後の人生に影響のないよう企業が責任をもって保証する。

 7、最後まで生き残り戦い抜いた契約猫の契約者には企業から賞金として税金を差し引いた額で五億円が付与される。

 以上のルールに納得していただいた方はこの携帯電話に同封されていた猫と口付けし、契約を完了させて下さい。


 空いた口がふさがらないとはまさにこのことだった。

 呆然と間抜けな顔を晒し続けた空鷹は彼を見つめる瞳に気付いて我を取り戻す。

「何見てんだコラッ」

「忠告します。マスターは私ともっと情報交換をするべきです。疑問は溢れるほどあるのでしょう?」

「そりゃ確かに疑問は溢れかえるほどあるが、情報交換? 俺が、お前と?」

「肯定します」

「冗談じゃない。つか出てけ、俺の部屋から出ていけこの痴女が」

「否定します。私は痴女ではありません」

 空鷹は目の前の全裸の少女を眺めると改めて言う。

「いきなり全裸で男の前に現れた女相手に、痴女以上に似合う呼称はないと思うんだがどうだ?」

「否定します。私は好き好んで裸でいる訳ではありません。差し支えなければマスターに私の着る衣類を用意して頂きたいのですが」

「差し支えありすぎだボケ。俺の家に女物の服があるわけねぇし、あったとしてもてめぇにやる道理はねぇ」

「それは私を裸にしておきたいという意味でよろしいのでしょうか?」

「全然よろしくねぇよ、お前人の話を聞いてねぇだろ」

 ガシガシと頭をかきながら空鷹は姫紗と名乗る少女を睨みつける。

「消えろ、俺の部屋から出てけ。それとも力ずくで追い出してやろうか?」

「拒否します」

 その言葉と同時に姫紗の体が一瞬光ると次の瞬間には猫の姿になっていた。綺麗な銀色の毛並みをした最初の猫である。

「このっ、化け猫がっ……。つまみ出してやるっ!」

「みゃあっ」

 そして猫と人間の壮絶なおいかけっこが始まった。

「待てっ、……こらっ」

「なーっ」

「あ、こらっ、……やめろ。おいっ、そこには行くなこの馬鹿猫っ」

「ふーっ、しゃーっ」

「威嚇すんじゃねぇっ!」

 部屋に置いてあるものを蹴り散らかし、棚の上の物はひたすら落下させて一人と一匹は追いかけっこを続ける。

「ちっくしょうがぁっ、覚えてろ捕まえたら皮剥いで三味線にしてやんぞ」

「にゃっ、……シャーッ」

「あっ、こら牙むくんじゃねぇあぶねぇだろうが。爪も立てんなっ」

「……フーッ」

 どれだけ掴みかかろうと飛びかかろうと身軽な猫に翻弄されて捕まえられる気配がない。空鷹は運動神経には自信がある方だが、それでも猫相手ではどうしようもなかった。

 小さいうえに素早く身のこなしの軽やかな猫には人間の身体能力ではついていけないのである。

 そしてその戦いは空鷹の体力の枯渇という形で決着が付いた。それも部屋を大いに散らかし荒らすという代償を払ってである。

 徒労もいいところだった。

「よぅし分かった。落ち着こう。話し合おう。もう追い出しはしない。だから出来ることなら人間の姿に戻ってくれ」

「みゃっ」

 空鷹の要望に猫は短く返事すると再びその体を光が包み、瞬きした次の瞬間にはそこにはまた美少女が全裸で立っていた。

「マスターは乱暴。もっと冷静に話し合うべきです」

「うるせぇ、取り敢えず俺のジャージ貸してやるから服を着ろ。落ち着かねぇんだよ」

「それは私に興奮しているという意味で――」

「よろしくねぇよ。いいから黙って着替えろ」

 空鷹はそう言いながら立ち上がり、タンスの中から自分のジャージを取り出すと姫紗に向かって投げ捨てるように渡す。

 それを素直に受け取った姫紗はそのままそれに着替えようとする。裸を見ておきながら今更という感じだが、空鷹は何故か恥ずかしくなって彼女に背を向ける。

 裸も十分刺激的だが、異性の着替えをまじまじと見るのは些か刺激が強い。もう既に元気になっている息子を鎮める意味も含めて空鷹は天井の染みを無意味に数え始めた。

「ところでお前何者なんだ? 猫になったり人になったり裸だったり」

「姫紗は姫紗ですが、個体名ではなく型式や私の存在そのものという意味でならば、こうお答えしましょう。Humanoid weapon[cat model]ナンバー100と」

