取り敢えず建国した俺は暇を潰すため敢えて宿をとる事にした。
『エーテルクラン:闘技場:受付』
「俺は男だ俺は男だおれはおとこだ…………ブツブツブツ」
「カズト様ぁ……。一体どうされたのですかぁ……。急に叫び出したと思ったら今度は一人でブツブツと……」
顔面蒼白の俺の顔をエアリーが覗き込んで来る。
……うん。確かに可愛い。
あの門兵共がきゃーのきゃーのと騒ぎ出すのも分る。
しかし……。
「うん、エアリー……。俺の事はそっとしておいてくれないか。色々複雑な事情がこんがらがっちまって、精神統一をしていないとまた、いつ何時叫びだしてしまうやら……」
俺はお経の様に何度も何度も同じ言葉を呟き続ける。
「はあ……。カズト様も色々と大変なのですねぇ」
腕を組みうんうん、と頷くエアリー。
こいつぜってー分って無いな……。
「お待たせ致しました。本日のご用件はどのようなものでしょうか?」
爽やかな笑顔の受付嬢に癒されながら、俺とエアリーは闘技大会のエントリーを済ませる。
当然『カズハ・アックスプラント』の名義では無く『カズト』という名義で登録する俺。
各国から猛者が集うこの大会では、当然身元を隠しながらも参加する戦士も多い。
その『ランキング証』を持って新たに傭兵団を設立したり、はたまた『勇者』となる為の自身の『力』を示す為の証明書代わりとしたりと使い方は様々である。
もちろん『勇者』となる為に大会に参加し上位ランクを目指すのであれば、普通は『偽名』で登録などはしない。
でも俺は、何度も言うけど『勇者』なんてこれっぽっちもなりたくないし興味もないから、優勝賞金1000万Gを受け取って、この貧乏国家生活に多少の潤いを与えられればそれだけで満足なのだ。
「俺……! 超健気な王様じゃね……?」
自分の謙虚さに涙が出る。
おい、セレンとかアルゼインとかレイとかいうごく潰し共。
おまいらの為に俺は出稼ぎに出てきてるんだぞわかってるのか……!
ワナワナと拳を握りながら闘技場の外に出る俺。
「……それではカズト様」
そんな俺の内心を知ってか知らずか、そう切り出すエアリー。
「ここまでの道中、ご一緒させて頂いて、本当に感謝しております」
ペコリ、と丁寧なお辞儀をするエアリー。
……。
そうか、そうだよな。
「……ああ。明日からの闘技大会本番、お互いに頑張ろうぜ」
「……ええ。私も負けませんからね」
お互いがお互いから手を差し出す。
そしてきつく握手を交わす。
「宿は大丈夫か? 知らない人について行ったら駄目だぞ? 夜はきちんと鍵を閉めて――」
「大丈夫ですよぅ。私もそこまで子供では無いのですぅ。むぅ」
俺の言葉で頬を膨らますエアリー。
どこからどう見ても子供にしか見えないが……。
手を離しにっこりと笑ったエアリーは大通りを東に進む。
もしかしたらこの街で誰かと待ち合わせとかをしてるのかも知れない。
「……あれ? でもあいつ、エルフの里から出るのは初めて、とか言ってなかったか……?」
なにやらスキップで大通りを進むエアリーの後姿を見送りながら――。
――俺は苦笑し、西にある行きつけの宿屋へと歩を進めた。
◆◇◆◇
宿屋で長期滞在登録を済ませた俺は部屋のベッドにダイブする。
「ああ……このフカフカ感がたまんねぇ……」
この行きつけの宿屋は宿代が安い割には布団のフカフカ感は一級品だと思う。
前に熱を出した時にレイさんが泊まっていた高級宿屋に寝かせてもらった時の布団の感触よりも、正直言うとこっちの方が俺的に好みだし。
「明日から約1ヶ月の長丁場だもんなぁ……」
俺はさっき見た参加者リストの人数を思い出す。
今大会の参加者は前回の約2倍、実に30276名の猛者共が既にエントリーを済ませていた。
この数の多さは確実に《アゼルライムス王》が新たに施行した『新法律』の影響だろう。
闘技場の結果如何では『女』だろうと『他種族』だろうと『勇者』になれる道が示されたのだ。
エアリーが闘技大会に参加出来るのも、この新たな法律が施行されたからなんだしな……。
「エリーヌ、きっと喜んでるだろうなぁ」
俺はうつ伏せに寝転がりながら枕をギュッと抱き締める。
建国以来まだ一度もエリーヌと会っていない。
ていうか既に俺は他国の女王になっちまったんだから、公的な謁見以外ではそうそう会う機会なんて無いだろう。
「何だかどんどん離れて行っちゃってる気がするよなぁ」
枕を股に挟みながらもベッドの上でゴロゴロする俺。
やっぱり俺、エリーヌの事、好きだわ。
そりゃ当然でしょ、元奥さんなんだし。
何とかエリーヌを俺の国に招けねぇかなぁ……。
「そうだ! 女同士でも結婚出来るような新たな法律を俺も作れば良いんだ!」
ばばっとその場に立ち上がる俺。
そしてすぐにその考えを打ち消す。
「…………俺、アホだな」
崩れるようにベッドに顔を埋める。
何故そんな公開変態処刑みたいな真似をしなければならないのか……。
それでは俺も痛いしエリーヌも痛い。
そして何より観衆の目が痛い。
「やっぱ奈落の真・魔王をぶっ殺して『4周目』に全てを掛けるか……?」
果たして次は何が出る?
また女に転生するか?
もしくはエアリーみたいなエルフになっちまうとか?
流石にゼギウスみたいなドワーフとかゴブリンは嫌だな。見た目が。
ていうか今度は俺が『魔王』になってたりして。
「…………笑えねぇ」
そんな博打みたいな事に俺の人生掛けられねぇ。
それにもう『国』を作っちまったんだ。
『4周目』に人生掛けるつもりなら最初っから最短で魔王をぶっ殺しに行ってたさ。
「はぁ……さっそく鬱になって来た……。ちょっと気晴らしにでも行くか……」
のそり、とゾンビみたいな顔で起き出した俺は何も持たずに宿屋を出る事にした……。




