取り敢えず建国した俺は暇を潰すため敢えて暴露する事にした。
目の前には頬を高揚させ目を瞑っているこの国の皇女――エリーヌ・アゼルライムスの姿が。
久しぶりに間近で見てみると、やはり美人なんだなと思う。
『1周目』では憧れの人物に過ぎなかった皇女エリーヌ。
しかし『2周目』では正式に俺の妻となった女。
(エリーヌ……お前……)
彼女の心臓の音が直に俺の胸に響き渡って来る。
本来ならばここですぐにでも俺は彼女の唇を奪うのだろう。
貪る様に、獣の様に、彼女の唇を自身の唇で犯すだろう。
「……? カズハ……様……?」
とろーんとした目で再度俺を見やるエリーヌ。
凄く可愛い。
大抵の男はこの状態で既に前屈み必須だろう。
(……何か急にテンションが落ちて来た……)
原因は分りきっている。
エリーヌが頬を染めている相手は、今の俺だという事だ。
正直に言うと、男だった時の俺よりも、エリーヌは今すごくドキドキしているのではないかとすら疑ってしまう。
彼女にそんな性癖などあっただろうか。
記憶を遡っても思い当たる節など一切無い。
「……私では……その……嫌で御座いましょうか……?」
尚も攻め続けるエリーヌ。
逆に引いて来てしまう俺。
……いや、ここで引いたら駄目だ。
というか引いてる時点でもう、俺の心は女になってしまっているという事の証明になっちまうんじゃないのか?
ここは無理にでもテンションを上げてエリーヌと――!
「きゃっ!」
俺はそのままエリーヌを無理矢理お姫様抱っこをし、寝室へと連れ込む。
「か、カズハ様……!」
そして乱暴にベッドへと彼女を投げ、押し倒す。
「……エリーヌ……ごめん……」
取り敢えず謝っておく俺。
恐らく彼女的には合意の元なのだろうが、状況的には俺の方が圧倒的に分が悪い。
「……私で良ければ……その……カズハ様のお好きにして頂いても……構いません……」
乱れた長い髪を直す事も無く、エリーヌはまたそっと目を閉じてしまう。
やるぞ……! やってやる……!
ていうか元々俺の妻だし、男だった時も散々ご馳走様したし、別に今更躊躇する事では無いのだ。
俺はエリーヌを愛している。
恐らくエリーヌも俺の事を愛してくれる。
なのに何故だ?
何故、全然興奮しないんだ……?
「・・・」
「?」
「……はぁ」
「……カズハ様?」
エリーヌから身体を離し、思いっきり溜息を吐く俺。
違う。
こんなのは俺らしくない。
何をテンパっていたのだ俺は。
「……なぁ、エリーヌ。ちょっとだけ俺の御伽噺を聞いてくれるか? 押し倒しておいてお預けしちまって悪いんだけどさ」
頭を両手で掻き毟りながらもそう呟く俺。
彼女には話しておいた方がいい様な気がしたから。
既にゼギウスとアルゼイン、それにセレンもある程度の事情は知ってくれている。
今更暴露した所で、そんなに影響は無い様な気もするし。
「……分りましたわ、カズハ様……。お預けは少々残念なのですけれど……」
最後の方は殆ど聞き取れなかったが、大体何を言ったのかは想像がつく。
そして俺は、これまでの経緯を初めてエリーヌに打ち明ける事になる。
◆◇◆◇
「……まさか……本当に……?」
口を押さえ驚愕の表情でそう漏らすエリーヌ。
無理も無い。
普通は誰も信じないからな、こんな御伽噺は。
「でもエリーヌ。お前ほどの女ならば思い当たる節ぐらいはいくらでもあるんじゃないのか?」
「……」
俺の言葉に思案するエリーヌ。
俺は彼女の事を良く知っている。
そんじょそこらの女とは比べ物にならないくらいの頭脳の持ち主だという事も。
「……はい。今のカズハ様のご説明が全て『真実』だとしたら……色々と辻褄が合って来ます」
彼女は俺の期待通りに説明をし出す。
彼女の言う『辻褄』。
何故俺がこんなにも驚異的な『力』を持っているのか。
何故俺が勇者軍に加勢し、魔王軍を滅亡させ、世界に平和を齎そうとしないのか。
何故俺の周りに精霊であるルルや元魔王であるセレン、そして元勇者の妹であるレイといった様々な者達が集まっているのか。
そして――。
「……私がカズハ様に心惹かれる本当の理由も……」
「あ……」