「意味不明なんだが」

「簡単に言えばアンドロイドです。人造の生物兵器です」

「……どこぞのSFだよ」

 かろうじて空鷹に言えたのはそれだけであった。

「宗教でも怪しい勧誘でも頭のおかしい人の戯言でもありません」

「……分かった。確かに猫から一瞬で人間になったりと異常さは十分この目で見させてもらったからな、お前がアンドロイドであることは認めよう。百歩譲ってな」

「当然です」

「そのすっごい科学技術の結晶が何で俺の家に宅配されてんだ?」

「マスターは馬鹿ですか? メールを読んではいないので?」

「軽く殺意が湧いたが今は捨て置こう。後で覚えとけよ、てめぇ。……メールの意味が分からんから聞いてんだ」

 【ゲーム】がどうたらこうたらで、契約者がどうのこうので、契約猫がうんたらかんたらと長々と書かれていて読む気が失せた。

 空鷹はあまり長い文章を読むことに慣れていないのだ。

 小学校の夏休みの読書感想文であまりにも本を読むのが嫌なので、あらすじから本の内容を想像して感想文を書ききった程である。

 その感想文が表彰された時は何かの間違いではないのかと複雑な気持ちになったものだが今ではいい思い出である。

「お前が説明しろ、めんどくさい」

「……では僭越ながら私が説明いたします。マスターは日本国民の中から百ある当たりのうちの一つを見事引き当てました」

「俺は何も応募していないが」

「関係ありません、本人の承諾も周知もなく勝手に全国民からランダムで選ばれて強制的に箱が送られました」

「迷惑極まりないな、それ」

 つまり空鷹のところに来たダンボール箱がその箱なのだろう。

「その中には【ゲーム】の参加資格である携帯電話と、パートナーとなるアンドロイドが一台入っています」

「百人全員に同じ物が入っているのか?」

「否定します。厳密には違うのです。携帯電話は同じですが、アンドロイドにはそれぞれ個体差があります。性能差であり個性でもあります。百種類のアンドロイドがランダムに送られるという訳です」

「じゃあ猫じゃないのもいるのか?」

「否定します。百台全ての型式はHumanoid weapon[cat model]で統一されており、その全てが猫と人間を模した姿をしています。違うのは初期の性格や性能などです。自分の契約猫ならば携帯電話で確認できますよ?」

 言われたとおり空鷹は携帯電話を手に取ると画面を調べてみる。

 二度右側にスライドさせるとhimesyaと書かれたアイコンがあり、空鷹はそれを迷わず開く。

 そこにはこう書かれていた。

 個体名:姫紗

 初期性格:生真面目タイプ

 識別番号:100番

 基礎能力:

 パワー4

 スピード9

 テクニック8

 タクティクス5

 アビリティ10

 総合36(A)

 固有能力:乙女の聖域

 どうやらそれぞれの項目を選択すると詳細が見られるようだが、空鷹は一先ずそれを閉じて再び自分のジャージを着ている目の前の美少女に目を向ける。

「ゲームの操作キャラクターのステータス画面みたいなんだが」

「実際のところロールプレイングゲームを参考に作られているようです」

 胡散臭さがうなぎ登りである。信用に足る情報が何一つない。疑ってくださいと言われている気すらしてくる。

 そしてまた携帯電話がけたたましい音を響かせた。

 そろそろ隣の部屋からのクレームを本気で心配したほうがいいのかもしれない。

「うるせぇな」

「着信は設定で変更できます。ちなみに初期設定は音量が最大です」

「通りでうるさいわけだ」

 愚痴りながら空鷹は携帯電話を操作し、届いたメールの内容を確認する。

 件名:全契約者へ

 本文:100名の契約者と契約猫が揃いました。これより1stステージを開始いたします。

 参加者のご武運をお祈りいたします。

 そこには短く、そう書かれていた。

「もしかして俺らが最後の100組目なのか?」

「肯定します。私の識別番号は100。最後の契約猫です」

「この大規模な茶番は何が目的なんだ?」

「知りません。ただ、私たちの目的は100機の契約猫の中で一番優秀であることを、戦闘によって証明することです。それに協力してくれた契約者達にも勝ち残れば当然恩恵はありますし、負けたところで失うものは何一つありません。簡単に言えば強制参加のゲームのようなものなのです」

