取り敢えず建国した俺は暇を潰すため敢えて逃亡する事にした。
「う……」
目を覚ます。
なんだ……? 気絶してたのか……俺……?
「うーん……」
何か凄く柔らかい物が顔に押し付けられたまま、頭上ではエアリーのうめき声が聞こえて来る。
ああ、そうか。
確かシャンプーを借りようとして石鹸を踏んで――。
「大丈夫ですか! 今なにか悲鳴ぶはあ!」
シャワー室に駆けつけてきた警備兵が重なり合う俺達を見た瞬間、鼻血を噴出して前屈みになる。
「おい貴様! 何をしている! 一体何を見たぶはあ!」
続けざまに現れたもう一人の警備兵も鼻血を噴出して同じく前屈みに。
……うん。
なんか……前もこんな事なかったっけ……?
「……おい、エアリー起きろ。騒ぎが大きくなる前にズラかるぞ」
「うーん……。モンブランプリンが……。美味しそうなモンブランプリンが……」
ぷにゅ。
「馬鹿! それはモンブランプリンじゃなくて俺の――」
「むにゃむにゃ……。頂きます……。あーん」
「おいやめろ! 目を覚ませエアリー! いや! やめてお願い!」
寝ぼけたままのエアリーはそのまま俺の胸を――。
「この阿呆が……!」
俺はウインドウを素早く開き《陰》の魔法を選択する。
そしてそのまま《隠密》の魔法を使用。
途端に半透明になる俺の身体。
「ぎゃふ!」
なんか叫んだエアリー。
恐らくは捕食対象の俺が透明になった事で、自分の舌でも噛んだのだろう。
この《隠密》という魔法は60秒間は相手から見付からないばかりか、その身体に触れる事さえ出来ない便利な魔法なのだ。
ただ一つ、触れられる方法があるとすれば――。
「もういっちょう! 《隠密》!」
涙目になっているエアリーに向かいもう一度《隠密》の魔法を唱える俺。
同じく途端に半透明になるエアリーの身体。
こうする事で、俺もエアリーもお互いの身体に触れる事が出来る。
「あいたたたなのですぅ……。あれ……? なんで身体が透明に……?」
「いいからズラかるぞエアリー!」
俺はキョトンとしているエアリーを担ぎ、忍者の様にシャワー室から脱出する。
「あん! カズト様ぁ……。そんな所を強く押したら……」
「変な声出すな阿呆! 緊急事態なんだから我慢しろ!」
「そんなぁ……」
エアリーを無視し、そのまま鬼のダッシュで脱衣場まで向かい2人分の服を小脇に抱え。
そしてそのまま闘技場を出て東にある宿まで走り去ったのだった……。
◆◇◆◇
「ふぅ……。あっぶなかったな……」
ジャスト60秒。
ギリギリで部屋にまで戻ってこれた俺達。
「あの……。もう下ろして貰っても宜しいでしょうか……? カズト様」
肩に担がれたままのエアリーが恨めしそうにそう言う。
もちろん全裸で。
「ああ、悪かったな」
俺はすっかり身を縮こませてしまったエアリーをそっと床に立たせてやる。
そしてそっと部屋の隅に置いてあったバスタオルを差し出してやった。
「なんか……凄かったです……。カズト様……」
まだ半分濡れた身体をバスタオルで拭きながらもエアリーは呟く。
俺ももう一枚バスタオルを取り出し頭を乱雑に拭く。
「だって仕方ねぇだろう? 俺さぁ、前にもアルゼインって奴とこの街の警備兵を負傷させちまった事があるからさぁ……。見付かっちまったら出場を強制辞退させられちまうかもしんないしさ」
勿論勝手にシャワー室に乗り込んできて、勝手に鼻血を噴出して、勝手に前屈みになってるんだから俺らの責任にはならないとは思うが……。
「アルゼイン……? はて? どこかで聞いたような……?」
綺麗に身体を拭き終わったエアリーは、そのまま俺が持ってきた服を取り出し着始めながらも言う。
「そりゃ名前くらいは聞いたことあんだろ。前大会の準優勝だった奴だし」
「準優勝……? ……え? もしかして……あの『アルゼイン・ナイトハルト』様の事を言っているのですかああああああああ!」
「うお! びっくりした!」
いきなり叫ばないで貰えますか……。
「確か『王都襲来』の事件が起こった後、どこぞの国の傭兵として雇われたと聞きましたが……。それはもしや……?」
「うん。俺んとこの国で毎日酒ばっか飲んでてグダグダしてるよ」
そして財政を圧迫してるんだけどね。
「そうだったのですかぁ……。まさかあのアルゼイン様が……」
エアリーは胸に手を置き、何だか幸せそうな表情でそう言った。
なんだろう。聞いてみっか……。
「お前ら知り合いだったのか? そういやあいつ、あっちこっちの国に行っては傭兵として荒稼ぎしてたって言ってたしなぁ……」
「はい。実は数年前、《エルフの里》でちょっとした問題がありまして……。その時に傭兵として里に訪れて、問題を解決して下さったのがアルゼイン様だったのですよぅ」
「へぇ……。あいつ《エルフの里》にも行った事があったのか……」
俺ですらまだ行った事が無い、辺境の地にあるエルフ達の国である《エルフィンランド》。
その国の中にある、どこかの街だか島の俗称が《エルフの里》だったような……。
『問題を解決した』という事は、何か武力関係の問題でもあったのだろうか。
まあ、あんまり深く聞いたら悪いかな……。
「そうなのですよ。その時に凄く良くして頂いたので、いつか再会出来た際には恩返しを……と思っていたのですよぅ」
「……その割には今一瞬名前を忘れてなかったかお前……」
「うぐっ」
エルフ犬は安定の天然少女でした。
「そ、そんな事よりカズト様! 私の初勝利のお祝いのケーキ奢りに早く向かいましょう!」
「え」
「先ほど約束して下さったじゃないですか! 『ケーキを奢る』って! はっ、はっ、はっ」
まるで犬のように舌を出し、エルフ耳をピクピクさせているエアリー。
くそ……!
こいつ……俺のツボを理解していやがる……!
「いや……。約束なんて――」
「はっ、はっ、はっ」
「う……」
この期待に満ち満ちた眼差し。
駄目だ。
きっと何を言っても俺に奢ってもらうつもりだ……。
「……仕方ねぇなぁ」
ウインドウを開き所持金の確認をする俺。
せっかくさっき2000Gくらい稼いで来たばかりだってのに……。
何だかこの街に来てから出費がかさんでばっかりじゃないか……?
「早速行きましょう! 私、今日は沢山食べられそうな予感がします!」
「…………あそう。良かったね…………」
諦めた様にそう言った俺は――。
――涎をダラダラと垂らしたエアリーと共にいざ、喫茶店へと向かう事に。