エリーヌはそっと俺の唇にキスをした。
軽く唇同士が触れるだけのキス。
しかしそこには彼女の優しさと、俺に対する信頼がしっかりと込められた、そんなキス。
「『慄木和人』様……。この名がカズハ様の『本当のお名前』なのですね……。そして、私の夫……『カズト・アックスプラント』様……。私のお仕えすべき、本当の勇者様……」
そう1人呟いた彼女は、もう一度俺にキスをする。
今度は先ほどよりも情熱的なキスで。
(……エリーヌ……)
俺は無意識のうちに彼女の身体を引き寄せる。
そして彼女と呼吸を合わせ、キスを返す。
お互いの存在を確かめ合う様な、今までの空白を埋めるかの様なキス。
どれくらいそうしていただろう。
ふと唇を離した彼女はこう切り出す。
「……カズハ様。貴女様はこれからどの様に、こちらの世界で暮らして行かれるおつもりなのでしょうか……?」
真剣な面持ちでそう言うエリーヌ。
「……うーん……。さっきも話したけど……俺は『勇者軍』にも『魔王軍』にも属さない、『第3の勢力』を作りたくて《アックスプラント王国》を建設したんだ。だからアゼルライムス王が新たな『勇者』を決定して魔王を打ち倒しそうになったらたぶん――」
「……カズハ様は魔王軍の援軍として勇者軍と争われる、と……」
「うん。そうなるかな」
ここははっきりとしておかなければならない。
俺はもう『4週目』に突入とかは絶対に嫌なのだ。
「……という事は逆もまた然り。魔王軍の勢力が増し、勇者軍を滅亡させる程にまで至れば、カズハ様は勇者軍に加勢して下さる……。だからカズハ様は力の均衡を提唱されていたのですね……」
エリーヌが言っているのは恐らく《アックスプラント王国》建国の際の建国式での俺の演説の事だろう。
だからこそ俺は、どこの国にも加盟しない完全な中立国である《アックスプラント王国》を建国したのだから。
彼女の柔らかい髪を撫でながらも俺は彼女の言葉に軽く頷く。
「……どうする? 俺の事を親父さんに報告するか? そして魔王軍に加勢させない様に《魔術禁書》でも使って俺を拘束するか?」
「! ……まさかそこまでお知りだったとは……。ふふ、カズハ様のような規格外の方には、《アゼルライムスの秘宝》である《陰の魔術禁書》でも効果を発現出来るかどうかなど分りませんわ」
そう。
ここ《アゼルライムス城》の地下室には一冊の《魔術禁書》が厳重に保管されている。
過去何度か手に入れようと試みたが、勇者だった前世でも手に入れる事が出来なかった《陰の魔術禁書》。
既に《火魔法》を消失してしまった俺にとって、喉から手が出るほど欲しい、云わば『最終兵器』のようなトンデモ書物だ。
……まあ、使用したらあの時と同じように《陰魔法》を完全消失してしまうんだけどね。
「俺、お前の親父さんすっごく苦手だからなぁ……。特にこの女の姿になってからはトラウマレベルだし……」
「ふふ、そうでしょうね。お父様は昔ながらの男尊女卑のお考えの方ですから……。ですが今はもう、だいぶ丸くなられましたけどね……。とある『戦乙女』の影響で……」
悪戯に笑い、俺を茶化すエリーヌ。
なんだか随分と気持ちも落ち着いて来た。
やっぱ俺、エリーヌじゃないと駄目なんだな。
この安心感は唯一無二のものなのかも知れない。
「……はぁ。なんか全部話したらスッキリしたよ。サンキュウな、エリーヌ」
ベッドから立ち上がり大きく伸びをする俺。
恐らくエリーヌは俺を裏切らないだろう。
以前よりも更に固く絆が結ばれた気がするし。
「……まだですよ、カズハ様」
「へ?」
「まだ……私は満足しておりません」
「……ですよね」
清楚な皇女が妖艶な笑みを浮かべ、俺の手を引きベッドに押し倒して来る。
俺が下でエリーヌが上で。
「お覚悟は宜しいですか……? カズハ様……?」
もう、『なんの覚悟ですか?』とは聞けない雰囲気になってしまっている。
男だとか女だとか。
そんな事は関係ない程の信頼と絆で俺達は結ばれてしまったのだ。
だがしかし、敢えて俺はここでエリーヌにこう聞いてみる。
「……女同士って……どうするのか分りますかエリーヌさん……」