 とても都合のよい話に聞こえる。確か賞金は五億円だとか、おまけに経費として無条件で一千万だ。本当のこととは思えないがもしも嘘でないのならば破格の条件のゲームである。

 しかしそれが本当であったとしても空鷹には興味がなかった。

「興味ないな、めんどくせぇ」

「正気ですか、最後まで勝ち残れば五億円ですよ?」

 信じられない物を見る目で姫紗は空鷹を凝視する。どうやら彼女のプログラムされている人間の反応とは大きく異なるらしい。

「俺が欲しいものは金じゃ買えない。残念ながらな」

「疑っていますね。ならば携帯を確認してください、電子マネーで一千万円が間違いなくチャージされている筈です。おまけにその形式の電子マネーはATMで換金可能です」

 そういう問題ではないのだ。そんなことでは空鷹の興味を引くことは出来ない。

「他を当たれ、俺はやる気もその気もない」

「……完全に信じていないのか、嘘だと最初から決め付けているのか。とても頑なですね。これだけの好条件なのに積極的になるどころか、本当かどうかも調べないなんて信じられません」

「残念だったな疑い深い人間で、怪しい絵とかツボは死んでも買わない主義でな」

 空鷹の様子を見て姫紗は首をかしげる。どうにも彼の様子が腑に落ちないらしい。

「見る限り話を理解していない訳でも、完全に信じていないわけでもなさそうなのに、マスターには動揺も興味も伺えません。どうやらマスターはとても特殊な人間のようです」

「そりゃどうも」

「端的に言えば、物事に興味を抱けないという印象を受けます。まるで全てが自分とは関わりないと初めから決めているかのようにも感じます」

 姫紗の自分を見定めようとする視線に空鷹は激しい嫌悪を感じる。それは目に見て明らかなほどの怒りとなって場の空気を重くした。

 その尋常ならざる気配に姫紗はたじろぎ、思わず無意識の内に空鷹と距離を取るように体が動く。

 姫紗が自分のその行為に気付いたのは、背中に壁がくっつくほどに後退した頃だった。

「物事には興味を示さないのですが、詮索されるのはお嫌いなようですね」

「……黙らないと今度は本気でたたき出すぞ」

「――――っ」

 姫紗は、出来るものなら。と、言い返す気でいたが、それは喉元で留まり口から発せられることなく終わった。

 空鷹のその深く鋭い瞳を見た瞬間に言うことが躊躇われたのだ。

「ったく、意味わかんねぇの届けられちまったなおい」

 深い溜息を吐きながら空鷹はタバコのケースを軽く叩き、そこから一本取り出して口に加える。

 マルボロである。高校生の癖に普通に持ち歩いているのである。

「火をどうぞ」

 そう呟きながら、どこから持ってきたのか空鷹のライターで火を差し出している。どうやらこのアンドロイドも少しは気が利くらしい。

 遠慮なく火を貰おうと顔を近づけようとした空鷹に姫紗は一つ質問する。

「ところでマスターはおいくつですか?」

「歳か? そうなら十八だ」

 瞬間ライターから火が消える。姫紗が突然消したのである。

 故に虚空にタバコを突き出す間抜けな空鷹の顔だけが残った。

「なんの真似だ」

「未成年の喫煙は法律で禁止されています」

「ああ、そうだな。いいから早く火をよこせ。こちとらヤニが切れてんだよ」

 非常にイライラした声で空鷹は言うが、姫紗は自分の行動に絶対の自信を持っているのか譲る気配は一切ない。

「……嫌煙者ではないんだな?」

「肯定します。アンドロイドにタバコの煙は毒ではありませんから、ですが法律違反はいけませんマスター」

「黙って火をつけろ。次はグーで殴るぞ」

 最終通告のつもりで空鷹は姫紗を脅すように言うが、どうみても彼女に堪えた様子はない。

「若いうちの喫煙は体を壊します。ただでさえ体に悪いのに」

 痺れを切らした空鷹は姫紗からライターを無理やり奪おうとする。が、機敏な動きでそれをかわされてライターを奪い取ることが出来ない。

 暫くライターの奪い合いが続くが、どれだけ素早く動こうと虚術交えて意表を突いても姫紗には通用しないらしく、彼女の手からライターを奪うことがどうしても出来なかった。

「……なかなかやるじゃねえか」

「戦闘型アンドロイドですから」

 空鷹は不意に立ち上がって彼女から離れると、小物入れの引き出しからジッポライターを取り出す。が、気付けば次の瞬間にはそれは姫紗の手元にあった。

「今のは本当に凄いな、全然気付かなかった」

「少し本気を出してみました」

 照れたように笑う姫紗だが別に褒めたわけではない。何を勘違いしているのかは知らないが空鷹の機嫌は悪くなるばかりである。

 タバコを吸えずニコチンが摂取できないことも相まって、非常に不機嫌な状態で空鷹は彼女を無視して部屋を出ていく。

 そしてそのままドアに鍵さえ掛けずに階段を下りていく。

 空鷹のアパートは二階建ての築四十年で、風呂なしトイレは共有という見事な待遇で隣の部屋の住人の生活音は完璧に聞こえる上に、どこもかしこも壊れかかっていておまけにゴキブリがとても良く発生する。もしかしたら左右どちらかの部屋の住人が不衛生な所為で、ゴキブリを大量生産していてその被害を被っているのかもしれない。

 ちなみに意外と空鷹は綺麗好きである。

「……………………」

 ギシギシと今にも壊れそうな音を立てる階段を降る。一段ごとに底が抜けるのを心配しなければならないような階段だ。

 手すりはサビで元の色が分からないくらいに傷んでいる。

「……………………」

 そんな階段を軋ませる足音は二つ。一つは勿論空鷹のもので、そしてもう一つは彼のすぐ背後から聞こえていた。誰のものであるかなど考えたくもなかった。

「おい、なんでついてくるんだ」

「愚問ですね。マスターに契約猫が着いてくるのは当然のことです」

「当然のことです。……じゃ、ねぇよ。俺は一人で出掛けんだ、てめぇは着いてくんな」

「拒否します。私はマスターをお守りする義務があります。それが私の存在意義です」

 空鷹は再び携帯電話の画面でhimesyaのアイコンを開く。そこにはゲームキャラのステータスのようなものがあり、そして初期性格:生真面目と書かれていた。

 確かに頭に馬鹿が付く程の生真面目のようだ。

「勝手にしろ」

「了解しました」

 空鷹はまた大きく溜息を吐く。もう何度目か分からないそれは初夏の澄んだ空気に溶けてなくなった。

 日は既に登っているがどこか春の涼しさもほんの少し残している。暑いことは暑いのだが時折吹く風が非常に心地よい。

 夏が、すぐそこまで迫っていた。

 高校生最後の夏が始まろうとしていたのだ。


   1


 自販機で買った炭酸ジュースを片手にあてもなく歩き続ける。

 そして当然のように姫紗はその背後を追いかけ続けていた。

 彼女が諦めることを祈って無駄に目的地もなく、うろうろただひたすら歩き続けたがどうにも諦める気配はなさそうである。

「おい、クソネコ。落ち着かねぇんだよ、休日をエンジョイできねぇんだよ。消えろ」

「……これは申し訳ありません気が回りませんでした」

 そう言うと姫紗は一瞬で猫の姿になると、これでよろしいでしょうか。とでも言うかのように、まるで褒めてほしそうな顔で空鷹を見ていた。

 蹴り飛ばしたい衝動に襲われるが、相手は異常にすばしっこい猫である。無駄であると判断して諦める。

 確かにジャージを着た銀髪の美少女に追いかけられるよりは猫のほうが幾分マシである。そのままの状態で空鷹は散歩を続けることにした。

 そして数時間歩き続けても気分は晴れることがなく、空鷹もこれ以上は疲れるだけだとまた深い溜息を吐いて家に戻ることに決めた。

 その間姫紗は猫の姿で飽きることもなく延々と見守るように空鷹に着いてきていた。正直気味が悪かったが、なるべく気にしないことに決める。気にしても疲れるだけだと判断したのだ。

 そしてそれは見慣れたボロアパートの目の前にいた。

 待ち構えるように、待ちわびたように、そこに存在していた。

 シルエットは人間だった。恐らく女性だろう。

 さらに近づくとその詳細も分かってくる。

 燃えるような赤い髪が印象的だった。鋭い瞳は冷たく凍てついていて、背筋に冷たい何かが通り抜けた。

 肩程までのセミロングの赤い髪が風と共に柔らかに踊る。

 そしてその人物は口を開いた。

「100番目、貴方に戦闘を申し込むわ」

 空鷹と姫紗に対して確かにそう呟いた。

 耳には金色のイヤリング、短いスカートは皮製で挑発的な雰囲気を醸し出している。胸は強調するように開いており豊満なバストが惜しげもなく晒されていた。

 全体的に赤を前面に出したファッションはとても派手で、空鷹の趣味とはかけ離れており気分すら悪くなる。

「趣味の悪い御嬢さん、俺に何か用か?」

「お馬鹿な契約者さんに一つだけ忠告してあげる。このゲームに開始の合図はない、故に三百六十五日二十四時間その全てが戦いの場なのよ」

 目の錯覚だろうか、それとも幻覚かなにかであろうか。確かに数秒前までは彼女の手には何もなかった。が、今は巨大な大剣が握られていた。

 刀身が彼女の身長ほどもあり、横幅が三十センチ近い程の大剣だ。隠せるとは思えない。

 どこから取り出したのか全く分からない大剣が、まるで最初からそこにあったかのように彼女の手に収まっていた。

「マスター、下がってください。敵です」

 いつの間にか人間の姿になっていた姫紗が空鷹を庇うように前に出ている。不覚にも一瞬安心してしまった自分を空鷹は恥じた。

「名乗り出たことに敬意を表し正々堂々戦うことを誓いましょう。識別番号100番、固体名姫紗。戦闘を受理します」

 そして姫紗の手にもいつの間にか剣が握られていた。相対する女の大剣と比べると非常に小さいが、姫紗の体型を考えれば丁度いい大きさに思える。

 澄み切った青空のような蒼色をした美しい剣だ。

 その若干細めの両刃の剣も、まるで初めからそこにあったかのようにその手に収まっていた。

「行きます」

 先に仕掛けたのは姫紗だった。

 その小柄な体を弾丸のように奔らせて地面を滑るように相手に飛び掛かる。驚くべきはその脚力だ。踏み込んだ地面が陥没している。もちろんよく手入れされたコンクリートの地面である。

 そしてその速度のまま体重を乗せた一撃を振り下した。

 上段からの一撃だ。体重と速度が乗ったそれはとんでもない威力を秘めていた筈だった。

 しかし、それを相手は片手で持ち上げた大剣で軽々と受けとめている。信じがたい腕力であった。

「速いわね。でも軽い、貴方の攻撃には重さが決定的に足りないわ」

「あまり戦闘中にお喋りはお勧め出来ません。舌を……」

 一呼吸置いて、軸足に体重を乗せて姫紗は再び仕掛ける。

「噛みますよっ!」

 上段、下段、中段、下段、下段、上段、右、左と縦横無尽に体を最大限に駆動させて連続で斬り付ける。

 速い。一撃目と二撃目の間隔を感じさせないほどに見事な連携であり、それは完成された武芸を感じさせる。

 が、それを全て冷静に受け流している相手も只者ではない。

「申し遅れたわね。私は識別番号20番、固体名美海よ」

 自己紹介を終えると守勢に回っていた美海は突然攻勢に切り替えた。

 踏み込みからの一撃、大剣を横に薙ぎ払ったそれはシンプル故に強力であった。

 彼女の腕力と大剣の重量が合わさった一撃は姫紗の一撃の比ではない威力を秘めており、辛うじてそれを防いだ姫紗の体ごと吹っ飛ばした。

「軽いのよ、貴方は」

「なんて馬鹿力ですかっ」

 その光景を空鷹は呆然と眺めていた。

 思考することなど出来ない。常識離れした光景にただただ驚くしかない。そこには驚愕のみがあり、それ以外の物を脳が拒否しているような錯覚に陥る。

 しかし呆然と眺めている間にも美海と名乗る女と姫紗の戦いは続いていく。

 美海の振り回す大剣がまるで台風のように蹂躙している。それを速さと剣捌きの正確さでなんとか凌いでいるのが現在の状況だ。

 美海の腕力は絶大であり姫紗を圧倒的に凌駕している。速度は姫紗の方が速いがそれも大きな差ではない、根本的な戦闘力が負けているのである。

 このまま押し切られるかと思われた瞬間、姫紗は美海の強烈な攻撃を捌きつつ僅かな隙を作って攻撃を誘い込む。突然出来た隙に反応して大剣の激烈な一撃が見舞われるが、それは姫紗の狙い通りであった。

 一閃。

 紙一重で大剣の攻撃をかわした姫紗は剣速に特化したその渾身の一撃を滑り込ませる。が、相手も流石のもので完全なカウンターの筈だったその一閃をスウェーバックで紙一重でかわす。

 かわした筈だった。

 しかし美海の頬からは赤い雫が伝っていた。かわしきれていなかったのである。

「やるじゃない、貴方。能力なしの戦闘で私とやりあうなんて、流石はAクラスの契約猫ね」

「!」

 姫紗は彼女のその言葉に驚愕する。確信を持ったその言葉に動揺してしまう。

(この女、私のステータスを知っているのですか……)

 契約猫の固有能力か、または契約者の契約能力か。どちらにしても危険な能力には変わりない。

 こちらの戦闘力を把握し、能力を把握するような相手ではこちらの手の内が知られているため切り札が切り札として機能しない。

 そしてなにより、目の前の相手は姫紗のステータスを知りつつ正面から挑んできた。つまり、それは美海という契約猫は姫紗の戦闘力を知りつつ、それでも正面からで勝てると判断して挑んできたのである。

 それだけの戦闘力を持っているということだ。

 危機感から汗が背中を伝う。

「マスター、最悪の場合撤退も視野に入れて下さい」

「あっ、ああ……。て、撤退?」

 呆然と眺めていただけの空鷹には寝耳に水で意味が分からなかった。

「逃がさないわよ。貴方みたいな基礎能力の高い猫は契約したての慣れない頃に始末したいの」

 つまりそういうことだった。

 基礎能力がそこそこ高く、そして100番目故にまだ契約猫も契約者も慣れてないうちに脱落させる。これが彼女とその契約者の狙いなのだろう。

「随分とえげつない真似をしてくれますね」

「勝つためには手段は選ばない。私の主様はこのゲームの趣旨をよく理解しているわ。そこで呆然と突っ立っている貴方の契約者と違ってね」

「貴方、なんてことを……っ。私のマスターを侮辱しましたね」

 姫紗の逆鱗に触れたらしい。彼女の感情がどんどん高ぶっていくのを感じた。

 それさえも他人ごとのように空鷹は眺めていたのだが、突然怒りがどこからか湧き上がってくる。理屈では理解できないが、本能がそれを理解した。

 これは空鷹に流れ込んできた姫紗の感情である。

 無関心に生きてきた。自分の価値など見いだせないまま、自分という基準のない人生を惰性で続けていた。恵まれない生まれに面と向かって向かい合うこともなく、嘆くことも憤ることも放棄して、なるべく感情を持たないように生きてきた。

 それが自分の心を守る術だと信じて。

 故に初めての経験だった。

 こんな熱くて今にも溢れ出しそうな感情の渦は今まで経験したことがない。何かにここまで真剣に向かい合う行為をしたことがないからだ。

 全てに背を向けて生きてきた空鷹には味わえない感情である。

 純粋な怒り。

 それが空鷹を馬鹿にした美海に向けられている。他でもない姫紗自身から。

「許しません、絶対に貴方を破壊します」

 物騒な言葉とともに姫紗が深く構える。誰がどうみても真っ直ぐ突進する構えであった。

「手の内が知られているのならば手の内の探り合いなど無意味。私の全力を持って貴方を殲滅する他ありません」

 確かにそうだ。

 しかし、何かがおかしい。

 空鷹は初めての感情に戸惑いつつその違和感に引っかかっていた。

「固有能力『乙女の聖域』発動」

 空鷹は反射的に携帯電話のhimesyaのアイコンを開き、固有能力の詳細を呼び出す。

 固有能力:乙女の聖域

 詳細:絶対防御の空間を生み出す守護防壁能力。その防御力は全能力一で、電力が続く限り全ての災厄からその身を守る。

「防御の能力か……」

 誰にも聞こえないように空鷹は小さく呟く。

「貴方の能力はお見通しよ、来なさい。返り討ちにしてあげるわ」

「能力が知られようと、使い方まで知られている訳ではありません。その長い鼻をへし折って差し上げます」

 そして姫紗は再び床を砕く勢いで踏み込み、自動車の最高速のような速度で飛び込む。それに反応して美海はその大剣を薙ぎ払うが姫紗は己の剣を構えたまま動かす気配がない。

 そのままでは姫紗は両断される。しかし、まるで見えない壁に弾かれたように大剣が跳ね返される。

 そして姫紗の突進の速度にも全く影響がない。

「流石は全能力一の防御力、尋常な硬さじゃないわね」

「がら空きですよっ」

 大剣を弾かれて完全に隙を晒した美海に姫紗は素早い剣閃をお見舞いする。

 が、それは超高密度の熱エネルギーに阻まれる。

 極限まで加圧されて凝縮した炎の塊である。それも尋常な温度ではない。放射熱だけで全てを溶かし尽くしてしまいそうな熱量である。

 もしも姫紗が乙女の聖域を展開していなければ、放射熱でジャージは焼かれ姫紗の肉体も無事ではなかっただろう。

 が、この最強を誇る防御壁の前には無意味に等しい。

「その程度では……、この聖域は崩せません」

「でしょうね」

 美海は続いて視界を覆うような炎を広範囲に吹き出させた。攻撃的な意味で放たれた訳ではないだろう。

 これは姫紗の視界を奪うためのものだ。

「小癪ですっ」

「背後がお留守よ!」

 美海の激しい剣撃がさらに激しい炎を纏って姫紗の背後を狙うが、それすらも絶対の防御璧に遮られる。

「乙女の聖域は周囲三百六十度を完璧に守りきります。私の背後に攻撃しても無駄です」

「なるほどね」

 美海が様子を見るように姫紗との距離を離す。

「どう? 私の能力『咲き乱れる炎』の威力は」

「関係ありません。炎を操る能力のようですが、私の防御壁の前にはどんな攻撃力も無意味です」

「その自信、叩き潰してあげるわ」

 美海はそう言うと一瞬だけ空鷹に視線を向ける。ほんの一瞬だ。しかし、その一瞬で恐ろしいまでの寒気を空鷹は感じた。

 彼女は何かを企んでいる。

 空鷹も姫紗もそれには気付いたが、何を狙っているのかまでは流石に分からない。

「能力の応用というものを見せてあげる」

 美海は大剣を構えると先程の姫紗と同じように構える。その体勢からは真っ直ぐ突撃することしか出来ない、そんな構えである。

 そして彼女の踏み込みと同時、その足元が爆散した。

 その爆発の勢いを利用した踏み込みは姫紗のそれを遥かに凌駕した速度で、さらにその速さと体重を乗せ、美海の絶大なる腕力から大剣が振り下ろされた。

 しかし当然のように乙女の聖域を突破することは叶わない。

 続いて横になぎ払う形で振るわれた大剣は防御壁に触れた瞬間大爆発を起こす。それでも絶対の防御を崩すには遠く及ばない。

「無駄です、どれだけ攻撃しようともっ」

「本当にそうかしらね?」

 今度は大量の炎が美海の足元から吹き出し四方に四つの柱を生み出す。それらが徐々に美海を中心に螺旋を描き、遂には炎の竜巻となる。

 その巨大な炎の竜巻を大剣に凝縮し、絶烈な炎を宿した大剣が大きく振り上げられる。

「さて、今の貴方にこれが凌げるかしら?」

「どれだけ苛烈な攻撃であろうと防ぎ切ります。それが私の乙女の聖域です」

「そうね、貴方の盾は壊せないわ――」

 そう言いながら美海は不敵に笑い、剣を勢い良く振り下ろした。

 大剣から放たれた炎は彼女の目の前の全てを焼き尽くす。

 しかし、乙女の聖域を展開している姫紗だけは傷一つ付けることができない。

 だが、美海の狙いはそれではなかった。

「――でも、貴方の大切な契約者は無事でいられるかしら?」

 その言葉でようやく姫紗は彼女の狙いに気付けた。しかし遅い、あまりにも遅すぎた。

 愚かだった。手段を選ばないと言った彼女の真意に気付けなかった。先程の彼女の危険すぎる視線が空鷹に向けられていたことに気付けていたにも関わらずだ。

 迂闊すぎた。美海の攻撃の直線上には姫紗、そしてなによりその後方には契約者である空鷹がいる。

 炎は姫紗の防御壁に遮られてそれでも勢いを殺さずその後ろに通り過ぎていく、通り道を全て灰に変えながら空鷹目掛けて突き進む。

 絶望から光景がスローモーションになる。

 ほんの少し未来の結果が見える。

 どうしようもなく絶望的に空鷹は死ぬ。他ならぬ姫紗の迂闊さでその命を落とす。

「な、……に?」

 空鷹に言えたのはそれだけだった。

 そして空鷹は炎に包まれた。


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